2—3 村の陰謀

 決して広いとは言えない部屋の中に、大勢の村人たちが押しかけてくる。

 村人の中でも特に偉そうな格好をした老人は、張り付いた笑みを浮かべて口を開いた。 

 

「ようこそ、サウスキア辺境伯領の貴族様。わしはこの村の長でございます」


 村長が頭を下げると、彼の部下たちが俺の前にひざまずいた。


「中央でさぞ苦労なされたと聞いておりますぞ。そこで――」


「どうぞ、この村で作られたワインでございます。樽も用意しましたので、外にいらっしゃる騎士様たちと一緒に、これで疲れを癒してくだされば幸いです」


 部下の手には、たしかに美味しそうなワインが。

 何気なく俺がワイングラスに手を伸ばすと、いつの間に隣にいたフヅキが口を開いた。


「ねえねえ村長!」


「……な、なんじゃ?」


「今年は山賊いっぱいで、ぶどうの収穫、あんまりできそうにないね!」


「……それがどうした?」


 困り顔の村長。フヅキは気にせず答えた。


「お金を稼ぐための貴重なワイン、お兄ちゃんたちに無料であげちゃっていいの~?」


 にっこり笑顔のフヅキの言葉を聞いて、村長たちの目が泳いだ。 

 何か怪しい雰囲気だ。まさか――

 湧き出る俺の疑念を振り払うかのように、村長は声を張り上げた。


「見たところ、皆様は高貴なお方! わしらが何らの歓待もしないというのは失礼に値しましょう! さあさあ、失礼な小娘はわしらがどけておきますので、皆様方は自慢のワインを召し上がれ!」


 芝居掛かった口調で、村長はどうにかワインを俺たちに飲ませようとする。やっぱり怪しい。きっとこのワイン、中身に何か入ってる。このワインは飲んじゃいけないものだ。

 ならばどうするべきか考えていると、今度はロミーが言った。


「で、できません! 山賊の出現は私たちの責任です! それなのに、みなさんの貴重な収入源を頂くなんてできません!」


「そ、そう言わずに……」


「せめて村のみんなと一緒にワインを飲みましょう! ね! ライナー様!」


 ナイスフォローだ。本気で村人たちを心配するような口調の演技も最高だぞ。


 俺はふたつのワイングラスを手に取り、片方を村長に渡した。

 村長は渋々ワイングラスを受け取ったものの、嫌そうな感情が表情に出ている。高位の人間、特に嫌いな上司から渡された酒を断れない嫌さはよく知ってるから、なんか村長に同情しちゃいそうだ。


 いや、これは仕方のないこと。怪しい村長の方が悪い。俺は同情心を捨てる。


「では村長、乾杯しましょう」


 そして部屋に響く、ワイングラス同士が当たった美しい音色。だが、俺も村長もワインを口にしようとしない。 


「どうしました? 飲まないんですか?」


「……貴族様こそ、どうしてお飲みになられないのです?」


「俺は村の皆さんが美味しそうにワインを飲んでいる姿を見たいもので」


 綺麗に飾った俺のパワハラに、いよいよ村長は黙り込んでしまう。

 極め付けは、子供のように無邪気な口調のフヅキだ。


「あれ~? 村長、どうして飲もうとしないの~? 貴族様が、先に飲んでいいって言ってくれてるんだよ~? それに従わないのは、失礼に値するんじゃないの~?」


「シラカワ、さっきから話が違う――」


「もしかして村長、ワインを飲めない理由でもあるのかな~?」


「いい加減にしろ! シラカワ!」


 緊張のせいか、ついに村長は怒鳴ってしまった。

 怒鳴ったら負けだ。さすがの村長も観念し、俺のワインを分捕り言い放った。


「……おお! 貴族様! 大変申し訳ございませぬ! このワイン、どうやら熟成が足りぬ不良品でございました! わしとしたことが、開ける樽を間違ってしまったようじゃ。すぐに新しい樽をお持ちしますので、少々お待ちを!」


 あからさまな言い訳だけど、これ以上に追求するのはやめておこう。

 部屋から去っていく村長の萎れた後ろ姿を見て、フヅキはにっこり笑顔を俺に向けた。


「ライ兄!」


「ああ」


「貴族様!? どこへ!?」


「俺たちは急いでいます。名物のワインは、また今度」


「しかし……貴族様!」


 もうこの村に用はないんだ。俺たちはさっさと部屋を出て、馬に跨った。

 ロミーと一緒の馬に乗せられたフヅキは、自分が育ってきた家と村に手を振る。


「みんな! お世話になりました!」


 一応の挨拶はしておきながら、今のフヅキに寂しさは微塵もなさそうだ。


 ぽかんとした村長に見送られて、俺たちは村を後にする。

 フヅキの頭を撫でてほわっとした表情を浮かべていたロミーは、ふと首をかしげた。


「長老さんや村の人たち、ずいぶんと焦っていましたね」


「ワインに変な薬を入れて、殺すなり眠らせるなりした俺たちをムスタフに差し出すつもりだったんだろ」


「え!? そ、そうだったんですか!?」


「……気づいてないで、村の人と一緒にワインを飲もうなんてフォロー入れてくれてたんだ」


 もしやロミーって天然なんだろうか。

 あるいは俺の考えすぎだったのかもしれない。フヅキに聞いてみよう。


「なあフヅキ、そういうことだったんだろ」


「そだよ~!」


 ふむ、やっぱり村長は悪巧みしていたようだ。俺はただのパワハラ領主じゃないぞ。

 それにしてもだ。ロミーと一緒に馬に乗り、周りの景色を楽しむフヅキは、見た目だけならかわいい女の子でしかない。だが彼女は、たしかに優秀な英雄らしい。


「さすが知力100、見事に村長の悪巧みを見抜いたな」


「もちろん見抜けるよ~! だって、ワインに毒を入れてライ兄をムスタフに差し出しスゴい村になろう作戦、わたしが考えて、わたしが村長にやらせたんだも~ん!」


「は?」


「でもねでもね! と〜っても強そうな騎士のお姉ちゃんが外にいたから、きっとライ兄を捕まえることはできなかったと思うよ〜! それにそれに、ライ兄と一緒にいると楽しそうだって思ったから、自分で自分の作戦を壊したんだ~!」


 一番悪巧みしていたのはフヅキだったらしい。この子は俺の部下になる道とムスタフの部下になる道、どちらも用意していたということか。それも、村長を利用して。


――ムスタフがフヅキを警戒した理由、わかった気がするぞ。


 フヅキのかわいさとのんきさ、それにまったく似合わない陰謀家の側面に、俺は顔が引き攣った。

 そんな俺をじっと見つめて、フヅキは真面目なトーンで言う。


「ねえライ兄」


「どっ、どど、どうした?」


「お菓子、いっぱい食べさせてくれるんだよね?」


「ああ……本拠地に到着したらな」


「やった~!」


 なるべくフヅキの機嫌を損なわないようにしよう。今の俺たちには、彼女の力が必要なのだから。

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