2—6 サウスキア戦役前哨戦:作戦会議 後編

 戦力と戦場を確定させて、作戦会議は次の段階に至り、将軍たちは詳細な作戦計画を練りはじめる。

 だが、勝利のために必要な話はまだ終わっていない。俺は息を吸い、シャルに声をかけた。


「なあシャル」


「どうかなさいましたか、兄上」


「精霊の壁代は、どうなっている?」


 俺の質問に、シャルは背筋を伸ばし朗々と答えてくれた。


「わたくしの魔力、集められる魔術師、魔法人形を総動員して、なんとか維持していますわ。しかし、この混乱した状況では完全な力を発揮できていませんの。深刻な数ではないものの、魔物の流入を許してしまっていますわ」


 だいたいロミーが言っていた通りみたいだな。


 グランツの魔力が消えたにもかかわらず、精霊の壁代の維持と魔力起動術式、戦人形の操作に魔力を使うシャルは、見た目以上に疲労しているはずだ。

 このままではシャルの能力値を存分に発揮できない。滅亡イベントにおける悲劇のヒロインであればそれでいいのだが、ムスタフに勝つには万全の状態でいてもらわないと。


 少し間を置いた俺は、はっきりと伝えた。


「精霊の壁代維持のためにシャルが使っている魔力だが、全てこれからの戦闘に使ってくれ。魔術師や魔法人形も、精霊の壁代が消えない程度まで戦闘に回してほしい」


 対するシャルは、俺の目をじっと見つめ、表情を険しくする。


「兄上は、それが魔物の大量流入を許してしまうとわかった上で、そう仰っていますの?」


「もちろん」


「魔物の流入がどのような結果を生むのかも、承知の上で?」


「ああ。俺だってここに帰ってくる途中、魔物に襲われたからな」


 魔物の脅威は理解しているつもりだ。LA4でも随分と苦労させられたからな。

 それゆえだ。魔物の流入が増えるのは、俺たちに好都合なことでもある。

 フヅキはそれに気づいたのだろう。彼女は口元にお菓子のカスを残しながら例え話をはじめた。


「お隣の畑の主人は悪い人だから、みんなで倒しちゃおう! っていうお誘いが届いても、自分の畑がイナゴに襲われてたら、お誘いを断るしかないよね!」


 にっこり笑顔のフヅキの例え話を聞いて、シャルも気づいたようだ。


「精霊の壁代が弱まり魔物を大量流入させることで、諸侯は魔物に対処せざるを得なくなる。その結果、ムスタフが集められる援軍の数を減らすことができる」


 ご名答。俺はゆっくりとうなづいた。

 魔物を利用し敵を減らす。滅亡イベント真っ最中だからこその苦肉の策だ。

 シャルは考え込み、不安げな顔をして言うのだった。


「短期的に見れば効果がありますわね。しかし、長期的な視点では賛成できませんわ。精霊の壁代の維持はサウスキア辺境伯領を統治する者の義務ですの。これを疎かにしたとなれば、兄上の名声は地に落ちますわ。魔物に土地を荒らされた者の恨みも買ってしまいますの」


 だろうな。

 しかしフヅキは即座に返した。


「ムスタフの企みで精霊の壁代の維持を邪魔された、ってウワサを流せば大丈夫だよ~!」


 偽情報を流せ――つまりはウソをつけ。無邪気な笑みで言うことじゃないと思うが、情報戦の基本だな。

 シャルはなおも不安げな顔。


「そんなウワサ、人々は信じますの?」


「信じるよ~! ワンちゃんが人を噛んだ時、ワンちゃんがお腹を空かせてたってお話よりも、飼い主がワンちゃんに人を噛むように指示したっていうお話の方が広まりやすいもん!」


 パッと明るい表情をしたフヅキは、そのまま続ける。


「自分には何も与えてくれない、つまらないお話よりも、わたしは隠された秘密を知ってるんだぞ~、って思わせてくれるような楽しいお話の方が、世間に広まりやすいんだ~! そして人は、世間に広まってるお話を本当だと思うんだよ! 事実かどうかは関係ない!」


 無邪気な笑みと邪気にまみれた言葉。楽しげな口調とシニカルな内容。今のフヅキは何もかもがチグハグだが、きっと彼女の意見は間違っていない。

 だからこそシャルは苦笑いを浮かべ、フヅキの頭を撫でた。


「どんな嘘であろうと、声が大きく興味深い内容であれば真実として広まる、と。フヅキちゃんは本当に賢い子ですわね。兄上がいきなりフヅキちゃんを連れてきたときは何事かと思いましたけれど、これなら納得ですわ」


 そうつぶやいて、シャルは俺の前で背筋を伸ばし、頭を下げる。


「申し訳ありません、兄上。精霊の壁代の件については、もう少し考えさせてほしいですの」


「わかった。だが、あまり時間はないぞ」


 伝えるべきことは伝えた。あとはシャルの考え次第だな。


 気になるのは、むしろロミーの反応だ。魔物の流入の話をはじめた途端、彼女は悪夢でも見るよう表情をして口を噤んでしまった。誰かの犠牲を前提にした作戦に対して、優しい彼女がそんな表情をするのは当然か。彼女の意見も、後で聞かないと。


 俺たちが話す間、ロミーや将軍たちの作戦会議はまとまったらしい。俺とシャルの会話が途切れたと見るや、アルノルトは声を張り上げる。


「何にせよ、やることは決まったみてえだな。ともかく俺たちゃ4千の兵を率いて、その関所でムスタフの出鼻を挫けばいいわけだ」


「簡単に言いますな、アルノルト殿」


「おいおい、俺たちにとってはそう難しいことじゃねえのも事実だろうよ」


「アッハハ! 間違いない!」


 愉快な将軍たちだ。おかげでムスタフにも勝てそうな気がしてきたぞ。

 よし、俺もサウスキア辺境伯として気合を入れるか。


「俺たちのやるべきことはひとつ! このサウスキアを守り通すことだ! さあ! さっそく戦闘準備開始!」


 こうして俺たちは、自分の持ち場へと一斉に別れるのであった。

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