俺はもう一度幼馴染の女の子を好きになる
高校生活は、はっきり言って全く面白くなかった。
全然知らない土地で、全然知らない人たちに囲まれて。
方言とかもよくわからなくて、クラスメイトとの会話について行けないこともしばしばあった。
俺も結衣と離れ離れになったことで落ち込んでいて、高校に入学してからはしばらくの間ずっと暗い表情をしていたと思う。
そんなんだから中々友達もできなくて、ますます学校が面白くなくなって。
教室の隅で一人本を読んでいるような、そんな高校生になってしまった。
その頃の俺の楽しみは結衣との電話やメッセージとのやり取りで、結衣はほぼ毎日のようにメッセージをくれて、毎週末になると長電話をかけてきて。
まるで遠距離恋愛中のカップルみたいなやり取りをしていて、それでまた思いを告げずに出てきたことに後悔が込み上げてきて。
けれども今更思いを告げるのも憚られて、俺は結衣からの連絡に仲のいい幼馴染として受け答えをした。
そんな生活が数か月続いた頃、何故だか結衣の元気がどんどんなくなっていっていた。メッセージの頻度が減っていって、電話をしていてもどこか上の空で、心ここにあらずといった感じで。
俺はそんな結衣が心配で逆に俺からのメッセージや電話の頻度を上げていたのだけれど、冬休み中くらいからだったと思う。
とうとう結衣からのメッセージや電話が無くなってしまった。
俺からの電話やメッセージにも対応してくれない。
電話はかかるし、メッセージも既読がつくから別にブロックされてるわけじゃない。それでも、結衣が連絡を返してくれることが無くて。
どうしたんだ、結衣? 俺のこと嫌いになったのか? 俺と連絡を取り合うのが嫌になったのか? なんで連絡を返してくれないんだ?
俺の中でそんな疑問がぐるぐるとめぐっては、弾けて消えて。結衣のところに行きたいと思ったけど、高校生が一人で気軽に行ける距離でもなくて。
そもそも彼氏でもない俺が一人で結衣に会いに行って、キモいとか思われたら立ち直れないし。
うじうじと悩みながらも、それでも俺は返信を期待してちょくちょく結衣にメッセージを送っていた。また前みたいに頻繁に連絡を取り合える仲になれるんじゃないかと淡い希望を抱いて。
けれども、相変わらず既読は付くも返信はなく。
そんな状態が数か月続いて、とうとう俺の心が折れてしまって。
俺は結衣に連絡を送らなくなってしまった。
それから高校生活は無難に過ごしていた。二年生に上がってクラス替えがあって、いい加減こっちでの生活にも慣れて友達と呼べる人もちらほらできて。
少しづつ高校生活に馴染んでいっていたと思う。
結衣のことはしばらく頭から離れなかった。たぶん、結衣が俺に連絡を返してくれないのは何か事情があったんだと思う。でも、やっぱり俺にはそれが悲しくて。受け入れがたくて。
結衣から逃げ出した、なんて自分で思ったりもして。
そうなってくると、俺の中でどうしても踏ん切りがつかなくて、俺は一度だけこっそりと元々住んでいた場所に一人で足を運んだ。
直接結衣にあって、どうして連絡を返してくれなくなったのか。それだけでも聞きたいと思って。それが聞ければ、区切りが付けられて、前を向けると思ったから。
だから足を運んだその先で、たまたま結衣が知らない男子と一緒に歩いている姿を遠目から見られたのは運がよかったんだと思う。
はは……なんだ、そういうことだったんじゃん……。
そりゃ彼氏ができたら、いくら幼馴染とはいえ男の俺と連絡なんて取り合えないよな……。
でも、それならそうと一言「彼氏ができた」って言ってくれればいいのに。そうしたら俺もしつこく連絡しなかったし、綺麗に諦められたのに。
俺は結衣にとって、彼氏ができたってことを報告することすらする必要のない人間だったってことか……?
結衣の姿を見て、そうやって勝手に傷ついて、俺は逃げるように結衣に声もかけずにその場を離れた。
それからは、俺はなるべく結衣のことを思い出さないようにしながらも残りの高校生活を普通の高校生らしく過ごしていった。
クラスの行事を楽しんで、修学旅行を楽しんで、受験勉強をして。
部活もバイトもしてなくて暇だった俺は、それなりに勉強に打ち込んでそれなりの国公立の大学の合格が決まった。
高校生になって住み始めた実家からは距離が離れていて、大学生になってからは一人暮らしを始めた。
大学は教育学部を選んだ。別に教育に対して何か特別な思いがあったわけじゃない。ただ、公務員で、目の前に実例がいて一番想像がしやすかったから。それだけだ。
大学のキャンパスはとても広くて、それぞれの学部ごとに校舎を持っていた。キャンパス内を移動するためのレンタル自転車なんかも置いてあるくらいで、同じ大学に通う大学生でも顔見知りの方が圧倒的に少ない。そんな大学だ。
そんな大学で、俺は高校生の時と同じように一年目を無難に過ごした。初日のオリエンテーションで声をかけた人と友達になり、一緒に遊んだり、ご飯を食べたり、試験の過去問を融通し合ったり。
普通の大学生っていうのがどんなものかはわからないけど、普通の大学生のように。
そうやって一年を過ごして、単位を落とさずに二年になって。
春、サークルが新入生を勧誘する時期になった。
校門の前にはずらっといろんなサークルの人間が並んでいて、俺はサークルに入っていなかったから関係はなかったんだけど、なんとなくぐるっと見回してどんなサークルがあるのか見ていたら。
艶のある、烏の濡れ羽色の長い黒髪。あの頃とは違ってピンクのインナーカラーが入っている。
少し切れ長の瞳に、桜色の可愛らしい唇。ナチュラルな涙袋のメイクに、首に巻かれた黒いチョーカー。短めのスカートに、オーバーサイズの肩の部分が空いた黒いパーカー。
少し見た目が変わってしまったけど、それでも一目見てわかる。見間違えるはずもない。幼馴染で好きだった女の子。
結衣がそこに立っていた。
「結衣……」
俺は思わず声に出していた。出さずにはいられなかった。
高校の時、結衣が知らない男子と歩いているところを見てから、なるべく思い出さないようにしていた。忘れようとしていた。
でも、忘れられなかった。小学校の頃から好きだった女の子のことを、そう簡単に忘れられるはずが無かったのだ。正直自分でもちょっと拗らせてると思う。
でもそう簡単には割り切れない。そういうもんだろ、人の気持ちって。
俺と結衣の間にはそれなりに距離があった。サークルの勧誘をしているから、大きな声を上げてる人もたくさんいて、俺の声が結衣に届くことはないはずだった。
そのはずだったのに。
「……イツキ?」
俺が呟いた瞬間、結衣が俺を見つける。
この人混みの中から、迷いなく俺の方を向く。
呆然としたような顔。ショックを受けているような顔。嬉しそうな顔。悲しそうな顔。
いろんな表情が一瞬で混ざり合って、結局全て抜け落ちて呆然としてしまった。そんな顔をしていた。
「結衣!」
俺は今度は、はっきりと結衣の名前を口にした。
結衣の名前を呼んで、何を言おうかなんて全く考えてはいなかった。ただそうしなければいけないと思ったから、名前を呼んだだけで。
結衣は俺が名前を呼んでも、その場から動かなかった。
だから俺から近づいた。
人混みをかき分けて、結衣の前に立つ。中学の頃は俺と結衣にそこまで大きな身長差はなかった。けど大学二年生になった今、俺と結衣は頭一つ分身長に差ができていて、俺は結衣を見下ろす形になっていた。
「あー……その、久しぶり」
「……うん。久しぶり」
久々にかわした言葉はとてもぎこちなくて。
俺も結衣も相手の顔を正面から見られなくて、お互いが顔を逸らしながら挨拶をするなんていう奇妙な状況になってしまった。
「えっと……元気にしてた?」
せっかくここで久々に会えたのに何も話題が浮かばなくて、俺はそんな無難な言葉を紡ぐしかできなかった。
天気の話題の次くらいに無難で、つまらない言葉。それなのに結衣は俺に話しかけられて、体をびくりと振るわせて、気まずげに言葉を返してきた。
「それなり……かな?」
「なんだそりゃ……」
「イツキはどう……?」
頭一つ分下から、上目遣いで俺の顔を伺ってくる結衣。多少の地雷系ファッションと、あざと可愛いメイクと仕草に、俺の心臓はどきりと大きく跳ねた。
久しぶりに間近で見た結衣はやっぱり可愛くて、俺が好きだった頃の結衣のままに見えて……。
「まぁ……俺もそれなり、ってところかな?」
「なにそれ」
そう言ってはにかんだ結衣を見て、俺はやっぱり結衣が好きなんだと思ってしまった。
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