3—5 サウスキアの戦い前哨戦:決着
盤面上の自分の駒を操作し、一応俺自身も魔力を使う様を強く意識する。
すると、俺の体からするりと何かが抜けていく感覚とともに、まばゆい光の塊が俺の頭上に飛び出した。
光の塊は指揮馬車を飛び出し大空で破裂、光の破片が味方の英雄たちに向かって飛んでいく。
直後、ロミーの報告が響き渡った。
「味方全軍の戦法ゲージ、マックス状態になりました!」
そう、俺ことライナーの戦法『須臾の光』は味方部隊の戦法ゲージをマックスにする効果があるものだ。使い道は難しいが、使い方によってはチート級の威力を秘めた戦法である。
一瞬にしてサウスキア軍全軍が戦法を放てるようになった。となれば、次にやるべきことは決まりきっている。
「シャル! フヅキ! スチア! 戦法発動!」
《お任せください、兄上!》
《ええい!》
淑やかながらも芯のあるシャルの返答、無邪気で楽しげなフヅキの返答、そして一切の反応を示さず行動するスチア。
戦場にはシャルの戦法『希望の光』による青白い光、フヅキの戦法『謀略の霧』による赤紫色の霧、スチアの戦法『銀の鉄槌』による銀色の光が飛び交った。
サウスキア軍は再びステータスを大幅に上昇させ、せっかく戦列を組み直したイズミア軍は再び混乱する。スチア率いる騎馬人形は混乱するイズミア軍をかき乱す。
勝利はグッと近づいた。その勝利を確実なものにするため、俺はさらなる指示を出した。
「待たせたなアルノルト! 戦法『神速の一撃』を発動、敵軍の側面を突け!」
《ヘッヘッヘ、狩りの時間だな》
不敵な声とともに、青い光をまとった剣人形たちが馬のような速さで森から駆け出す。
剣人形たちはイズミア軍の戦人形たちの側面を突き、イズミア軍はほとんど無防備な状態で彼らの襲撃を受けた。結果、イズミア軍のいた場所には残骸が増えていく。
俺は双眼鏡から目を離し、盤面上にあるミンリー隊の駒を眺めた。
――あと少しでミンリーは『闇夜の罠』を発動できるようになるけど。
つぶやいている間に、ミンリー隊をはじめイズミア軍の統制ゲージはカラになる。
「敵軍の統制が完全に崩壊しました!」
嬉しそうなロミーの報告に、俺も思わずニタリと笑みを浮かべてしまった。
事実、双眼鏡の向こうではイズミア軍の戦人形たちが武器すらも構えられず、文字通り壊れた人形となって右往左往している。対照的にサウスキア軍の戦人形たちは、一系乱れず容赦無く攻撃を続け、地面に転がるイズミア軍の残骸の数を増やしている。
少しすれば、水晶からフヅキのはしゃいだ声が聞こえてきた。
《おお~! イズミア軍の障壁魔法、消えるよ~!》
言われて空を見上げれば、たしかに光の傘が燃えて消えゆく紙のように消失しようとしていた。きっとフヅキ隊の魔法攻撃が功を奏したのだろう。
イズミア軍の障壁魔法が消え失せれば、俺はこの機を逃さない。
「スチア! アルノルト! 一旦下がれ! 弓人形と魔術人形が攻撃を仕掛ける!」
《おいおい、大盤振る舞いじゃねえか》
まったくだ。でも、これほどの大盤振る舞いを受ければ、イズミア軍本隊の勢いも削げるはず。今後の滅亡イベント考えれば、これ以外に道はないとすら思う。
アルノルト隊が森に隠れ、スチア隊がシャル隊の後方に悠々と戻ると、俺の隊とフヅキ隊の遠距離攻撃がはじまった。
ロミーも勝ちを確信したのか、笑顔で報告する。
「全方向からの攻撃です! これでもうイズミア軍は手も足も出ませんね!」
「逃げ場は背後に続く谷間だけだ。逃げ出した敵軍は背後でごちゃっとなって、めっちゃくちゃになるぞ」
「あわわ、ライナー様がすっごく悪そうな顔してます」
え? そうなの? ニタリとしてる自覚はあったが……そうか、悪そうな顔に見えたか。
とにもかくにも、もはやイズミア軍は崩壊した。
ここで水晶に気取った声――ミンリーの声が紛れ込む。
《ええい! 逆賊め! 世界の敵が、見苦しく抗ってるんじゃないわよ!》
随分とご立腹な様子である。
せっかくだから、こちらからも声をかけてやろう。
「ウェン=ミンリー、聞こえてるか?」
《この声は……ライナー=リヒトレーベン! 逆賊中の逆賊!》
「勝負は決まった。この戦いの敗者はお前だ。ほら、いつまでも見苦しく抗ってないで、さっさと撤退したらどうだ」
《くっ……私たち先兵を倒したからって調子に乗るな逆賊の領主! ムスタフ様の本隊が到着すれば、即刻あなたたちの首を胴体から切り離してやる!》
むむむ、わりと冗談にならないことを言う。
だが、緒戦は俺たちの勝ちのようだ。ミンリーの大声が水晶から消えた頃には、盤面上の赤い駒は崩壊し消えていく。谷間にいた6千のイズミア軍も、ほとんどが残骸と化し、戦人形を率いていた英雄たちは逃げていく。
数分もすると、シャルからの報告が入った。
《どうやら敵軍は撤退もままならないようですわ。どうなさいますの?》
「弓人形と魔術人形は攻撃停止。アルノルトとスチアの部隊は前進して残党狩りだ。可能な限り敵を殲滅してくれ」
《了解したぜ》
指示の通り、アルノルト隊とスチア隊は残党を追いかけていった。
戦場に残されたのは、俺たちサウスキアの3500の軍勢と、戦人形の残骸だけである。
俺は勝ったらしい。サウスキア滅亡イベントのはじまりを跳ね除けたらしい。
とりあえずの勝利に喜び、安心し、俺は指揮馬車の椅子に崩れ落ちる。
水晶からは、仲間たちの喜びが溢れ出していた。
《素晴らしい勝利ですわ、兄上》
《うんうん! ライ兄の指揮、すごかったよ~!》
《さすがはグランツ様の御子息ですな!》
《サウスキア辺境伯領は今後も安泰です!》
どうしよう、ライナーに転生する前は褒められることなんて一切なかったから、ちょっと照れくさい。
ただ、みんなの褒め言葉に照れて何も答えないなんて、総大将らしくないよな。俺は唾を飲み込み、大河ドラマの主役を気取って、それっぽいセリフを口にした。
「この勝利は、みんなの優れた力があってこその勝利だ。感謝する」
ちょっとかっこつけすぎだっただろうか。急に恥ずかしくなった俺は、おそるおそるロミーに視線を向けた。
ロミーは、瞳を輝かせ、顔をグッと俺に近づけ、早口で捲し立てる。
「ライナー様はすごい方だとずっと思っていました! 私はライナー様を、ずっと尊敬していました! でも、ライナー様は私が思っているよりもずっと、ずっとずっとずっとすごい方でした! 私、これからもライナー様の側近として、ライナー様についていきます!」
勢いと圧がすごいロミーに、俺はたじたじだ。何より、かわいらしいロミーに褒めに褒められて、しかも顔が近くて、俺の体は熱くなるばかり。
今までのロミーが語るライナーは、全て俺が転生する前のライナーについてだ。だが、今はじめて、ロミーは俺が転生した後のライナーを語ってくれたんだ。それがなんだか嬉しくて、俺の照れくささは倍増していく。
そんな俺を見て、ロミーは首を傾げた。
「ところで、どうしてライナー様は顔を真っ赤にしているんですか?」
「き、気にするな!」
どうにも、ロミーは純粋で鈍感な子だな。
だからこそ俺はロミーを死なせたくないし、だからこそ俺はサウスキア滅亡イベント回避に全力を注ぐのだが。
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