1—2 迫るイベント死
唐突な異世界、いきなりの絶望的状況と、さすがに情報量が多すぎる。
まずは状況を整理しよう。
ここはLA4の世界であるエピコス。俺はエピコスの英雄であるライナー=リヒトレーベンに転生した。
ライナーはLA4においてどんな英雄だったか。
彼は4作目で追加された新キャラだ。父であるグランツ、そして悲劇のヒロインとして人気キャラの地位を確立する妹のシャルに合わせて、能力値は統率91、武力75、魔力93、知力84、政治87、魅力82と高めだ。保有スキルや保有戦法も優秀だった記憶がある。
問題は、ブライアヒル神殿の変イベントを起こすと、父親が死んだ数日後、サウスキア辺境伯領への撤退中に部下に裏切られ、自動的にイベント死してしまう点だろう。これのせいで、ライナーはプレイヤーの記憶にも残らない残念キャラ扱いだ。
で、すでにブライアヒル神殿の変イベントは起きている。グランツもすでに死んでいる。となると、ライナーに転生した俺は、史実通りならもうすぐ自動的にイベント死する。
――まずい。
仮にイベント死を避けられたとしても、ムスタフの部隊が神速でサウスキアを襲撃するイベントが続け様にはじまるだろう。このイベントによってムスタフ有利と見た諸侯はサウスキアと敵対、妹シャルの奮戦も虚しく、10万の軍勢によってサウスキア辺境伯領は数万の領民たち諸共滅亡する。
ライナーは死亡イベント、サウスキアは滅亡イベントの真っ最中なんだ。
――すごくまずい。
もしここで死んだらどうなるのか。元の世界に戻れるのだろうか。
俺がどうなるのかは全くわからないが、少なくともサウスキアの領民数万と、不安な気持ちを紛らわせるためか忙しなく俺の周りを動き回っているロミーが死ぬのは確実だろう。
ライナーに転生した俺が頑張って生き残る理由はない。顔を見たこともない領民たちを救う理由もない。会ったばかりの少女をわざわざ助ける理由もない。
――どうすればいい?
ふと俺はロミーに視線を向けた。ロミーはティーポット片手に、うろうろと落ち着きがない。しかし彼女は俺の視線に気づくなり、俺に向かってニコッと笑いかけてくれた。
これから自分の命がどうなるかもわからず、きっと大きな不安に襲われているだろうに、彼女は俺に笑いかけてくれたんだ。
きっとその笑みは、俺でなくライナーに向けたもの。でも俺にとっては、数年ぶりの優しい笑み。この小動物のようにかわいらしい少女が、ライナーと共にもうすぐ死んでしまうかもしれない。
――ああ! もう! 俺はお人好しか! 仕方ない、ロミーのためにも生き残ろう!
完全なる感情論だが、間違った選択ではないはずだ。それに、上司への憂さ晴らしで起こしたブライアヒル神殿の変イベントで死ぬのも、なんかあの上司に負けた気がして気分が良くないしな。
幸い俺は、これからこの世界で起きるイベントの内容を知っているんだ。ジタバタするくらいはできるはず。
「ロミー、会議室に戻ろう」
「もう疲れは取れたのですか?」
「おかげさまで」
細かい疑問や深い思慮は、この際全部ぶん投げる。俺はただ、ロミーたちを死なせないよう生き延びるだけだ。この滅亡イベントを全力で回避してみせるだけだ。
紅茶を飲み干し、会議室への道すがら、俺は滅亡イベントの回避方法を考えた。
イベントではまず、サウスキアへの撤退中に部下の裏切りに遭い、ライナーは死ぬ。これは滅亡イベントのはじまりに過ぎないが、ライナーに転生した俺にとっては絶対に避けなければいけないものだ。
おそらくだが、ムスタフの宣戦布告ですでに部下の裏切りフラグは立っている。今さらこのフラグを折るのは諦めた方が賢明だろう。
となれば、答えはただひとつ。部下が裏切っても、ライナーが死なない状況を作ればいい。
そのための作戦をある程度まで頭の中で組み上げて、俺は会議室の扉を開いた。
会議室では相変わらず、将軍たちが頭を抱え、ああでもないこうでもないと議論を繰り広げていた。中には俺の姿を確認するなり焦って口を閉ざした者もいる。そいつが未来の裏切り者であるのを、俺は知っているのだが。
なんにせよ、まずはサウスキアへの撤退についてを部下たちに伝えないと。俺は長机の上座に立つと、深く息を吸った。息を吸いながら、気がついた。
――ライナーってどんな喋り方してたんだ?
LA4の会話は、基本的にはテキスト形式だ。専用のムービーが用意されている英雄は豪華声優が声を当てているが、残念キャラのライナーはそこまで優遇されていない。
少し悩んで、けれどもいつまでも息を吸い続けているわけにもいかず、俺は決めた。
――よし、大河ドラマの主役みたいな感じでいこう。ま、なんとかなるさ。
つまりはヤケクソだ。
過去に見た大河ドラマの映像を思い出しながら、俺はいよいよ口を開く。
「皆の者、聞いてくれ」
すると部下たちの視線が一斉に俺に集まる。転生前は何を言っても微妙な反応しかもらえなかった俺にとっては慣れない経験で、ちょっと言葉が詰まってしまう。
だが、不思議と満足感が心に広がったのも事実だ。俺は再び息を吸って、大河ドラマの主役を気取った。
「イズミア伯ムスタフは、次なる天下人を目指している。そんな彼にとって、俺たちサウスキアは天下人へと続く道を塞ぐ障壁だ。つまり、ムスタフは必ず俺たちを亡き者にするだろう。そして必ず、サウスキアを滅ぼしにかかるだろう」
意外とすらすら紡ぎ出される俺の仰々しい言葉に、部下たちはうなずく。
何これ楽しい。
調子に乗った俺は拳を握りしめ、声を張り上げた。
「臆することはない! 俺は父グランツの地位を譲られただけでなく、父グランツの意思をも受け継いだ新たなサウスキア辺境伯だ! 俺は、何があろうとサウスキア辺境伯領を守り通す! サウスキア辺境伯領の兵士たちを、臣民たちを、必ず守り通してみせる!」
部下たちが目を丸くしたところで、俺は間髪入れずに言い放った。
「ゆえに、俺は逃げる! 脇目も振らず、サウスキアの領地まで逃げる! そして本拠の部隊と合流し、ムスタフと対峙する! だから、皆も逃げよ! 逃げて、生き延びて、故郷の地で再び顔を合わせよう!」
威勢だけは良いが、つまりは逃げる宣言だ。
会議室には沈黙が訪れた。部下たちを顔を合わせると、すぐさま沈黙を破る。
「陛下……わかりました! さあさあ! 逃げる準備だ!」
「本拠のシャル殿下と合流できれば、希望はまだありますな!」
「新たな辺境伯の最初の行動が、尻尾を巻いて逃げる、だとは……」
それぞれの部下の反応は明らかな温度差があった。特に未来の裏切り者となる部下は、ため息をつく始末だ。
一方でやる気満々の部下も少なくない。特に俺の隣に立つロミーは、胸の前で拳を握り、滅亡寸前の軍勢の一員とは思えない明るい表情を浮かべていた。
「ライナー様! すぐに逃げる準備を終わらせますね!」
「ああ、任せたよ、ロミー」
こんなに絶望的な状況でも味方してくれる部下がたくさんいるなんて、ライナーは恵まれた奴だな。
ところで、大河ドラマの主役を気取った喋り方にツッコミを入れた部下は一人もいなかった。これからは人前ではこんな感じの喋り方を貫こう。楽しいし。
さて、ライナーこと俺が率いるサウスキア軍の方針は定まった。部下たちはそそくさと撤退の準備に取り掛かる。
準備の最中、部下たちの会話が俺の耳に入り込んできた。
「わからない。なぜグランツ様はノーラン様に叛逆したのだろうか?」
「さあな。しかしグランツ様のことだ。何か崇高な理由があったに違いないだろう」
――いいえ、ちょっとした憂さ晴らしが理由です、ごめんなさい。
グランツの威厳のためにも、真実は伏せておこう。
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