1—5 襲撃、襲撃、そして襲撃
暗闇の森に浮かぶ複数の赤い光が、一斉に俺たちに向けられる。
それはまさしく、トロルの群れたちが俺たちをロックオンした証拠だ。
「まずい、見つかった!」
あんな化け物と戦っている暇なんてない。俺たちは馬を止めることなく森を駆け抜け、トロルの脇をすり抜けた。
俺たちに素通りされて、トロルたちは地面を揺らし走り出す。
闇夜に響くのは、低い足音と笑い声のような鳴き声だ。
後ろに目を向ければ、そこには棍棒を振り上げ大股で走るトロルたちの姿が。
「見た目は鈍臭そうなのに、意外と走るのが速いな!」
巨大なトロルたちが馬にも追いつく速度で走る光景は、恐怖するには充分すぎる。
その恐怖が俺の感覚を鈍らせたらしい。数メートル先にいた新手のトロルの存在に、俺は気づけなかった。
新手のトロルは俺の行手を塞ぎ、棍棒を振り上げる。俺は避けることを諦め、剣を抜く。
――受けきれるか!?
少なくとも転生前の俺なら、棍棒に潰されジャムになっていただろう。
だが、今の俺はライナーだ。俺はトロルの棍棒を剣で受けると、無意識のうちに剣を斜めに滑らせ、棍棒の力を分散させた。そうやって棍棒をいなし、自らを守り切る。
巨大な棍棒から生き残った俺は、自分の動きが信じられなかった。
「なんだ今の!? もしかしてライナーの体、直接戦闘もそれなりにできるのか!?」
そりゃそうだ。ライナーの武力は75である。決して高くはないが、低くもない数値なのだから、基本的な戦闘はこなせるのだろう。
生まれてはじめて感じる、自分は強いという感覚。
直後、俺の乗る馬にトロルが突進する。
――まずい、完全に油断した!
トロルに当てられ馬は倒され、俺の体は宙に浮いた。
地面に体を叩きつけられ、痛みに表情を歪めていると、目の前には頬を歪め棍棒を振り上げるトロルが。
――このままだと死ぬ!
仰向けのまま、とっさに剣を構えたが、今度こそジャムにされてしまう。
俺は歯を食いしばった。
と同時、トロルの足元に現れた小柄な少女が短剣から氷の刃を放ち、トロルの動きを阻害した。そのまま俺の隣にやってきた少女は、心配そうに言う。
「ライナー様! ご無事ですか!」
「ロミー!?」
ちょっと意外な光景だった。
「ロミー、戦えるのか?」
てっきり俺は、英雄ではないロミーに戦闘力はないものと思っていた。だからこそ俺は、短剣を振り魔法を使って、自分の体格の数倍も大きいトロルと戦うロミーに驚いてしまった。
驚く俺を見て、ロミーは言い放つ。
「そんな……ライナー様は、私が冒険者出身であるのも忘れてしまうくらいにお疲れだったんですね……ライナー様にこれ以上は無理させられません! 私、頑張ります!」
謎の勘違いと共に意を決したロミーは、トロルを睨みつけた。
こうしている間にも、俺たちの周りには複数のトロルが集まってきてしまっている。
立ち上がり剣を構えた俺は、しかし弱気を隠せない。
「魔物の数が多いぞ……」
「それはそうですが、私たちには頼れる味方がいます!」
「味方? ああ! そうだった!」
一人の女騎士の顔を思い浮かべた瞬間である。一本の槍がどこからともなく飛んできて、俺たちを笑いながら見下ろすトロルの首を貫通した。
目の光を失い倒れるトロル。そこに現れたのは、馬を走らせるスチア。
彼女は馬を走らせたまま、トロルの首を貫通した槍を手に取った。その勢いでトロルの首が千切れる。
続け様、スチアは青い血に濡れた槍を振り回し、数体のトロルの足を粉々に粉砕した。
骨ごと足が破裂し、バタバタと倒れるトロルの群れを見て、俺は開いた口が塞がらない。
「すごい……」
たった数秒で、スチア一人によりトロルの群れは戦闘力を奪われる。
ここに他の騎士たちや戦人形である騎馬人形が突撃を開始。槍と魔法が闇の中を飛び交い、トロルの群れは屍の群れと化した。
屍の群れを眺めて、スチアは顔のない戦人形よりも無感情な顔をしながらつぶやく。
「こんなものか」
背筋が凍るようなセリフだった。さすが猪突猛進系の英雄だ。
俺はトロルの遺骸を前に呆けてしまう。
「一瞬だったな……」
シミュレーションゲームであるLA4では決して見ることのなかった戦闘の光景だ。
その凄まじさに、俺は非現実的な気分である。
隣に立つロミーにとっても衝撃的な光景だったのか、彼女も言葉を失っていた。
とはいえ、ゆっくりはしていられない。スチアは馬を連れ、鋭い口調で俺たちに言った。
「ライナー陛下、ロミー、早く馬に乗れ」
「ああ。助かったぞスチア」
「い、急ぎましょう! こんな怖い森、早く抜けちゃいましょう!」
まったくロミーの言う通りだ。
俺たちは再び馬に跨り、先を急ぐのだった。
* * *
休むことなく馬を走らせた結果、俺たちは森を抜けた。
東の山脈からは太陽が顔をのぞかせ、朝日が俺たちを照らし出す。
さすがに疲れた俺たちは馬の速度を緩め、簡素なパンを口にしていた。
そんな俺たちのもとに、斧や剣で武装した粗末な格好と、それには不釣り合いな高級アクセサリーを身に纏った、数人の粗暴な輩が近づいてくる。
「あれは――」
間違いないだろう。あの輩は山賊だ。
斧には血が滴り、不釣り合いな高級アクセサリーを身につけているとなると、彼らは誰かを襲ったばかりなのだろうか。
俺たちの存在に気がついた山賊たちは、上機嫌にはしゃいだ。
「ブヒャヒャ! 見て見て! 獲物だ!」
「逃げ出した貴族に続いて、中央からの敗残兵か! ヒヒヒ、こりゃ運がいい!」
「女もたくさんいるじゃねえか! 最高の獲物だぜ! グホホ!」
個性豊かな笑い声と共に、山賊たちは個性なく舌なめずりをしている。
魔物に続いて今度は山賊か。イズミア軍に追われ、裏切り者に追われ、魔物に襲われ、山賊に出くわす。どうしてこう、絶望は連続するのだろう。俺は思わず頭を抱えてしまった。
まあ、実際は絶望的な状況にあるのは山賊たちの方なのだが。
俺は馬を止め、簡単な命令を出す。
「スチア、頼んだ」
するとスチアは黙ったまま騎馬人形を引き連れ、山賊たちに突撃していく。
美女の接近に大喜びの山賊たちは、スチアが突き出した槍にことごとく貫かれ、あるいは薙ぎ払われた槍に首の骨を折られながら吹き飛んでいった。
30秒くらいだっただろうか。息のある山賊は一人も残っていない。
「先を急ごう」
止まって食事をする暇も惜しむ俺たちに、山賊を相手する時間なんてないんだ。
俺たちは何事もなかったかのように山賊の屍を超え、先を急いだ。
しばらく進むと、頭をかち割られ血塗れの死体が放置された馬車の残骸が。
――ひどい光景だ。
おそらく、さっきの山賊の仕業だろう。まったく、腹立たしい。
嫌な気分にげんなりしながら、一日は終わる。
翌日、変わらず馬を走らせていると、俺たちのもとに斧や剣で武装した粗末な格好、それには不釣り合いな高級アクセサリーを身に纏った、数人の粗暴な輩が近づいてきた。
「ヒョヒョヒョ! 獲物だ獲物だ!」
「金目のもの持ってそうなヤツらだぜ! ヘヘヘ、殺せ殺せ!」
「身ぐるみ全部置いてけ! 命も置いてけ! フショショ!」
うん、間違いない。
「また山賊か……頼んだ」
やることは同じだ。
今日は30秒も経たないうちに、スチアによって山賊は殲滅される。
「行くぞ」
林に囲まれた街道を、俺たちはひたすらに駆けた。
街道の途中には死体を乗せた馬車の残骸がいくつか転がっている。きっと山賊はまだいるのだろう。嫌な予感とともに、その日は過ぎ去っていく。
嫌な予感は当たりやすい。翌日も、馬を走らせる俺たちの背後から下品な声が聞こえてきた。
「クケケ! いいカモ、みっけー!」
「兄貴の言うこと、正しかった! ニフフ、稼ぎ時だ!」
「殺せ殺せ! お遊びの時間だ! ガワハハ!」
まただ。また山賊だ。エピコスの山賊は変な笑い方をしなきゃいけない決まりでもあるのだろうか。
うんざり感と疲労から、俺は大きなため息をつく。ため息をつき終えた頃には、スチアが山賊を殲滅してくれている。
金切声すら出せずに斬り捨てられた山賊たちを横目に、ただただ目的地へ。
街道を進むうち、遠くに村が見えてきた。村までの道には、斧を持った輩が。
「ニヘヘ、金目の――」
言い切る前に、山賊たちはスチアの槍の餌食に。
さすがの俺もついに叫んでしまった。
「山賊まみれだぞ! どうなってるんだ!?」
森を抜けた途端、どこに行っても山賊山賊山賊。この辺りの治安はどうなっているんだ?
襲われたであろう馬車や人の死体だって、そこら中に転がっている。
ここは世紀末か?
歯軋りする俺の隣で、ロミーは悲しげな表情をしながら言うのだった。
「ノーラン様とグランツ様が亡くなり、一夜にしてボルトア帝国が消滅したんです。治安は崩壊、これを機会に荒稼ぎをしようという山賊たちが、そこかしこで暴れているのでしょう」
「……あ、なるほど」
つまり山賊が蔓延っているのは、俺がちょっとした憂さ晴らしでノーランを殺したせいらしい。俺は以降、黙り込むのであった。
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