2—5 サウスキア戦役前哨戦:作戦会議 前編
飾りは少なく慎ましやかではあるが、堅実なヤーウッド城。なんとなくグランツの性格がわかるような場所だ。
俺とロミー、フヅキ、シャル、スチア、アルノルト、そして数人の騎士と将軍たちは、城内の会議室にて巨大な地図が置かれた円卓を囲む。
ちなみに、シャルやアルノルトらからすれば、フヅキは新領主が逃亡中に拾ってきた幼女でしかない。ゆえに、俺がフヅキを会議に参加させると言ったとき、騎士や将軍たちの表情は明らかに疑念と憐みに歪んでいた。
ここはロミーが才器の水晶の結果、つまり知力100という絶対的な数値を見せつけることで、騎士や将軍たちを納得させる。やはり人を説得するのに数値は欠かせないな。
まあ、それでも見た目は幼女、現に椅子にちょこんと座り、地面に届かない足をぶらぶらさせながらお菓子を食べるフヅキだ。騎士や将軍たちはまだ、フヅキに対する疑念を隠せない様子である。
なんにせよ、サウスキアの重鎮たちがずらりと揃った会議のはじまりだ。
滅亡への恐怖、逆境に臨む高揚感、幼女への疑念、新領主への敬意と不安などなど、複雑な空気が絡まる会議室という名の空間で、ロミーはこれまでに起きたこと、わかっていることをみんなに伝えてくれた。
「――と、現状は以上の通りです」
伝えるべきことは伝えて、ロミーは地図上に赤い駒を大量に並べる。
「イズミア軍は約2万の軍勢。加えてイズミアの誘いに乗った諸侯が援軍を出せば、敵軍勢は約10万に膨れ上がるでしょう。対するサウスキアの軍勢は、ここヤーウッドを中心に約8千に過ぎません。逃走してきた敗残兵をまとめ上げても、1万を少し超える程度。戦力差は絶望的です」
ロミーの声から元気がなくなった。地図を埋めるほどの赤い駒と、わずかな数の青い駒の差を見れば、誰だって元気をなくすだろう。
約10万対約1万。ゲームでの滅亡イベントと同じ、まさしく桁違いの数字だ。
とはいえ、将軍たちは諦めていなかった。
「10万もの軍勢が移動するとなれば、まだ時間はある」
「その通りだ! 敵軍勢が集結する前に、ボルトア帝国に不信感を抱いていた諸侯、そしてノルベンと話し合い、我らも味方を増やそう!」
「防御陣地も築かねばなりませんな」
大きな軍勢を動かすには長い時間がかかる。至極真っ当な主張だ。そして、滅亡イベントそのままの言葉だ。
俺はこれから起きることを知っている。だからこそ、容赦無く意見した。
「ダメだ。そんな時間はない。ムスタフ率いるイズミアの軍勢は、援軍の到着を待たずに全力でサウスキアへ向けて進軍中のはずだ。数日もしないうちに戦闘になるだろうな」
滅亡イベントの経過を知っている俺だからこそ、確信を持ってそう言えた。だが未来を知らない将軍たちは怪訝な顔つきをする。
「数日のうちですと!? 有り得ません!」
「ノルベン遠征中のイズミア軍が、それほど早くサウスキアに攻め寄せるなど不可能です!」
おとぎ話に反論するかのように顔をしかめ、将軍たちは俺に反論する。
だがシャルは顎に手を当て、しばしの思考を言葉に変換した。
「いいえ、足の速い部隊を優先させ馬を頻繁に替え、休みなく進軍を続ければ、不可能ではないと思いますわ。しかし、それは軍勢を割き戦人形を消耗させる、無謀な行軍ですの。加えてイズミア軍はノルベンと戦闘を繰り広げた直後。普通は実行しませんわ」
シャルの言う通りである。理論的に実行可能であろうと、そんな危険なことはやらないと考えるのが当然だ。
その普通や当然に囚われたのがサウスキアの敗因となる。
と、ここでロミーの隣にちょこん座ってお菓子を食べていたフヅキが、にっこり笑ったまま口を開いた。
「だからこそだよ~。例えば――」
直後、フヅキはロミーに向かっていきなり大声を出す。
「わあっ!」
「うわわわっ! な、なな、なんですかっ!?」
悲鳴と共に飛び上がるロミーを見て、フヅキは話を進めた。
「こんな風に、こんなところで驚かせてこないよね~、って思ってる相手を、ワアッ! って驚かせば、相手は腰を抜かしちゃうもん」
どうやらフヅキは、ムスタフの狙いを完全に見抜いていたらしい。
とはいえ、例え話に利用されたロミーは頬を膨らませ、フヅキの肩をぽこぽこ叩く。
「も~う! フヅキさん! も~う!」
「ご、ごめんなさ~い! 許してロミ姉~!」
まるで姉妹みたいな2人に、会議室が少しだけ和んだ。
一方でシャルとアルノルトは、フヅキの例え話の意味を理解し、頭を抱える。
「軍勢を割き戦人形を消耗させたとしても、備えのない相手に負けはしない。そういうことですのね」
「めちゃくちゃだが、ムスタフならやりかねないぜ。あ~あ、グランツといいムスタフといい、ノーラン様の部下たちはどうしてこう、とんでもねえ野郎ばっかりなんだろうな」
2人の言葉に会議室が静まり返った。将軍たちは不安に覆われている。わずかな期間でノルベン帝国が滅亡しボルトア帝国が成立した経緯を思い返せば、彼らはこれ以上の反論はできない。
だが、まだ負けが確定したわけじゃないんだ。実際、イベント死するはずだったライナーは、イベントを無効化しヤーウッドに帰還できたのだから。
必ず、滅亡イベントを避ける方法はあるんだ。
「敵は自分たちの不利を度外視で俺たちの想定外を狙い撃ちしてくる。逆を言えば、俺たちがきちんと備えていれば、ムスタフの攻勢の出鼻を挫けるかもしれない」
滅亡イベントにおけるサウスキアは、戦いの主導権をムスタフに握られっぱなしだった。だからまずは、俺たちが戦いの主導権を握らないと。
俺の言葉に希望を取り戻したか、焦ったか、ロミーとシャルは間髪入れずに言った。
「それなら、いち早く出撃しましょう!」
「父上と兄上の援軍のために用意していた4千の軍勢が魔力起動術式を終え、今すぐにでも出撃できますわ。迎撃はこの軍勢を使いましょう」
戦力の確保は完了だ。ここでロミーが顎に手を当てる。
「ただ、イズミアの軍勢はどのように攻め寄せてくるでしょうか……」
敵の進軍路を見破らないと迎撃もできない。俺たちはじっと地図を眺める。
数秒もしないうち、フヅキが円卓に体を乗り出した。
「この道! きっとこの道だよ! 一番早くサウスキアに辿り着く道、ここだもん!」
フヅキが指さしたのは、ヤーウッドへ続く道で唯一、山を越えない谷間の道だ。
みんながフヅキの意見にうなずくと、続けてシャルが地図を指さす。
「となれば、迎撃ポイントはこの関所になりますわね」
「うんうん! この狭い谷にある関所なら、数の差も関係ないもんね!」
「フフ、賢い子ですわ」
「えへへ~」
優しくフヅキの頭を撫でるシャルと、嬉しそうに笑うフヅキ。気づけば騎士や将軍たちもフヅキへの疑念を忘れ、むしろ彼女にほんわかしている。
作戦会議が順調に進むのもあって、会議室を覆っていた重い空気は徐々に消えていったようだ。
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