それでも一歩ずつ前に進むんだ
大学にはそのまま通うことにした。
少しでも日常生活をちゃんと送ることで、俺がいないとどうにもならないなんて状況を改善していくためだ。
俺は陸に少しだけ今の現状を話した。結衣の過去とかには触れなかったけど、今結衣が心の病気になっていること、俺が結衣の心の病気を支援していることなんかを軽く説明した。
もちろんこれは俺の独断じゃなくて、結衣とも話し合ったことだ。周りに吹聴するように結衣の状態を喋るつもりは一切ないけど、俺以外にも理解をしてもらって手助けしてもらえる人を増やす必要がある。少なくとも俺はそう思ったし、結衣も納得してくれた。
「俺にはよくわかんないけど……何か手伝えることがあったら遠慮なく言ってくれよな。友達の彼女のことなら俺だって力になりたいし」
「陸……ありがとな」
それから橘さんとも少し話をさせてもらった。
橘さんは結衣から聞いていた通りとてもいい人で、結衣の現状を話したらできる限り力になりたいと言ってくれた。
「うちも最近結衣の元気がないなって思ってはいたんだ……それが、こんな……ごめんね? うちにできることがあれば何でも言ってね?」
「ありがとう……橘さんだって辛い目にあったのに……」
「それは……うちの場合は自業自得っていうか……」
「そんなことない。だからっていう訳でもないんだけど……」
俺は橘さんにさっそくあるお願いをした。これも結衣と話し合って決めたことだ。
「サークルの話を、俺たちと一緒に大学にしてくれないか?」
これで何かが変わるかはわからない。
サークルの話を大学にしたところで、そもそも証拠になるものとかも俺たちは持ってないし、サークル側がしらばっくれたら終わりだろう。大学がまともに取り合ってくれないかもしれない。
それでも、俺たちは一種のけじめとしてサークルの話を大学にすることにしたのだ。
結衣の心が傷つく原因となったサークルを、そのままにしておくわけにはいかない。少なくとも気持ち的にはそうだったし、サークルのことにけじめをつけることで結衣の心にもちょっとだけいい変化が起こるかもしれない。
「それが結衣のためになるなら」
「ありがとう。橘さんも俺にできることがあれば何でも言ってくれて構わないから」
「んふふ~……じゃあいつか何かお願いしよっかな~」
そうして俺たちは大学側にサークルの話をした。結衣と橘さんは事細かにどんな活動をしていたかの詳細を語ってくれた。
大学側は『調査する』って言ってたけど、実際にどうなるかはわからない。お咎めなしかもしれないし、何かしらのアクションがあるかもしれない。
でももうそれは、俺達にはあんまり関係のない話だった。
「イツキ、おはよう。朝ごはんできてるよ?」
「おはよう、結衣。ありがとな」
結衣だっていつも不安定でいるわけじゃない。というかむしろ俺と一緒にいる間はこれまでと変わらない様子で振舞っている。
でもそれは表面上だけっていうのもよくわかってて、実際俺が少しでも結衣の傍から離れると途端に不安に襲われたりぐずぐずと泣き出したりしてしまう。
病院に認知療法で通院するときなど、絶対に俺から離れたがらない。病院に入って治療に向かうときに俺から離れる時間ができてしまうからだ。
「私ね、頭ではわかってるんだ……イツキが私のために行動してくれてるって……でもね、心がついてきてくれないの……。どうしてもイツキと離れたくなくなっちゃうの……。でも、でも……こんなんじゃダメだってわかってるから……! だから、私、頑張るから……!」
病院で俺と離れるときに結衣に言われた。
結衣は……今も昔も自分の心と戦ってるんだ。どうしようもなくなるほど傷ついた心と、それでも戦ってるんだ。
だから俺も結衣とちゃんと向き合って、結衣に必要なことが何かをしっかり考えるんだ。
そうして決意して日々を過ごしていても、どうにもならないことだってある。
結衣の心の傷は深くて重い。病院に通い始めたからって、俺と話し合ったからってすぐに治るようなものでもないんだ。
相変わらず結衣は俺の腕の中じゃないと満足に眠ることができない。結衣を傷つけた俺の腕の中じゃ眠れなくなってるかもしれない……なんて考えたこともあったけど、むしろ逆だった。
俺が近くにいないと本当に眠れないのだ。結衣をベッドで、俺が床で寝ようとした時も、結衣は朝まで一睡もせずに起きていた。
でも、睡眠薬を使って眠るわけにもいかない。俺は病院の先生にも相談して、ある程度の期間――結衣の状態が今より落ち着いて、俺が傍にいなくても取り乱さなくなるくらいまでは一緒のベッドで眠った方がいいかもしれないという話をした。
眠れないなんていうのを放置してしまうと、心を治す前に体がダウンしてしまう。
病は気から、なんて言うけど逆だって同じだ。弱った体じゃ心だって健康にならない。
だから俺は夜は結衣を抱きしめながら眠っている。
ただ……俺の腕の中で眠れるからといって、悪夢を見るか見ないかはまた別の話で。以前よりも深く傷ついてしまっている結衣の心には、隙あらばいじめていた連中の顔や性暴力を加えていた連中の顔が浮かぶようになってしまっていた。
そいつらの顔が夢に出てくると、結衣は悲鳴を上げながら飛び起きる。
「いやあぁぁ――! 助けてイツキ! イツキぃ!」
寝ている間に飛び起きた結衣に、俺も飛び起きて結衣を腕の中に抱きしめる。
そのまま背中を撫でながら「大丈夫。大丈夫……」と結衣が落ち着くまで宥め続ける。
「イツキ……ありがと……イツキ……」
「大丈夫か? 結衣。もう一度眠れそうか?」
「うん……ごめんね……」
涙をぽろぽろこぼして俺に謝ってくる結衣にキスをする。しっかりと抱きしめて結衣に俺の体温を伝える。
結衣は一人じゃないんだと。俺が一緒にいるんだと。俺の愛情が結衣に伝わるように。
健気に振舞う結衣と、悲鳴を上げて取り乱す結衣。どっちも結衣なのは変わりなくて、俺はどちらも受け入れなければいけない。
まだまだ結衣の治療は始まったばっかりで、成果なんてものは目に見えなくて。
それでも、俺たちは一歩一歩前に進んでいくしかないんだ。
頭ではわかってるんだ。俺の心だってそうしたいって思ってるんだ。
それでも、やっぱり――俺の意識の外で、体の疲労は溜まってて。
「樹……最近お前、ちゃんと寝れてるか?」
「……寝れてると思うけど」
「目の下の隈すごいぞ」
「……」
俺より結衣の方が辛いんだから……少しくらい体が辛くたって関係ないだろ?
そうだろ、俺……。
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