それは地獄のような日々だった
※いじめに関する描写があります。注意してください。
高校生活は、はっきり言ってつまらなかった。
イツキと一緒に進学するはずだった高校に一人で進学して、空っぽの時間を過ごす毎日。
その時間は寂しくて、空虚で、虚しさに満ちていて……私は前向きになることもできなくて、日々暗い顔をしていたと思う。
そんなのだから新しい友達もできなくて、同じ中学から進学してきてた同級生とはクラスが別になっていて、私はクラスの端で一人スマホを弄っているような女子高生になってしまった。
その時の私の唯一の楽しみはイツキとのメッセージや電話だった。ほとんど毎日のようにイツキと連絡を取り合って、お互いの近況を話し合って……なんだか遠距離恋愛をしているみたいで、こんなことなら中学の時にイツキに告白しておけばよかったと後悔するくらいで。
でも今更イツキに告白なんてとてもできなくて、私はイツキとは仲のいい幼馴染として接していた。
そんな日々が続いていて、私は親しい友達もいなくてクラスでも一人でいることが多かったけど、中学の頃から度々あった嬉しくもない男子からの告白は高校に上がってからも時々発生した。
私の対応は例えイツキが傍にいなくても変わらない。知らない男子からの呼び出しには絶対に応じなかったし、手紙なんかもごみ箱に捨ててた。
なんで私のこと知りもしないのにそんなことしてくるんだろう。なんで私と仲良くもないのに告白して受け入れられると思ってるんだろう。
不思議で仕方なかった。本当に私が受け取りたいのはイツキからの気持ちだけで、他の男子からの気持ちなんて一つもいらないのに。そのイツキからの気持ちだけが、私には手に入れることができない。
普段クラスで一人でいるくせに、男子から人気がある。そのくせ男子からの告白を全て断っている。
そんな態度がよくなかったのだろうか。お高く留まってると思われたのだろうか。私はただ、イツキ以外の気持ちがいらなかっただけなのに。
――私は少しずつ、クラスの女子から嫌がらせをされるようになっていった。
最初は少し嫌味を言われる程度だった。
「少し可愛いからって調子に乗るなよ」
要約するとそんな感じのことを時々言われるくらいだった。
それから仲間外れにされるようになったり、面倒な当番を押し付けられるようになったり、物を隠されるようになったり……嫌がらせはどんどんエスカレートしていって、『いじめ』に発展するまで時間はかからなかった。
イツキがいた頃はこんなことされたことなかった。イツキがいつも私の傍にいてくれて、私を笑顔にさせてくれて……イツキが、私を守ってくれて。
イツキが傍にいなくなった今、私はどうしたらいいの? 誰が私のことを見てくれるの? 誰が私のことを愛してくれるの?
家族には、いじめのことは言えなかった。
相変わらず私のことをいないもののように扱うお母さん。自分の血の繋がった弟を優先するお父さん。何も知らない、両親に甘える年の離れた小学生の弟。
この家の中で、自分だけが異物だった。自分だけが家族じゃなかった。
家族じゃないのに、いじめのことなんて伝えてどうなるの? 何をしてくれるの? 私が日々憔悴していってることに欠片も気づかない人たちが、私がいじめられてるって話したところで聞いてくれると思ってるの?
自分の中でそんな思いが生まれると、家族なんてとても信用できなかった。いや、もともと信用なんてしてなかった。信用なんて向けられたことないんだから、当然だ。
イツキだけだ。イツキだけが、私に無償の愛情を注いでくれていた。
「学校くんなよブス。どうせ裏ではヤリまくってんでしょ?」
「きったねーな。男に媚び売りまくって、キモイんだけど」
「ホントありえないんだけど。なんでこんなのがクラスにいるのかな」
教師に見えないところで私に投げかけられる言葉はそんなものばっかりで、でも私は何も言い返せなくて。そんな気力もなくて。
ただひたすら、投げかけられる暴言や侮蔑の言葉を受け止め続けていた。
そんな日々で、精神がもつわけがない。明るく振舞うなんてことできるわけがない。イツキにこんなこと……知られるわけにはいかない……。
私がいじめられてるって知ったら、イツキは絶対に心配する。遠い場所にいるのに自分の生活を放り投げて……こっちに来てくれる。そんな気がする。
イツキにはイツキの生活がある。絶対にそんなことはさせられない。イツキに私がいじめられてることを知られるわけにはいかない。
イツキとのメッセージや電話のやり取りは、今の私の心の支えだ。私にはそれだけしかない。それが無くなってしまったら私は私がどうなってしまうかなんてわからない。
でも……毎日毎日イツキとやり取りしていたら、私はボロを出してしまう。イツキに泣いて縋り付いて、いじめを告白して、それで……イツキにいらない心配も悩みも与えて、苦しませる。
だから私は、イツキの連絡に徐々に返事ができなくなっていって。イツキからきた連絡を、ただただ眺めて、心の支えにして。時々気分のいいときにイツキに返事をして。
そうやって日々を耐えていた。
こんなんじゃいけないとも思っていた。
学校を休もうと考えたことは何度もある。学校に行くからいじめられるんだから、学校に行かなければいいって。でも、学校に行かなくなったら、私はどこに行けばいいの? 家に居場所なんてない。そんな都合よく、私のことを受け入れてくれる親戚の家なんて近くにない。
それに、私は悪くないのにどうして私が逃げなきゃいけないの? なんてちっぽけなプライドみたいなものもあって……。
痛い。怖い。悔しい。寂しい。なんで。どうして私が。
このままでは、心がどうにかなってしまう。私が私でなくなってしまう。
そうなったら、私はイツキの前に姿を現せない。ボロボロになってしまった私では、イツキの前になんて絶対に立てない。
私は、いじめられていることを教師に相談した。
担任にはしなかった。私がいじめられているのを気付いていないのか、気付いているのに知らないふりをしているのか、私にはわからなかったから。
だから、学年主任の先生に伝えた。
先生は私の話を真剣に聞いてくれた。「今まで辛かっただろう、悲しかっただろう」って私に寄り添ってくれて、すぐに動いてくれた。
私をいじめていた女子生徒たちを呼び出し、話を聞いて、公平な判断を下そうとして。私は「恐怖を感じるだろうから」ってその場にはいなかったから、どんな話を先生がしたのかはわからないけど。
すぐに、その女子生徒たちは停学処分になった。担任の教師も厳重に指導をされて、学年全体でいじめについて考える時間が設けられた。
私をいじめていた元凶が、こんなにもあっさりとクラスからいなくなったのだ。
翌日から私に対するいじめはなくなった。暴言を吐かれることも、嫌味を言われることもなくなった。筆箱や教科書を隠されたり、話しかけても無視されたり仲間外れにされることもなくなった。
意味もなくぶつかられたり、押し倒されたり、体育の球技の時間に執拗に狙われたり、呼び出されて囲まれたりすることもなくなった。
こんなに簡単なことだったんだ。こんなにすぐにいじめってなくなるものだったんだ。今まで苦しんで悩んでたことってなんだったんだろう。
いじめで傷ついた私の心はすぐにはよくならないけど……でも、いつかは元に戻るはず。いつかは、前みたいにちゃんとイツキとお話ができるはず。
そう思って、新たに一歩を踏み出そうとした私は、さらに深い地獄の底に突き落とされた。
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