2—2 なぜ降伏しない?

 美しき天才軍師に会いに来たはずが、目の前にいるのは勇者ごっこ中の幼女という状況に、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまっている。

 一方のロミーは、バッグから水晶を取り出し、それをフヅキの手に乗せていた。


「フヅキさん、ちょっと調べさせてもらってもいいですか?」


「お姉ちゃん、その水晶は何?」


「これは才器の水晶ですよ。英雄の能力値やスキル、戦法などを確認できる魔水晶です。逆を言えば、この水晶が反応するかどうかで、その人が英雄かどうかを調べることもできます」


「おお~!」


 興味津々という顔をして、フヅキは手の平に乗せた水晶を眺める。

 水晶はフヅキの視線に応えるように青白く輝き、その内部に文字列を浮かべた。


「結果が出ました! フヅキさんの能力値は――って、ええっ!?」


 文字列を見て声を裏返したフヅキは、震えた声で続ける。


「能力値は統率82、武力38、魔力81、知力100、政治98、魅力90! 策略系のスキルをほぼ全て所有! 戦法は敵部隊を混乱させる『謀略の霧』! とっ、とんでもない逸材ですよ! 知力100なんて、はじめて見ました!」


 その通り。天才軍師と呼ばれるに相応しい、LA4内最大値の知力の持ち主。それがフヅキなんだ。見た目は幼女だけど。

 疑う余地のない才器の水晶の結果を見て、スチアとロミーも俺の目的に気がついた。


「ふむ、この娘を連れ去るのがライナー陛下の目的だったか」


「途中の村で女の子を拾う、ということですね!」


「言い方にめちゃくちゃな語弊があるが、まあ、そういうことだな」


 LA4のゲームバランスは、優秀な英雄をどれだけ集められるかで大きく変動する。小粒な英雄しか従えていなければ大勢力でも苦戦するし、数人の優秀な英雄を従えていれば小さな勢力でも天下を狙えるのだ。

 サウスキア辺境伯領には、万能型のライナーと妹のシャル、戦闘特化のスチアがすでにいる。ここに知力特化のフヅキを加えられれば、滅亡イベント回避の可能性は高まるはず。

 なんとしてでも、俺はフヅキを連れ去る――部下に加えなければならない。


 俺の目的に気がついて、ロミーは質問するのだった。


「それで、どうやってフヅキさんを仲間に加えるんですか?」


「まあ見てろ」


 ニタリと笑ってそう答えた俺は、さっそくフヅキに話しかけた。


「なあフヅキ、お菓子、いっぱい食べたいか?」


「うん! 食べたい食べたい!」


「じゃあ、お兄ちゃんについておいで。お菓子をたくさん食べさせてあげるぞ」


「わ~い! お兄ちゃんについていく~!」


「待ってください! これじゃ完全に誘拐です! フヅキさんも騙されないでください!」


 ものすごい勢いで俺とフヅキの間に割り込み、ツッコミを入れてきたロミー。

 まったく正しいツッコミだ。俺はため息をつく。


「でもなぁ、他に幼女を仲間にする方法なんて知らないし」


「いやいや! 普通に正攻法で説得しましょうよ!」


 正攻法の説得、か。滅亡寸前の俺たちを助けてくれ、とでも言うのか? 誰が風前の灯の勢力に仕官したがるんだ? 相手は知力100だぞ?

 難題を前にして、俺は頭を抱えてしまう。


 一方、フヅキはてくてくと俺の前にやってきて、にっこり笑顔のまま口を開いた。


「ライナーお兄ちゃん、今は本拠ヤーウッドに戻る最中だよね?」


「ああ、そうだが」


 当たり前のように聞かれ、当たり前のように答える。だがこれは当たり前の問答じゃない。


「待て、なんでそれがわかった? というか、どうして俺の正体がわかった?」


 俺は一度も名乗った記憶はないのだが。

 不思議がる俺に対し、フヅキはグッと顔を近づけてくる。


「わかるよ! だって昔、ヤーウッドでライ兄のこと、見たことあるもん!」


 そしてくるりとその場で一周し、言い放つ。


「長老たちが言ってたよ! 皇帝ノーランが前サウスキア辺境伯グランツに殺されて、グランツもノーランの残党に殺されたって! ということは、ライ兄は事実上の新しいサウスキア辺境伯で、逆賊だよね!」


 ピシッと指をさされて、俺は顔を背けた。ロミーも目を丸くし、スチアは心なしか目つきが戦闘モードに。

 部屋の空気がガラリと変わる中で、フヅキだけは変わらず話を続けた。


「ライ兄が生き残る方法、本拠地に戻って徹底抗戦するくらいしかないよ。だからライ兄は、少ない手勢で本拠に戻ってる。そうだよね?」


「…………」


 反論しない俺を見て、フヅキはパッと手を挙げる。


「はい! 質問! どうしてライ兄は徹底抗戦するの~? 早く降伏して、自分だけが処刑されれば、部下も領民も死なずに済むかもしれないのに~」


 終始にっこり笑顔のままのフヅキ。まるで子供の質問のような口調だが、その内容に一切の容赦はない。


 彼女の言うことは正しい。己の命を捨てて領民たちの命を助ける。たしかにそれは、美しく気高い領主のそれであるし、本音ではそれを望む領民たちも多いはず。

 だがそれは、俺を殺す側の人間も美しく気高い領主であるのが前提だ。ムスタフが美しく気高い領主であると言えるだろうか。


「ムスタフが俺を殺す目的は、逆賊討伐じゃない。奴の狙いは次の天下人だ。天下人になるために邪魔になる人間を、奴は躊躇なく皆殺しにする。俺だけが処刑されたって、サウスキアの部下や領民が天下人への道に転がる障害であることに変わりはない。なら、ムスタフの処刑は止まるところを知らない」


 事実、イベントではサウスキア辺境伯領滅亡時に数万の民衆が逆賊の協力者としてイズミア軍に処刑されるのだ。

 そうでなくとも、死んだ後には介入も後悔もできないんだ。領主は生きて努めを果たさなきゃいけない。


 もちろん、これは建前半分の答えだ。本音は別のところ、つまり俺の個人的な感情に根付いている。だがそれを言ってしまえば、フヅキは俺の味方にはなってくれないだろう。

 そう、フヅキはかわいい顔しながら、俺の目的を知り、俺を品定めしているのだ。実際、フヅキは俺の答えをじっと聞いていた。


「ふ~ん、なるほどなるほど~。それじゃ、ムスタフに勝ったら、どうするの~?」


 いきなり飛躍した質問に、俺は呆気に取られた。おかげで、特に考えもせず答えてしまう。


「……それは……天下でも狙ってみるかな」


 LA4の最終目的が天下統一だからか、俺の中に野心があったからなのか。

 天下を狙うと言って、ロミーは驚いた様子。俺だって驚いてる。

 肝心のフヅキは、目を輝かせ上機嫌に笑い、ぴょんと跳ねながら言うのだった。


「フフン! 決めた~! わたし、ライ兄の部下になるよ~!」


 あっさりだ。すごくあっさりだ。これにはロミーも聞き返してしまう。


「フヅキさん!? いいんですか!?」


「うん! だって、楽しそうだも~ん!」


 まるで子供のような反応である。子供なんだけど。

 俺の部下になってくれたフヅキは、さっそく言った。


「よ~し! まずはライ兄を――」


 言おうとして、フヅキの言葉は遮られる。なぜなら、数人の部下を連れた老人がぞろぞろと部屋に入ってきたからだ。

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