伝えられなかった想いを、今度こそ

 サークルの勧誘の場で結衣と再会してから、俺と結衣の交流が再び始まった。

 最初は気まずげだった俺と結衣の雰囲気も、何度も会って言葉を重ねていくうちに、だんだんと昔の雰囲気に近づいていった。


「もーイツキ! 次の講義遅れるよ!」

「ごめんって! すぐ行くからさ!」


 学部は違えど一般教養の講義はどの学部でも共通だ。俺と結衣は自分の単位とも相談しながら、なるべく一緒の講義になるように時間割を組んでいた。

 離れていた時間を少しずつ取り戻すように、俺と結衣は時間と言葉を重ねていった。


「イツキってお昼ご飯いっつも外食だよね。自炊とかしないの?」

「めんどくさくてさ……。それに学食安いし」

「そんなんだと体に悪いよ? 私がお弁当作ってあげようか?」

「え……! いいのか!?」


 なんて会話もして。


「でも流石に結衣の彼氏に悪いよ、それは」


 直後に高校の時に見たあの光景を思い出して、俺は咄嗟にそう口にした。

 俺と結衣は大学で再会してまた一緒に行動するようになったけど、それはあくまで幼馴染としてもう一度関係を作り直しただけだ。


 結衣と彼氏との仲を引き裂いたり、壊したりしたいわけじゃない。

 そう思っての言葉だったんだけど、結衣は俺の言葉に慌てて首を横に振った。


「彼氏!? いないいないそんなの! 私、誰とも付き合ったことないし!」

「……そうなのか?」


 じゃあ、高校の時に見たあれって何だったんだ? ただの男友達?

 彼氏がいなかったのなら、俺にメッセージの返信を返してくれなくなったのはなんで?


 そんな疑問が思わず口に出そうになったけど、流石にこんなことを聞くもんでもないよな、と思って口には出さなかった。


「そうだよ! だって私――」


 そこまで言ったところで、突然結衣が口を閉じる。一瞬苦虫を十匹くらい嚙み潰したような顔になった後、無理やり表情をそぎ落としたような無表情になった。


「――とにかく、誰とも付き合ったことなんてない。信じて」


 異様な雰囲気の結衣に、俺は黙って頷くことしかできなかった。











 それから結衣は時々俺が一人暮らしをしているアパートに来ては、ご飯を作ってくれるようになった。

 結衣が作ってくれたご飯を二人で食べて、大学の課題をやったり、ネットの動画を見たりして穏やかに過ごす。


 夜遅くなる前の時間帯に結衣は帰って行くけど、俺はその時間がたまらなく幸せに感じていた。


 やっぱり俺は、結衣が好きだ。

 この幸せをずっと俺の傍から離したくない。


 だったらどうする?

 簡単だ。中学の時伝えられなかった想いを、今度こそ結衣へ伝えればいい。


 もしかしたら断られるかもしれない。今こうしてよくしてくれてるのだって、幼馴染のよしみってだけの可能性だってある。

 でも、もう気持ちを伝えずに後悔なんてしたくない。


 しない後悔より、した後悔だ。


 だから俺は、結衣がご飯を作ってくれた日。

 帰ろうとする結衣を引き留めた。


「結衣、話がある」

「なぁに? 改まって話って」

「大事な話なんだ。聞いてくれるか?」

「……」


 結衣は返事をしなかったけど、黙って俺の言葉の続きを待っていた。

 俺は緊張でうるさいくらいにバクバク跳ねている心臓の鼓動をBGMに、結衣に気持ちを告げた。


「小さい頃からあなたのことが好きでした。どうか俺とお付き合いしてください」


 全て言葉にして、頭を下げる。俺の言葉に結衣がどんな表情をしているか見るのが怖くて、頭を上げられなかった。

 それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。数秒だっただろうか? 数分だっただろうか? 一時間は経ってないだろう。時間の感覚がおかしくなっていた。


 そんな俺の頭上から、すすり泣く声が聞こえてきた。ひっくひっくとしゃくりを上げ、小さな声で「うぅ……」と呻く。

 結衣の泣き声を聞いて、俺は下げていた頭をがばっと上げて慌てて結衣に謝った。


「ご、ごめん結衣! 泣くほど嫌だったか!? ごめん、ホントごめん! 俺の言葉なんてなかったことにしていいから!」


 慌てた俺の言葉に、結衣は顔をぶんぶんと横に振って更にぽろぽろと涙をこぼす。


「やだッ! ぜっだい、ぜっだいながっだごどにじないもん!!」


 そう言って俺に縋りつく結衣に、俺は衝動的に腕を回して抱きしめる。

 結衣は俺の胸に顔を押し付けると、言葉を続けた。


「わた、私も……! ずっとずっとイツキのことが好きでぇ……! でも、私、イツキのこと諦めなきゃって、汚いから、無理だって……ずっとそう思ってて!」

「でも、どう頑張ったってイツキのこと忘れられなくて……! 私、わたしぃ……!」


 中学最後の別れの時のように俺に縋りついて泣きじゃくる結衣を、俺はあの時と同じように結衣が落ち着くまで背中を撫で続けた。











 それから、俺と結衣の交際がスタートした。

 結衣は付き合い始めてからすぐ、俺の家に寝泊まりするようになった。何度か帰るように促しても、頑として譲らなかった。


 付き合いたての大学生の男女が同じ屋根の下で二人きり。そんな状況で何も起きないはずもなく。

 俺と結衣は付き合い始めてすぐ、体の関係を持つようになった。


 結衣は、初めてではなかった。

 俺と結衣が初めて繋がった日、痛がる素振りも何も見せない結衣に思わず「結衣は初めてじゃなかったのか?」なんて聞いてしまったのがいけなかった。


 言い訳をさせてもらうなら、結衣は誰とも付き合ったことが無いと言っていたから、俺はてっきりそういうこともしたことが無いんだと思っていた。俺が初めてなのに、結衣が初めてじゃなかったのをちょっとだけ残念に思ってしまったということもある。

 でも、俺は聞いたことを即座に後悔した。


「ごめん……! ごめんねぇ……! イツキに初めてあげられなくてぇ……!」


 突然結衣は泣き崩れて俺に縋りついてきた。


「い、いや! 俺の方こそごめん! 別に大丈夫だよ、初めてじゃなくたって!」


 俺は結衣の背中に腕を回しながら「大丈夫、大丈夫」と結衣の耳元で囁き続けた。

 それでだんだん結衣は落ちついていって、最後は俺の腕の中で寝息を立て始めた。


 大学で再会してから今まで、結衣は俺と離れている間のことを聞かれるのを嫌がった。言葉ではっきりと「嫌だ」と言われたわけじゃないけど、態度や仕草にそれが如実に現れていた。

 だから俺はそういった過去の話はなるべくしないようにしていた。


 たぶん、その頃結衣にとって人に聞かれたくない辛いことがあったんだと思う。いつかはそのことも結衣と共有して、二人で乗り越えていけたらいいと思うけど……。それは結衣が自発的に俺に話してくれるようになったらかな。

 今はまだ、結衣と一緒に二人で恋人としての関係を作っていくしかない。


 大丈夫。

 結衣はもうこの腕の中にいてくれている。


 後は俺が手放さないように、努力をしていくだけだ。











 俺と付き合い始めると、結衣は所属していたサークルをあっさりと辞めてきた。

 新入生の勧誘に出向くほどちゃんと活動していたのに、よかったのだろうか。


 そんな疑問を尋ねると、結衣は淡々と「もう必要無くなったから」と答えた。


「サークルって必要かどうかで入るもんなの?」

「うーん、どうだろ……でも少なくとも、私にはもう必要のない場所になったっていうのは事実だからさ。気にしなくてもいいよ」

「そっか。まあ、結衣がいいなら俺が気にすることでもないか」

「そうそう。そんなことよりさ……ね? イツキ……♡」


 初めて繋がったあの日から、結衣は毎晩のように俺を求めてきた。休日なんかは、土日の片方をデートに使って、もう片方で丸一日やったりなんていうのもザラだった。

 好きな女の子から求められて嬉しくない男なんていない。俺は結衣に求められたらどうにかして結衣を満足させたくて躍起になった。でも流石に一日中は勘弁してほしい……次の日腰が死ぬんです……。


「好き! 好きぃ! 愛してる! イツキ、愛してるの……!」

「ああ……俺も、好きだ結衣! 愛してる……!」


 行為中、結衣は事あるごとに俺に気持ちを伝えてくる。

 体を触れさせ合って、言葉で愛情を積み上げて。俺たち二人が離れていた時間を全部全部埋めるように、結衣は愛を伝えてきたし、それと同じくらい愛をねだってきた。


 だから俺も結衣に負けないくらい愛を伝えて、行為が終わった後は二人目を合わせて微笑みながら眠りにつくのだ。

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