指輪をくれたの、本当に嬉しかったんだ

 それからも私とイツキは順調に交際を重ねていった。

 二人でご飯を食べて、二人で笑い合って、二人抱き合いながら眠りにつく。


 そうして日々を過ごしていって、付き合い始めてから初めてのクリスマスを迎えた。


 イツキからは「クリスマスだから何か普段しないようなことをしようか?」なんて言われたけど、私はそれを断った。私にとってはイツキと一緒にいられることが既に特別なことだったから、それ以上のものはいらなかった。

 だから、いつもと同じように二人でデートをすることを望んだ。


 昼過ぎから二人で出かける。大学のある街を散策して、いつも一緒に入るショッピングモールに足を運んだ。

 その中にある二人でよく行く喫茶店で、私はを受け取った。


「結衣……これ、プレゼント」

「え……なになに? 開けていい?」


 小さな袋にいれられた、四角い箱。

 それはよく見るアクセサリーが入っている化粧箱で。


「あ……指輪……」

「ど、どうかな……? 婚約指輪とか、そんなたいそうなものじゃないけど、結衣に送りたくって……」


 蓋を開けたそこには、シンプルなシルバーの指輪が収まっていて。

 店内の照明を反射して光り輝くその指輪が、イツキからの愛の証だった。


「うぅ……ひっく……ありがと、イツキ……!」


 気付けば私は涙を流していた。

 嗚咽が漏れ、必死に声を押し殺して泣いていた。


「ど、どうした!? 大丈夫か結衣!?」

「う、うれしくってぇ……! ホントは、泣きたい……うぅ……わけじゃないのに、泣く、のが……ひっく……止められなくってぇ……! こんな女で、ごめんねぇ……!」


 嬉しかった。今まで生きてきた中で一番嬉しかったと思う。

 愛しかった。それまでも愛しかったのに、それ以上にイツキが愛しく感じられた。


「大丈夫、大丈夫だよ、結衣……そんなに喜んでくれて、俺は嬉しいよ」


 喫茶店の店内で突然泣き出すなんて、どう考えたって迷惑だったと思う。イツキに嫌な思いをさせたと思う。

 でもイツキはそんな私の隣に座ってくれて、抱きしめて背中をさすってくれた。


「ありがと……ありがと、イツキ……愛してるよぉ……離れたくないよぉ……」

「うん、俺もだよ、結衣」


 結局イツキは、私が泣き止むまでそうやって寄り添ってくれたのだ。











 私は年末年始に実家に帰ることはしない。

 去年も帰ってない。


 理由なんて単純だ。

 あの街に帰りたくないからだ。居場所のない家に行きたくないからだ。


 だから年末年始はどうしようか悩んでいた。イツキはきっと実家に帰るだろう。その間、私はどこで何をしていたらいいんだろう。

 イツキの家に転がり込んでいるとはいえ、元々私が住んでたアパートは一応まだ契約はしたままにしてある。時々寄っては掃除をしているから、別に埃が溜まったりもしていない。


 年末年始、私は一人で過ごすのだろうか。

 一人で過ごせるのだろうか。


 イツキが隣にいるのが当たり前だった。イツキの隣にいるのが当たり前だった。

 イツキの腕の中で眠るのが当たり前だった。イツキに包まれているのが当たり前だった。


 ――当たり前になってしまったのだ。


 いつだってイツキが隣にいる。まるで生まれた時からずっとそうだったみたいに、私の生活はイツキがいないと成り立たなくなっていた。

 そんな状態で、イツキがいない年末年始を一人で過ごせるのだろうか?


 そう思い悩んでいた私を救ったのは、やっぱりイツキだった。


「俺今年は実家に帰らずにここに残るから」


 イツキはやっぱりすごい。私がしてほしいことが口に出してなくてもわかるんだ。

 実家に帰らずにここに残って私と過ごしてくれるって言ってくれたイツキに、私は全身で喜びを表現するように抱き着いた。


 年末年始はどこにも出かけずに、二人でまったりと過ごした。

 たくさん食料品や消耗品を買い込んで、それからゴムもいっぱい用意して……。


 二人でまったりと過ごしながらも、私は何度も何度もイツキを求めた。


「んぅ……! はぁっ、あぁ! イツキ! 気持ちいい! もっと、もっとぉ!」

「結衣が望むなら……!」

「愛してる! イツキ、愛してるぅ!」

「ああ、俺もだ、結衣! 俺も愛してる! ……って、あ……」

「はぁっ……はぁっ……どうしたの、イツキ」

「あー……年、明けちゃった。……明けましておめでとう?」

「え、もうそんな時間? えーと……明けましておめでとう?」

「なんかしまんないな……」

「あはは……そうだね」


 なんて、イツキと肌を重ねたまま年を越してしまって。

 気の抜けたまま二人で一緒に笑い合ったりした。


 三が日はイツキから「流石にちょっと自重しようか?」なんて言われて、私も改めて振り返って「イツキを求めすぎちゃったな……」なんて反省して。

 私が作ったお雑煮を食べながら正月番組なんかを見てまったりと過ごした。


 それでも、夜イツキの腕の中にいると体がカーっと熱くなって、頭が茹ってきて、どうしても我慢できなくて。

 結局イツキを求めてしまって、イツキも苦笑いしながら付き合ってくれた。


 そんなこんなで、初詣と称して二人で家を出たのは、三が日が過ぎて年も明けて四日も経った頃だった。


「流石にもう人もそんなにいないねー」

「まあもう正月じゃないしな……」


 私とイツキは手を握りながら境内まで入っていって、二人でお参りをする。お賽銭を投げ入れて、二礼二拍手一礼だ。合ってるかはわかんないけど。

 私は神様に、イツキに出会わせてくれてありがとうって感謝をした。


 私の左手の薬指には、クリスマスにイツキから貰った指輪が嵌められている。あの日からずっと肌身離さず嵌めたままだ。

 この指輪を嵌めているとイツキのことを感じられる気がする。イツキとの繋がりを感じられる気がする。


 私、指輪を貰ったの本当に嬉しかったんだぁ……。


 だから神様。お願いします。

 これからもずっとイツキと一緒にいさせてください。そのためならなんだってします。


 お願いします、神様……。


「結衣はどんなお願い事をしたんだ?」

「えへへー、内緒!」

「えー? 教えてくれたっていいじゃん!」

「じゃあ逆にイツキはどんなお願い事したの?」

「結衣が教えてくれたら教えてあげる」

「あー! ずるいんだー!」


 お参りが終わった後は、イツキと一緒におみくじを引いた。


「お、大吉だ! やったぜ!」

「えーいいなーイツキ。なんて書いてあるの? 特に恋愛運のところ!」

「気になるのそこ? えーと……信じて支えてあげなさい、だって。なんだこりゃ」


 信じて、支えてあげなさい……。


「……っ。なんなんだろうね、それ」

「さぁなー。ところで結衣のおみくじは?」

「え、私? 私はねー……中吉だった!」

「へぇー……結衣、知ってるか?」

「え、何を?」

「実は中吉より吉の方が上らしいぞ」

「あー! なんでそんなこと言うかなー!」


 そうやって二人で過ごして。

 私とイツキの時間は流れていったんだ。

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