2—4 新たな領主の帰還

 フヅキを仲間に加え、村を出てからさらに2日が経った。この2日、俺たちは山賊や夜に出没する魔物たちを蹴散らし、山脈の谷間でひたすらに馬を走らせる。

 そうして砦を出発してから約1週間、ついに俺たちの眼前に大きな街が現れた。


「見えてきました! サウスキア辺境伯領本拠のヤーウッドです!」


「おお~!」


 嬉しそうな顔のロミーと、ワクワクした心を隠さないフヅキ。俺はライナーとして平静を保っていたが、心の中の転生前の俺は、ファンタジーな光景にテンションを上げていた。


 魔力の霧に彩られる山脈に囲まれた盆地、そこに広がるヤーウッド。魔法石の光を帯びた堀と城壁の向こう側には、数多の三角屋根が並んでいる。そんな三角屋根に混ざってそびえ立つ尖塔からは、青白い光の柱が天を貫いていた。

 まさにファンタジーの街が、イラストでもCGでもなく、本物として目の前に広がっているんだ。俺は今、転生してはじめて純粋に楽しい気持ちを抱いている。


 もちろん、俺のテンションが上がっているのはそれだけが理由じゃない。俺は生きてヤーウッドにやってきた。つまり俺は、ライナーのイベント死を避けられたということだ。俺は最初の難関を乗り越えたのだ。


 さて、城壁の門前に差し掛かると、そこには騎馬人形を連れる騎士の格好をした一団が。騎士たちは俺たちに気がつくなり、俺たちのそばに駆け寄ってくる。

 中でも重装鎧に身を包んだ馬に乗り、銀色の鎧と白のマントを揺らす、渋い雰囲気を放った初老の男は、飄々とした様子で言うのだった。


「よくぞお戻りになられた。他の軍勢は?」


 そう言う彼の名はアルノルト=フォーベックだ。彼もLA4に登場する英雄の一人で、サウスキア騎士団の騎士団長である。ゲーム内では決して目立たない能力値の彼だが、妙にかっこいい顔グラと、サウスキア滅亡イベント時の壮絶な〝死に様〟でプレイヤー人気の高い英雄だ。

 ファンタジーな街に続いて人気英雄の登場にテンションは上がりっぱなしだが、俺はプレイヤーではなくライナーとしてアルノルトの質問に答える。


「本隊はバラバラに解散させた。しばらくすれば軍勢の一部が帰ってくるだろうさ。ただ、裏切り者が続出した。完全な状態で帰ってくるとは思わない方がいい」


「ほお、そうかい」


 わかりきった答え、とでも言いたそうな反応を示すアルノルト。彼は飄々としたまま続けた。


「シャル殿下が城でお待ちだぜ」


 そしてアルノルトは、俺たちを連れて城壁の門をくぐる。


 堀を越え、門を越えれば、そこはヤーウッドの街だ。木と石で造られた建物がずらりと並び、大通りには並木路が整備されている。魔法が盛んな街であるヤーウッドらしく、街の至る所には魔法石や魔道具が。


 ただし、街の大きさに比べて人通りは少ない。すれ違う人々も、誰もが俺たちを歓迎しながら、不安そうな眼差しで俺を見つめている。

 当たり前だ。領主グランツが皇帝ノーランを殺し、グランツもすぐに死んだという情報は、すでに誰もが知る情報なのだから。皇帝も領主も失い、街の人々は明日の無事すらもわからぬ状態なのだから。


 二重三重の堀と城壁を越えて、俺たちはいよいよヤーウッド城に到着した。

 シックな雰囲気の城は戦人形に囲まれ、広場には戦争のための物資が並んでいる。


 まさしく戦時体制である城の入り口に立つのは、鎧を着て部下たちを従える、しかし戦場には似合わぬ可憐さをまとった、長いブロンドヘアを揺らす一人の美少女だ。

 アルノルトは美少女に伝える。


「シャル殿下、我らがライナー様のお帰りだ」


 すると美少女――シャルは一歩踏み出し、俺に向かって頭を下げた。


「兄上、ご無事で何よりですわ」


 お淑やかに頭を下げるこの美少女こそ、LAシリーズ屈指の人気英雄であるシャル=リヒトレーベンだ。


 シャルはサウスキア滅亡イベントにおいて、精霊の壁代維持のために魔力を減らし全力を出せない状態ながら、兵士や領民たちを励まし続け、10万の兵相手に良く戦った。

 しかし数日の死闘の果てに自らの敗北を悟ったシャルは、領民と兵士たちの命を救うのを条件に、自らの命をムスタフに差し出す。だがムスタフはシャルとの約束を破り、彼女を処刑した後に数万の民衆を——

 この一連のストーリーが、LAシリーズにおけるシャルの人気を決定づけた。自らの義務を果たし、強大な相手に立ち向かい、領民のために命を投げ捨て、しかし領民を救いきれなかった悲劇のヒロイン。それがシャルだ。


 ちなみにLA4では、ブライアヒル神殿の変イベントを起こさないことでシャルの死を避けられる。だがシャルの魅力はイベントが起きてこそでもあるため、ファンの間ではシャルを生かすか生かさないかで度々、論争が起きていたりする。


 もう少し言うと、シャルはLA1から登場するが、ライナーはLA4が初登場である。つまりライナーは、シャル人気から生まれたオマケみたいなキャラなのである。


 さて、俺はシャルのイベント死を避けない派のプレイヤーだったが、今回はそういうわけにはいかない。とりあえず俺は、兄であるライナーとしてシャルに声をかけた。


「シャルも元気そうで何よりだ」


 大河ドラマの主役を気取った俺の言葉に対し、シャルはわずかに微笑む。

 だが彼女はすぐに表情を厳しくした。


「父上は戦死されたと聞きましたが、本当ですの?」


「……ああ、本当だ」


「やはり……」


 俯き、首飾りを握りしめ、祈るようなシャル。

 少しして、シャルは可憐さを残しながらも凛とした瞳をして言った。


「父上のことです。きっとサウスキア辺境伯の地位を兄上に譲られたはず」


「その通り。俺は父グランツの地位と意思を引き継ぎ、ここに帰ってきたんだ」


 もうグランツはいない。サウスキア辺境伯はグランツではなく、俺なんだ。この地のリーダーは俺なんだ。

 あらためてグランツの死を告げられて、誰もが口を閉ざし、表情を暗くさせた。のんきな顔をしているのはフヅキくらいか。

 ここは領主であるライナーこと俺が、みんなの士気を上げるときだろう。俺は大河ドラマや映画、ゲーム、アニメ、マンガ、ラノベなどなど、あらゆる作品の〝英雄〟を思い浮かべ、声を張り上げた。


「皆の者! 俺は必ずサウスキア辺境伯領を、そこに住まう臣民たちを、誇り高き兵士たちを見捨てはしない! その証拠に、俺はこうして無事に帰ってきたんだ!」


 身振り手振りも大きく、言葉は大袈裟なくらいに。


「何があっても、俺はサウスキアを守り通す! 父上が作り上げてきたこの領地を、絶対に守り通す! みんなの故郷を、後世まで長く存続させてみせる! だから、お願いだ! どうか力を貸してくれ!」


 俺の中の英雄像を全力で演じきった。結果、城の前にかつてない沈黙が訪れた。

 どうして沈黙したのかわからない俺は、視線をキョロキョロさせてしまう。


 ここでようやく、アルノルトが沈黙を破る。


「ほお、立派なこと言うじゃねえか。こりゃ地位とか関係なく、ライナー様のことを今日から殿下ではなく陛下と呼ばなきゃならねえな。へ~、あのおぼっちゃまが陛下ね~。当分は慣れそうにないぜ」


 飄々としたアルノルトの言葉に、みんなの表情も和らいだ。

 シャルは小さく笑って俺の手を握る。


「フフフ、肩の力を抜いてください、兄上。わたくしは、全力で兄上をお助けいたしますわ。例え大軍勢が攻め寄せようと、わたくしは最後まで兄上の味方ですの」


 可憐な美少女が俺の手を握り、そんなことを言ってくれる。この状況に、俺の体は熱くなるばかりだ。


 いやいやいや、ライナーとシャルは兄妹だぞ。手を握るくらいでドキドキする関係じゃないだろ。落ち着け、俺。

 深呼吸をし、大河ドラマの主役気分に戻った俺は、明るい笑みを浮かべてみせた。


「みんな、助かるよ。じゃ、さっそく作戦会議だ」


 残念ながら休んでいる時間はない。俺たちはそのまま、城の会議室に向かうのだった。

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