番外編

私のヒーロー

 小学校低学年だった頃、人付き合いの仕方がわからなかった私に人との付き合い方を教えてくれたのは彼だった。無視したり酷いこと言ったりもしたのに、何度も何度も話しかけてくれて、友達の輪に入れてくれた。

 高学年になって成長した私がからかわれたときに私のことをかばってくれたのは、いつだって彼だった。


「バカ言ってんじゃねーよ! 友達といて何が悪いんだよ!」

「結衣と俺が一緒にいて何か問題あんの? あるなら言ってみ?」


 私は彼の傍をウロチョロするだけの存在で、でもそんな私のことを彼はかばってくれて……。

 私が私になれたのは、彼のおかげだった。


 イツキ。

 彼はいつだって私のことを考えてくれて、いつだって私のためを思って行動してくれた。


 小さな頃から、今になっても。

 イツキは私のヒーローだった。











 イツキと離れて暮らすようになってから、イツキにプロポーズをされた今になっても、私は時々あの頃のことを夢に見ることがある。いじめられていた時のこと。脅されて犯されていた時のこと。自分を傷つけるためにどうでもいい男に抱かれていた時のこと。

 やっぱり病院の先生の言っていた通り、私のこの心の傷は「完治する」っていうのがとっても難しくて、たぶんこれからも一生付き合っていかなきゃいけないものなのかもしれない。


 ――そう思っていたんだけど。

 最近、私の見る夢にとある変化が起こるようになった。


 高校生の私が、いじめの主犯格の女子含めて数人の女子に呼び出されて、囲まれている。身に覚えのない暴言を吐かれて、体を押されて、地面に引き倒される。昔実際にあったいじめの光景で、私はそれを主観的な夢で見たり、客観的な視点からの夢で見たりする。

 以前まではこんな夢を見たら、私は昔のいじめられていた時の恐怖や不安なんていう感情を思い出して、夢の中でもうずくまって泣き出して、現実で目が覚めた後もその恐怖が心を包んで放してくれなくて……そこでもまた泣いてしまって。


 でも……最近は、そうじゃないんだ。イツキがボロボロに壊れた私のために、一生懸命頑張ってくれて、愛情をいっぱいいっぱい私にくれて……だからなんだと思う。


「お前らなにやってんだ! 結衣から離れろ!」


 女子に囲まれた私の耳に、聞きなれた声が届く。

 いつもは蕩けるほどに私に優しいその声音が、聞いたこともないような怒気を孕んで響き渡る。


「ふざけんなよお前ら! 絶対許さねぇからな!」


 そう叫んで女子を追い払ってくれたイツキは、自分が汚れるのも厭わずに膝をついて、地面に倒れ込んでいる私に寄り添ってくれる。


「大丈夫か? 結衣……来るのが遅れてごめんな」

「イツキ……」


 心配そうな表情と、さっきとは違ういつも私に向けてくれる優しい声音。

 私が通っていた高校の制服に身を包んだ、今より少しだけ幼い姿のイツキが私を抱き起してくれた。


 ……これが現実じゃないっていうことは、私が一番よくわかってる。実際にこの時の私にはなんにも助けなんてなくて。私は一人でこのいじめに向き合っていて……。

 でも、今は違うんだ。夢の中でも、イツキは私の心に現れて私を助けてくれる。


 私が犯される時の夢の中にだって助けに来てくれて、私が処女を奪われる前に追い払ってくれて、私を慰めてくれて、そのまま私を抱いてくれて……。

 もちろん夢の中の出来事だ。私の過去に何があったかっていうのは、どんな夢を見たって、どんな生活をこれから送ったって消せない事実として残り続ける。


 でも……例え夢の中の出来事であっても、私にとってはイツキが助けてくれたっていう事実には変わりがなくて。

 やっぱりイツキは私が弱ってる時にはいつだって助けてくれるんだって。怖い思いをしてる時も、不安な思いを抱いている時も、悲しい気持ちに包まれている時も、いつだってイツキが私を救ってくれるんだって。


 だから私は、夢から覚めて現実に戻ってきたとき、いの一番にイツキに伝えるんだ。

 イツキの腕の中で目が覚めて、イツキが優しく微笑んでくれる。そんな私にとって最高の幸せを感じるこの朝の時間に。


「イツキ……助けてくれてありがとね」

「ん? なんのことだ?」

「ふふ……ううん、なんでもないの。ただ、イツキに伝えたかっただけ」

「なんだそりゃ。怖い夢でも見たのか?」

「怖くないよ。だってイツキが助けてくれるから!」


 私の幼馴染。私の恋人。もうすぐ私の旦那様になる人。

 そして……私のヒーロー。


 イツキ……大好き、愛してるよ。











「ママー! 早くしないとパトレンジャーはじまっちゃうよ!」

「ママはやくー!」


 日曜日の朝に、愛しい私の子供たちがテレビの前でそわそわと待機する。

 今日は子供たちの好きな戦隊ものの放送日だ。


「はいはい。あんまりおっきな声出すとパパが起きてきちゃうから静かにね?」


 私の旦那様は、昨日高校の体育祭があって、その打ち上げで遅くまで飲みに付き合わされていたせいで二日酔いでダウン中だ。

 少し青くなった顔で頭を押さえて「ごめん結衣……昼まで寝てるわ……」とだけ私に告げてそのままベッドに潜り込んでいった。


 普段の頼りになるイツキも好きだけど、弱ってヘロヘロのイツキも可愛らしくて好きだ。ママ友とかは旦那の愚痴を言ったりすることがあるけど、私はイツキに不満なんて一度も持ったことがないから、旦那の愚痴をこぼすママ友の気持ちは残念ながら理解できない。

 そういう愚痴をこぼす人は、今のイツキみたいに旦那がダウンしてたら文句を言ったりするのだろうか? ……やっぱりちょっとよくわからないや。


「ねぇママ」

「なぁに?」


 テレビで流れる戦隊ものに夢中になっていた息子が、首をこちらに向けて問いかけてくる。


「こういうカッコいいヒーローってホントにいるのかな?」

「あー! 私も知りたーい!」


 純粋な瞳で尋ねてくる息子と、その息子に元気に乗っかる娘の可愛らしさに胸をキュンキュンさせながら、私は子供たちの問いに答えていく。


「うふふ……カッコいいヒーローならいるよ」


 さて、子供達にはどこから話そうかな。

 カッコイイ、私のヒーローの話を――――











完結したときにすごい勢いでフォローが剥がれたのが悔しくて書きました。天邪鬼なので。いやまあ、ホントは本編の中で書こうと思ってたけど入れる隙間のなかった話ではあるんですが。

次があるかはわかんないです。

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何万回の夜を過ごしても忘れないような、愛してるを君に送るから Yuki@召喚獣 @Yuki2453

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