二人で向き合うこと

 俺には詳しいことはわからないけど、結衣は心の病なんだと思う。依存症とか、そういった類の。

 病気なんだったら治療しなきゃダメだろう。放っておいたらダメだろう。


 そもそも結衣も言ってたけど、高校の時にカウンセリングを受けていたんだ。それで徐々に持ち直して、大学に入る頃には前向きになれそうなところまで回復してたんだ。

 それをサークルの人間がぶち壊したんだ。


 そう思うと怒りが湧いてくる。今すぐサークルの人間の所に行ってぶん殴りたくなってくる。裸で蹴り飛ばして追い出したくらいじゃ全然罰にもなってなかった。

 ……でも、それをするわけにはいかない。俺が怒りで我を忘れてそんなことをして、結果的に結衣と離れることになってしまったら結衣がどうなってしまうかわからない。


 だから、今はそんなことをせずに怒りをぐっと我慢するんだ。

 俺の怒りなんかより、結衣のことの方が大事なんだから。


「病院に行こう、結衣。どんな病院に行けばいいのかはわからないけど……それも二人で話し合おう?」

「……」

「結衣。大丈夫だから……な?」

「……病院に行って、心の病気だって言われちゃったら……イツキは私を見捨てるの……?」

「そんなわけないだろ。さっきも言ったけど、俺は世界で一番結衣のことが好きなんだ。絶対結衣のこと見捨てないって約束する」


 結衣は今俺を裏切ってしまって、いつ俺に捨てられるのかって怯えてしまっている。前後の会話の内容から俺が結衣を見捨てないって普通ならわかるはずなのに、それがわからないまでに心が弱ってしまっている。

 こんな状態の結衣が……まともに生きていけるとは思えない。俺に縋りついて、俺に捨てられる恐怖に震えて、それでも依存しなきゃ自分を保てないなんて……。


「結衣。二人で向き合うんだよ。俺と結衣、二人で結衣の心に向き合うんだ。病院に行くのはそのための第一歩なんだ。結衣の心が今どうなってるのかをちゃんと理解するために行くんだよ」

「……うん」

「だから結衣。俺と一緒に病院に行こう」


 俺がそう言うと結衣はようやく気持ちが落ち着いてきたのか、理性の戻った瞳で俺に頷いた。


「ありがとう、結衣。二人で一緒に頑張ろうな。結衣は一人じゃないからな。いつだって俺がついてるからな……」

「……うん。ありがとイツキ……ありがとぉ……」


 またぽろぽろと涙をこぼし始めてしまった結衣を優しく抱きしめる。

 それからしばらくの間、俺たちは二人で寄り添いながら無言の時間を過ごした。











 二人でインターネットで検索しながら、あれやこれやと言いつつ近くの精神科のある病院に予約を入れた。依存症のケアにも力を入れているみたいで、俺たちが無理せず行ける範囲にそんな病院があってよかったなって結衣と言い合った。

 結衣は複雑そうな表情をしていたけど、それでも俺が結衣に寄り添う決意が伝わったからなのか少しだけ笑顔を見せてくれた。


 それからその日は大学を休んで、一日結衣と時間を過ごした。

 俺がいるのがわかってれば大丈夫って言ってた結衣だったけど、やっぱり俺が視界からいなくなると不安が襲ってくるみたいで、片時も俺から離れたがらなかった。


 常に俺を視界に収め続けながら部屋の掃除やお昼ご飯を作ったり、捨ててしまった掛け布団を買いに外に出た時も俺の腕を絶対に離そうとしなかった。

 まるで離してしまったらその瞬間俺が結衣の傍からいなくなってしまうかのような振る舞いで、まさしく依存とか執着とか言っても過言じゃない様子だった。


 そんな結衣の様子に正直言って俺もどう接していいかよくわからなくて、結局結衣にされるがままにしていた。

 ……たぶん、こういうのもよくないんだろう。結衣の望むままに、結衣を甘やかしてしまっていた俺の振る舞いこそが、結衣の心を弱くさせてしまっていたのかもしれない。


 こんな振る舞いは結衣のためにならない。そう思うんだけど、今日だけはこのままでいさせて欲しい。

 俺の傍で必死に自分の心と戦っている結衣を、突き放すなんて俺にはできないんだ……。


 掛け布団も新しく買い直して、シーツも洗濯して乾かして、枕カバーも綺麗にした。これで今日はベッドで寝られるな。

 掛け布団を買い直すことになってしまったことを結衣は泣きながら俺に謝ってきた。


「私のせいで、こんな……ごめんね、イツキ……」

「ちょうど買い替えようと思ってたんだ。大丈夫だよ」

「ごめんね……ごめんねぇ……」

「大丈夫だからさ。気にするなっていうのは無理かもしれないけど、俺は結衣が悪いとは思ってないから」


 自分のアパートで夕飯も一緒に食べて、もう一度シャワーを浴びる。

 結衣は口には出さなかったけど俺と一緒に入りたがっていて、それでもそこは俺も一線を引いた。


 一緒に入った方が、この瞬間だけは結衣も安心するのかもしれない。でもそんなこと毎日続けられるわけもない。

 四六時中、常に片時も離れずに一緒にいるなんて無理なんだから。シャワーくらい一人で浴びれないと……。


 そう思って結衣に一人で入ってもらって。結衣がシャワーから出た後、目が真っ赤になって腫れぼったくなっている瞳を見た時に、一気に後悔が押し寄せてきた。

 結衣……シャワーを浴びながら泣いてたのか……。


 ごめん結衣……でも俺もどうしたらいいのかまだよくわからなくて……。

 結衣のためを思ってるのは本当なんだ。結衣を泣かせたいわけじゃないのも本当なんだ。


「イツキ……こんな私に触れるのは嫌かもしれないけど……汚いかもしれないけど……イツキに抱きしめて欲しいって思っちゃうの……ごめんね、イツキ……こんな私でごめんねぇ……」


 夜寝る前に、結衣がそう言いながらまた涙をこぼした。

 一日のうちに何度も涙を流す。何度も俺に謝るのに、絶対に俺から離れようとしない。


 歪だ。情緒不安定だ。結衣の心は今も悲鳴を上げ続けてるんだ。

 俺は結衣の支えになりたい。今はまだ、どうやったらいいのかよくわからないけど……今俺にできることをしよう。


「大丈夫だよ、結衣。大丈夫、結衣は汚くなんかないよ。ほら、ちゃんと抱きしめられるから。だから大丈夫だよ……」


 結衣が泣いている時にいつもそうするように、俺は結衣を抱きしめて背中を撫でる。耳元で大丈夫だよと繰り返しながら、結衣が落ち着くまでずっとその姿勢を維持する。

 それからベッドで二人寄り添いながら横になる。以前までだったらここから二人で愛し合っていたんだけど……流石に今の状況でそんなことをする気にはなれなかった。


 俺と結衣はそのまま二人抱き合いながら眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る