死にたいと思ってしまったんだ、私

 大学に入学してから、私は私を変えようと思った。

 高校の時にいじめられて失敗した。今も失敗し続けている。


 高校を卒業するまでに、結局私は壊れた心を直しきることはできなかった。今でも睡眠薬に手を出したくなるし、目をつむればいじめの記憶や男たちに押さえつけられた記憶が脳裏に浮かぶし、どうしても自分を傷つけたくてセックスをしたくなる時もある。

 それでも私は、そんな私を変えたかったんだ。せめてまっとうな人間になって、いつかほんのわずかな可能性であっても、イツキと再会したときに胸を張って会えるような、そんな人間になりたかったんだ。


 高校の時の失敗は、私に親しい友達がいなかったからだ。

 いつも一人で教室にいて、男からの告白を断り続けて。


 あの空間に私の味方がいなかったから。だからいじめられたし、その後のことに繋がってしまったんだ。

 高校を卒業する頃、私はそんな考えを持つようになっていた。


 大学では失敗しない。友達を作って、味方を作って。

 好きでもない男に体を明け渡さずに。自分の意志で歩けるように。


 そうしたかった。そうしたかったんだよ……?

 ねぇ、イツキ……私、何がダメだったのかな……?


 どうして私って、失敗ばっかりなのかな……?

 どうしたらよかったのかな……?


 ねぇ、イツキ――











 大学に入って、最初のオリエンテーションで近くに座っていた女の子に話しかけた。

 橘沙織たちばなさおりっていう女の子で、金髪に染めた派手な髪と、それに見合った派手な化粧に、自分のスタイルを強調する露出度高めの私服。


 まさにギャルって感じの彼女が、私が大学で最初にできた友達だった。


 沙織は優しかった。見た目はギャルって感じだし、喋ってみてもギャルって感じなんだけど、相手を思いやる心があって、人の話はいつだって親身に聞いてくれた。

 高校で友達もいなくて、あんなことがあって人付き合いなんて欠片もわからなくなっていた私にも優しくて、よく遊びに連れて行ってくれた。


 そんな沙織が、私に向かって言ったのだ。


「ユイ! せっかくうちら花の女子大生なんだし、何かサークルはいろーよ! 女子大生活楽しもー! おー!」

「お、おー?」


 そうして二人でいくつかのサークルを見学して。

 その中から人当たりの良さそうな人が集まってたサークルに入った。


 入って、しまったのだ。


 人当たりがいいのなんて嘘。そんなの表面だけで、裏で何考えてたかなんてすぐにわかった。

 男性も女性も両方参加してたから、何とも思ってなかった。そういうのがあるって聞いたことはあったけど、まさか自分に降りかかってくるとは思ってなくて。


 サークルの新入生歓迎会で、私と沙織を含めた新入生は。

 こっそりと入れ替えられたお酒に酔わされ、判断力を鈍らされ、囲まれて、女子の先輩からも「気持ちいいだけだよー! みんなやってるって!」なんて押し込まれて。


 気付いた頃には、いわゆるヤリサーと呼ばれるこのサークルの餌食になっていた。











「ごめん、ごめんねユイ……! うちがサークル入ろうだなんて言ったばっかりに……!」


 サークルの新入生歓迎会から一夜明けた後。

 沙織は、泣きながら私に謝ってきた。沙織には、私が高校の時の話を少しだけしていた。


 だからだろうか。うちが悪いんだと。うちがサークルに入ろうなんて言わなければこんなことにはならなかったんだと。

 私にしがみついて、泣きながら謝ってきた。


 私はそんな沙織をただひたすらぼぅっと眺めていた。

 思考が何も定まらなくて、目の焦点が合わない。


 頭の中は、ただひたすらに後悔だけが渦巻いていた。


 やってしまった。私は何のために大学に来たのか。まっとうな人間になるために来たんじゃないのか。セックスするために来たわけじゃないだろう。

 酒に酔わされていた? 女子の先輩に押し切られた? 周りに人がいた?


 違う違う違うッ! 関係ない! そんなの全然関係ない!


 私は、逃げられなかったんじゃない。

 逃げなかったんだ。


 男たちに囲まれたとき、カーっと体が熱くなった。

 必死に遠ざけていた男の体と、セックスの雰囲気を感じて、私の体は抵抗できなくなった。


 ――罰なんだ。これは、私に課せられた罰なんだよ。


 体も心も汚い私みたいな人間が、まっとうになれるはずなんてなかったんだよ。ほら、だって現に一人、目の前で友達を泣かせちゃってるじゃないか。

 別に沙織はなんにも悪くないのに、沙織だって被害者なのに、涙をぽろぽろ流して縋りついてくるのに。


 私はそんな沙織を慰めてあげることができない。汚い私には、価値のない私にはそんなことをしてあげられる資格がない。

 大学に入って変わろうと思ったんだ。変われると思ったんだ。まっとうな人間になれると思ったんだ。


 そんな私の想いは、この一晩の出来事で粉々に砕け散ってしまった。











 私の状態は、高校の時の、被害にあった直後くらいに逆戻りだった。

 サークルで犯されて以来、また眠るのに睡眠薬が手放せなくなった。


 満足に眠れない日々が続いた。

 目をつむるとフラッシュバックが起こる。寝ようとすると夢の中に出てきて、私はまた叫び声をあげながら飛び起きる。


 罰だ。やっぱり私には罰が必要なんだ。

 汚れて壊れて価値のない私には、やっぱり罰が必要なんだ。


 サークルは辞めなかった。あんなことがあったら普通は辞めるのかもしれないけど、私にとっては都合のいい場所だったから、辞める理由が無かった。

 この汚いサークルの人間に汚してもらえば、それは私への罰になるから。


 そうやってサークルの人間に自分の体を差し出す。汚い手で触れられて、汚い体液に塗れて、また消えない汚れを身に沁み込ませて――そして、正気に戻る。


 やだぁ……汚い……! 私、汚いよぉ……! なんで、どうしてぇ……? なんで私だけがこんな思いしなきゃいけないのぉ……?


 睡眠薬を飲む。正気を失う。体を差し出す。正気に戻る。一人で泣く。また睡眠薬を飲む。正気を失う。体を差し出す。正気に戻る。一人で泣く。それの繰り返しだ。


 私、何のために生きてるの……? 希望なんてどこにもないのに、なんで生きることにしがみついてるの……?

 もう、やだぁ……もう――死にたいよぉ……。


 やだよぉ……助けてよイツキぃ……! どこにいるの……? 私はここにいるよ……?


 ……でも、死ねないよぉ。……こんな私のために、一緒に汚れてくれてる人がいるのに、私だけ死ぬなんてできないよぉ……。


 沙織は、サークルを辞めなかった。

 ずっと責任を感じてくれてて、私の傍に寄り添ってくれてた。


 サークルを辞めてない私の傍にいたら、沙織だってそういったことはされるに決まってる。しかも新入生歓迎会を経ても辞めてないから、そういったことに積極的だって思われてる。

 沙織は処女だったんだよ。痛いし怖かったに決まってる。私みたいに押さえつけられて無理やり奪われたわけじゃなくて、あくまで判断力を鈍らされてはたから見たら合意の上でのことのように見えてたかもしれないけど――それでも、そんなの沙織の本心じゃなかったはずで。


 それなのに、こんな私を見捨てずに、一緒にサークルに残ってくれてて。

 そんな沙織がいるのに、私一人でなんて死ぬことができなくて。


 私は泣きながら、薬とセックスを繰り返した。


 そんな日々が一年続いた。気付けば私たちは二年生になっていた。

 別に私はサークルの活動に熱心だったわけじゃないけど、人手が足りないからってサークルの新入生の勧誘に駆り出されて。


 ヤリサーのくせに堂々と新入生呼び込むなんておかしいよね、なんて沙織と言いながら。

 そこで、私は――会いたくて、会いたくて、会いたくなくて、一生会えないと思ってて、会う資格もなくなってて、でも、それでもずっとずっと頭から離れなくて、心のうちに留まり続けて、それで、それで―――――


「結衣……」


 ずっと、ずっと――いじめられたって、犯されたって、穢されたって、何をされたって変わらなかった、私の最愛の人。

 大学生になったイツキが、そこに立っていた。

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