逆賊の領主~転生先は滅亡イベント真っ最中の辺境伯でした~

ぷっつぷ

プロローグ

憂さ晴らし

 ローズ・アンビション4――エピコスと名付けられた架空の世界における、180年にも及ぶ架空の歴史を舞台とした歴史シミュレーションゲームの四作目だ。俺はこの〝LA4〟で、ちょっとした憂さ晴らしをした。


 発端は数週間前である。俺が勤める会社には、軽薄短小、しかしコミュ力お化けの、よく喋る同僚がいた。同僚は、大物の友達が何人もいて、いざとなれば大規模な取引先を引っ張ってくる、と常々自慢していた。とはいえこの同僚と一度でも飲み会の席で一緒になればわかるのだが、彼には虚言癖がある。取引先云々についても、明らかなウソだった。


 ところが部下とのコミュニケーション皆無な上に、他人を表面上の印象でしか見ない俺の上司はその自慢話を真に受け、大規模な取引先の存在を前提とするプロジェクトをはじめてしまう。

 俺は即座に同僚には虚言癖があり、彼の話はウソだらけだと上司に伝えた。上司の答えは「渡良瀬君さ、自分が友達がいないからって、同僚を妬むのは感心しないよ」だ。さすが他人を表面上の印象でしか見ない上司、ふざけてる。


 プロジェクトは開始され、同僚は重要ポストに。これで困ったのは同僚だ。彼はなぜか俺に泣きついてきた。だから俺は会社の損益を少しでも減らすため、いくつかの対策を用意した。


 数週間後の今日、当然だがプロジェクトは失敗する。それでも会社の損益が最小限に抑えられたのは、俺の対策があったからこそだ。

 にもかかわらず、である。対策の功績は、上司のものとなった。プロジェクトの失敗は、同僚と俺の責任になった。どうやら同僚はクビを免れるため、お得意のコミュ力を使って上司と結託、対策の功績を上司に〝献上〟し、自分の責任の一部を俺に被せたらしい。


 上司は俺に言った。


「君がクビにならずに済んだのは同僚君のおかげだ。同僚君には感謝しておくんだな」


 めちゃくちゃだ。その場で辞職願いを出そうとも思ったが、なんとか抑えて俺は家に帰る。

 家に帰り、早速LA4を起動し、架空の世界の天下統一に没頭する。


 さて、LA4では数多の英雄になりきれるのだが、俺がプレイしていたのはグランツ=リヒトレーベンという英雄だ。ゲームの主人公格であるボルトア皇帝ノーラン=オーダーの右腕として活躍したサウスキア辺境伯。クセの強い上司のもと、生真面目に頑張る領主様だ。

 なんとなく、俺はグランツにシンパシーを感じていた。


 そんなグランツの最大の歴史イベントといえば、ブライアヒル神殿の変だ。グランツが突如として叛逆し、ノーランを殺害するイベント。ぶっちゃけLA4版本能寺の変である。

 このイベントが、偶然にも上司の理不尽に遭った今日、条件をクリアし実行可能になった。


「上司を殺害するイベント、か」


 思わずニタリと笑って、俺は迷わずイベントを発生させた。


 目の前のパソコンのモニター上で、グランツが上司であるノーランを殺害する。頭の中で、俺が会社の上司をボコボコにする。

 ちょっとした憂さ晴らしではあったが、心はそれなりにスッキリだ。

 スッキリした状態が続いている間に、俺はベッドに横たわり、明日のことも考えずに眠りについた。


    *    *    *


 まぶたの向こうがまぶしい。俺は目を覚まし、体を起こした。

 そのままベッドから降りようとして、困惑する。俺はベッドの上にいなかったのだ。それどころか、周りの景色は自室のそれではない。


 辺りは見渡せば、そこは焼け焦げた神殿のような場所。まったく見覚えがない、といえばウソになる場所。ここはもしかして、ブライアヒル神殿の跡地じゃないか。


 眠る前にLA4で見たイラストとまったく同じ光景に、俺は空いた口が塞がらない。そんな俺の耳に、生真面目そうな男の声が聞こえてきた。


「お初にお目にかかる」


 声のした方向に目を向ければ、そこには血に汚れた鎧に身を包む、生真面目さをよく表した整った髪型に、生真面目さをこれでもかと滲ませた顔つきの初老の男が立っている。

 俺はその男の名前を知っていた。だからこそ、驚きのあまり立ち上がってしまった。


「グランツ=リヒトレーベン!?」


「いかにも」


 LA4に登場する顔グラフィックそのままの男が、目の前に。つい数時間前まで俺がゲーム上で操作していた英雄が、目の前に。

 訳がわからない。何が起きているのか。

 右往左往する俺を尻目に、グランツは口を開いた。


「突然のことで困惑しているだろうが、今の状況を詳しく説明したところでさらに混乱するだけだろう。そこで、手短に言う」


 人さし指をピッと立て、生真面目さを崩さずグランツは続ける。


「君は観測者によって実験対象に選ばれた。これから君は、エピコスに転生してもらう」


「……は?」


 やっぱり訳がわからない。転生ってあれか? ラノベとかアニメでよくある、あれか?

 ゲームの世界に転生だなんて、あまりに非現実な言葉である。でも、ブライアヒル神殿跡地でグランツと会話している時点で、もうすでに非現実的な状態だ。俺は疑問を抱くことを諦めた。


 一方のグランツはため息をつく。


「本来は私に転生してもらう予定だったのだが、直前になって君がブライアル神殿の変を起こしてしまったのでね、私はノーラン様殺害後のいざこざで死んでしまった。君、どうしてこのタイミングでブライアル神殿の変を起こしたんだい?」


「それは……ちょっとした憂さ晴らしで……」


「うん? 憂さ晴らし?」


 正直な俺の返答を聞いて、グランツは数歩退く。退きながら頭を抱え、ふらふらぶつぶつと独り言を口にする。


「そうか……私は憂さ晴らしでノーラン様を殺害したのか……そうか……同じ志を抱き、共に戦い、共にボルトアを帝国にまで成長させたノーラン様を、憂さ晴らしで……そうか……」


「あの、えっと、なんかすみません」


 とっさに謝った俺に、グランツはさらに大きなため息をついた。

 グランツも何かを諦めたらしい。彼は背筋を伸ばすと、俺をじっと見つめ、英雄らしい荘厳な雰囲気を纏いながら言う。


「とにもかくにも、君の転生先である私は死んでしまった。そこで君には、代わりに私の息子であるライナー=リヒトレーベンに転生してもらうことにした」


「ええっ!?」


 ダメだ。その転生先はダメだ。俺は必死に訴えた。


「待ってください! ライナーはグランツさんが死んだ数日後に部下の裏切りで――」


「では異界の主人よ、我が息子に転生せよ。そして、我がサウスキアに繁栄を」


「いやいや! ちょっと待って! そんないきなりっ!?」


 必死の訴えはすぐに遮られ、俺の体はまばゆい光に包まれていく。

 もうグランツに声は届かない。俺はどうやら、このままエピコスに転生させられてしまうようだ。

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