幸せってなんだろうね
イツキの傍にいることだけが
私はイツキと出会ってから、時々イツキの住んでいるアパートにお邪魔してご飯を作ったりしていた。
一応一人暮らし歴一年の私だ。なんだかんだ自炊はできるし、その他の家事もそれなりにできる。
私が作ったご飯をイツキと一緒に食べる。
「美味しいよ、結衣」
イツキはいつも笑顔で褒めてくれる。
それだけで私の壊れた心が、じんわりとあったかくなる。
イツキの全部が愛おしい。イツキの全部が欲しい。
でも、代わりに私があげられるものが無い。こんな壊れて汚い私なんかイツキにあげるわけにはいかない。
イツキ。私はイツキの傍にいることだけが救いなの。それ以上はいらないの。
イツキ。だから、イツキ……私は……。
私はイツキの家に行っても、絶対に長居はしなかった。
ご飯を作って、片付けたらすぐに帰る。これだけは譲らなかった。
大学生なんだから、別に男女だからって泊まっちゃいけないなんてことはない。現に私はサークルの汚い人間の家で朝目が覚めたことがある。
でも、それはダメだ。それだけはダメだ。
そんなことをしたらイツキが汚れちゃう。
私は私が弱い人間だって知ってるから。
自分に罰を与えるために汚い人間に体を差し出した。そのせいで私の体は洗っても洗っても絶対に汚れがとれないほど汚くなった。
そんな私の体で、イツキに触れることなんてできない。
体を差し出したのは私だ。汚れたのは自分の意志だ。自業自得だ。でもこれでいいんだ。だって罰なんだから。
でも……私は私が弱い人間だって知ってるから。
イツキの傍にい続けたら、イツキを求めてしまう。こんなに汚い体なのに、きれいなイツキを求めてしまう。
触れ合って、溶けあって、一つになりたいって思ってしまう。
そんなのダメだ。絶対ダメなんだ。
絶対ダメなのに……それなのに……イツキ、なんでぇ……?
「小さい頃からあなたのことが好きでした。どうか俺とお付き合いしてください」
私の目の前で頭を下げるイツキ。
その方は小刻みに震えていて、見ている私にもイツキの緊張が伝わってきて。
なんでイツキはそんなに優しいの……? なんでイツキはいつも私がしてほしいことがわかるの……?
私、こんなに汚くて、醜くて、壊れてて、絶対ダメなのに。
それなのに、私がイツキを拒絶できるわけなんてなくて。
イツキだけだったんだ。イツキだけがいつだって私の心の中にいたんだ。全部奪われて、壊れて、空っぽになっても。イツキだけが私を支えてくれてたんだ。
イツキぃ……好き……好きなの……! こんなに汚れちゃったって、私が私じゃなくなったって、それでもずっとずっと好きだったの……!
「好き」の気持ちが抑えられなくて、涙という形になって私の体の中から溢れ出る。ぽろぽろと零れ落ちて止まらない。後から後から好きが溢れてきて留まる気配がない。
「ご、ごめん結衣! 泣くほど嫌だったか!? ごめん、ホントごめん! 俺の言葉なんてなかったことにしていいから!」
私が泣いたことに焦ったのか、イツキがそんなことを言ってくる。それを聞いた私は思いっきり首を横に振った。
「やだッ! ぜっだい、ぜっだいながっだごどにじないもん!!」
わがままだ。自分勝手だ。あれだけイツキを汚したくないって口では言っておいて、いざイツキから告白されたらこんなことを言う。
最低だ。でも無理だ。無理なんだよ。最初から私がイツキを拒絶できるわけなかったんだ。
だって好きなんだもん。ずっとずっと好きだったんだもん。今でも大好きなんだもん。
「わた、私も……! ずっとずっとイツキのことが好きでぇ……! でも、私、イツキのこと諦めなきゃって、汚いから、無理だって……ずっとそう思ってて!」
「でも、どう頑張ったってイツキのこと忘れられなくて……! 私、わたしぃ……!」
抱きしめてくれたイツキの腕の中でそれだけ伝える。後はもう言葉にならなくて、私はひたすらイツキ腕の中で泣き続けた。
そんな私のことを、イツキは昔私がイツキに縋りついた時と同じように落ち着くまで背中を撫でてくれた。
イツキと付き合い始めてから、私はイツキの家に住み着いた。転がり込んだと言ってもいいかもしれない。
とにかく片時もイツキから離れたくなかった。一秒でも無駄にしたくなかった。
イツキの傍にいると、不思議とよく眠れた。
いじめられてた時の光景も、脅され犯されていた時の絶望も、何も私の夢に現れなかった。
イツキの腕の中は安心感だけがあった。この数年間、私が全然感じることのできなかった安心感が。
だから私は眠る時は、イツキに抱きしめてもらうことをねだった。「寝づらくないか?」なんてイツキに言われたけど、全然そんなことなかった。
違うよイツキ。私はイツキの腕の中が一番よく眠れるんだよ。イツキの腕の中じゃないと眠れないんだよ。
そうやって付き合ってる男女がくっついてベッドに入って、体の関係を持つまでに時間なんてかかるわけが無かった。
イツキは初めてだった。
私はそれがたまらなく嬉しかった。
イツキは告白してくれた時の言葉通り、ずっとずっと私のことを好きでいてくれたのだ。私以外とそういう関係にならないでいてくれたのだ。
そのことが、心の底から嬉しかった。
初めてのイツキにテクニックなんてあるはずない。緊張してて手なんか震えてたし、私の体を触る時は割れ物を扱うような優しい触り方で。
でも、信じられないくらい気持ちよかった。初めてセックスで気持ちいいと思った。
それまで男に抱かれるっていう行為はただの罰で、そこに快楽なんていうものは微塵もなくて……ただひたすらに、私の心も体も削るだけの行為で。
それなのに、イツキとのそれは全然違ってて。セックスは愛を確かめる行為だとか、愛を伝えあう行為だとか言ったりするけど、そのことが初めて分かった気がした。
愛だ。そうだ、愛なんだよ。
イツキのことを、愛してるんだよ。
そんな幸福感に浸っていた私を現実に叩き落したのは、イツキの一言だった。
「結衣は初めてじゃなかったのか?」
イツキに悪気なんてなかった。ただ何気なく聞いただけだった。
そんなの顔を見ればわかる。声を聞けばわかる。イツキに私を傷つけようだなんて気持ちが無いことくらい、誰だってわかったはずだ。
それでも、私はそのイツキの何気ない一言で、繋ぎ合わせた心にひびが入って。
「ごめん……! ごめんねぇ……! イツキに初めてあげられなくてぇ……!」
路地に連れ込まれたときの記憶が蘇る。男二人に抑えられて、声も出せずに服を脱がされて、無理やり初めてを奪われて。
それを撮影されて、行為が終わって呆然としていた私に「ネットにばらまかれたくなかったら――」なんて脅しをかけてきて――。
「い、いや! 俺の方こそごめん! 別に大丈夫だよ、初めてじゃなくたって!」
気付けば泣き崩れてイツキに縋りついていた私を、イツキは一生懸命に慰めてくれた。「大丈夫、大丈夫」って、背中を撫でながら言ってくれて。
やっぱり、優しいよ……好きだよ……愛してるよ……。
そうして、私はいつの間にかイツキの腕の中で眠っていた。
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