私の幸福な日常
イツキには、どうしても私が壊れていることを伝えられなかった。どうしても高校の時から、イツキにもう一度会うまでのことを伝えられなかった。
だってこんなことを伝えたらイツキに嫌われちゃう。私が汚くて穢れてて醜くて壊れてるなんて……普通の人は、受け入れてくれるはずなんてないんだ。
イツキはきれいだったんだ。私の思い出の中のまま、優しくて、カッコよくて、きれいだったんだ。
そんなイツキを、私が汚している。今も、これからも、汚している。
なんて自分勝手な女なんだろう。あれだけイツキを汚したくないなんて思って、それでもイツキを拒絶できずに、あまつさえイツキの恋人になんかなって。
なんてわがままなんだろう。でも、イツキはそんな私に微笑みかけてくれるんだ。優しい言葉をかけてくれるんだ。
私はそれで、また一つ壊れた心の欠片を繋ぎ合わせるんだ。
――――最低だ。
私はイツキと付き合い始めてから、所属していたサークルを辞めた。来るもの拒まず、去る者追わず。特に引き留められることもなかった。新入生を何人かゲットしたからだろうか。どこの誰が入ったのかなんて知らないし、申し訳ないけど私にはどうでもよかった。
元々好きで入ってたわけじゃない。自分の体を汚すのに都合がよかったから入ってただけだったから、辞めるのに微塵も後悔なんてなかった。
「ごめんね、沙織……私のせいで……」
「もー! ユイのせいじゃないって! うちが原因だったんだから、だいじょーぶだよ!」
私は沙織に謝った。沙織も私が辞めるのと同時にサークルを辞めた。
沙織は私がサークルを辞めないから、それに付き合ってサークルに入ってただけだ。
だから申し訳なかった。私が強ければ沙織に苦しい思いをさせずに済んだのに。
私にはどうしてもそれができなくて。
でも、もういいんだ。もう大丈夫なんだ。
だって、私の傍にはイツキがいるから。
「彼氏、できたんでしょ? ユイ」
「うん……」
「よかったじゃん。前話してた幼馴染の男の子?」
「うん。イツキ。カッコよくて優しいの」
「大事にしてもらいなよ!」
「……イツキは、いつだって私のこと大事にしてくれてるよ」
サークルを辞めたことはすぐにイツキに伝えた。イツキは私が所属してたサークルがどんなサークルか知らなくて、私に「そんなに簡単に辞めてよかったのか?」なんて聞いてきた。
「もう必要無くなったから」
私はそう答えた。
あのサークルは、私にはもう必要ない。
イツキの傍にいるのに、汚いサークルの人間に体を差し出すなんてことはしない。
イツキがたくさん愛してくれるのに、そんなことをする意味がない。
意味ならあったんだ。自分への罰だったんだ。でも今はイツキがいてくれるから。
イツキの傍にいる間は、私は私でいられるんだ。睡眠薬もいらない。悪夢も見ない。正気を失ったりしない。
「サークルって必要かどうかで入るもんなの?」
イツキのそんな疑問に、私は適当に答える。
「うーん、どうだろ……でも少なくとも、私にはもう必要のない場所になったっていうのは事実だからさ。気にしなくてもいいよ」
「そっか。まあ、結衣がいいなら俺が気にすることでもないか」
「そうそう。そんなことよりさ……ね? イツキ……♡」
私はイツキに甘える。
初めて繋がったあの日から、私は毎日のようにイツキを求めた。
イツキの腕の中に抱かれていると安心する。
イツキと触れあっていると幸せが溢れてくる。
壊れて空っぽの心に、私が戻ってくる気がするんだ。
「好き! 好きぃ! 愛してる! イツキ、愛してるの……!」
「ああ……俺も、好きだ結衣! 愛してる……!」
イツキに抱かれている時は、私はタガが外れたようにイツキへの愛を叫んだ。溢れ出る思いを堰き止めることなく、そのままイツキに伝え続けた。
好き。愛してる。あなただけなの。私にはあなただけしかいないの。それ以外は全部いらないの。
そうやって愛を伝え続けて、それと同じくらいイツキからの愛をねだった。
小さな頃から、唯一私に無償の愛情を注いでくれたイツキ。そのことが私の心の支えで、私の中に唯一残ったもので。
一番大事なものなんだ。何よりも大事なものなんだ。だからもっともっと欲しくなるんだ。
私の空っぽの心を、イツキの愛で満たしてほしい。イツキの愛だけで心を作れるほどに、愛を注いでほしい。
私を、イツキの愛だけで形作らせて――――
イツキとの交際は順調だった。
喧嘩なんて全くしないし、いつだって一緒にいた。
私がイツキと離れるのはどうしても一緒にとれない講義とか、それぞれのゼミとか、後はイツキが少しだけやってるアルバイトの時間とか。
それ以外の時間はほとんど常に一緒にいた。
「なぁ、結衣。俺とずっと一緒にいるけどさ、友達とか、先輩とか、そういう人たちと遊びに行ったりとかしなくていいのか?」
「いい、別に。イツキの傍にいたい」
そう言って私はイツキの腕を抱きしめた。
イツキの傍にいることが私の幸せなんだ。それ以外は何もいらないんだ
だから、イツキの傍にいさせて。私を一人にしないで。私は弱いから。一人でいたらまた壊れちゃうから。だから、だからね?
お願いイツキ。
そうして常に二人で一緒にいて、思い出を積み重ねていった。
イツキはいろいろなところにデートに連れて行ってくれた。
「あー! もうちょっとでとれたのにー!」
「くぅう……悔しいなこれ!」
ゲームセンターで遊んで。
「ここのケーキめっちゃくちゃ美味しいんだよ!」
「へぇー……お、確かに美味いな」
喫茶店でお茶をして。
「じゃじゃーん! どお? この水着!」
「めちゃくちゃ可愛くて……えっちです……」
海やプールに出かけて。
そして……デートの後は、二人で重なり合った。
イツキの肌に触れる。イツキの腕の中に包まれる。イツキの匂いが私に沁みついて、離れなくなるまで。
触れ合うたびに私を幸せにしてくれる。声をかけられるたびに愛で満たされていく。
イツキは私にとって幸せそのもので――そして、麻薬のような存在だった。
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