神様、結衣が何したっていうんだよ
結衣が一番取り乱して錯乱してしまうのは、何度でも言うけど俺から離れることだ。少しでも俺が見えない所に行ったり、俺と離れる時間ができると不安や孤独に苛まれてぽろぽろと涙をこぼしてしまう。
そんな状態だから、週に一日俺と離れるっていう約束の日は結衣は泣き喚いて俺から離れようとしない。
「やだぁ……! わかってるよ……! わかってるけどやなのぉ……! イツキと離れたくないのぉ……!」
「結衣……結衣なら大丈夫だから。結衣ならできるはずだから。これは俺と一緒にいるためには必要なことだから……」
結衣を玄関まで連れ出したところで俺に縋りついて泣きじゃくる。そんな結衣を見て俺も心が痛む。
結衣……ごめんな……辛い思いさせてごめんな……でも、必要なことだからさ……俺と離れててもちゃんと生活できるようにならないと、結衣が本当に幸せにはなれないんだ……。
心を鬼にして結衣を引きずるように家を出る。そこまで行くと結衣も観念するのか、大人しく俺と一緒に歩き始める。
それから無言で結衣の契約しているアパートまで一緒に移動した。
「じゃあ結衣。また明日な」
「……うん」
結衣に軽くキスをして、結衣のアパートを後にする。後ろは振り向かなかった。振り向いたら俺の方が結衣に駆け寄って抱きしめて俺の部屋に連れ戻してしまいそうで。
結衣を泣かせてまでここに連れてきたのに、そんなことをしてしまったら何の意味もない。
自分の部屋に戻ると、体に力が入らなくて床に座り込んでしまう。
結衣は今頃一人でどんな気持ちでいるのだろうか。どんなことを考えてるのだろうか。
寂しがってないだろうか。孤独で辛くなってはないだろうか。不安で心がいっぱいになってしまっていないだろうか。
……いや、なっているはずだ。頭では俺と離れる時間が必要だって結衣だってわかってる。でも結衣の心がそれを受け入れられていないんだ。
結衣は今夜……眠れないだろうな。
膝を抱えて……泣きながら眠れない夜を過ごすのだろうか……。
結衣は大丈夫だろうか。一応橘さんには時々電話をしてあげて欲しいとは頼んだけど……自分の体をまた傷つけたくなったりしていないだろうか。
他の男に……いや、そんなこと考えるなんて……結衣を信用してないのか、俺は……?
俺と約束してくれたじゃないか。結衣を俺が信じないとダメじゃないか。
そんなことをうだうだと考えながら、俺も結衣のいない部屋で一人で夜を過ごす。この一年以上ずっと結衣と一緒に使っていた部屋に結衣がいない。その事実が、何故だか俺に重くのしかかる。
……この部屋、こんなに広かったっけな……。
そうして、いざ寝ようとした時に俺のスマホが鳴り響く。それは結衣専用に設定した着信音で。
――俺はこの電話に、出るべきなのだろうか?
普通は出るべきなんだろう。でも今の結衣は普通じゃない。
何か用事があって電話をかけてきてるわけじゃないんだ。ただ一人に耐えられなくてかけてきてるだけなんだ。
こうやって離れて過ごしている時に結衣と電話をしてしまうと、せっかく離れている意味がない。
でも本当に何か用事なのかもしれない。わからない。
俺には今の結衣がどうしてるか、何を考えてるかわからないんだ……。
そうやって俺が迷ってるうちに着信音が鳴り止んだ。
俺が出ないから諦めたのだろうか。わからない……けど。
俺はスマホを少し遠ざける位置に置いてベッドに入った。
結衣からの着信に出てしまったら、俺は何時間だって結衣の話を聞いてしまうだろう。結衣の話に付き合ってしまうだろう。
でも、それじゃあダメで……。
ごめん結衣……結衣のこと嫌いになったわけじゃないんだ……結衣のこと見捨ててるわけじゃないんだ……ごめんな結衣……。
それからも何度かスマホが震えることがあった。着信音を聞いたら自分の決意が崩れてしまいそうだったからマナーモードにしていた。
その度に俺は掛け布団を頭まで被ってやり過ごした。
俺は間違ってるのだろうか……電話にくらい出てやるべきなんだろうか……でもそれじゃあいつまで経ったって結衣の俺に対する依存はよくならない気がするんだ……。
そんな状態でまともに眠れるはずもなくて、結局俺はほとんど眠ることなく朝を迎えてしまった。
朝になると一晩離れていた結衣が戻ってくる。
結衣が戻ってくる前に顔洗って誤魔化しておくか……。
そう思ってベッドから立ち上がって、洗面台まで歩いて行く。
洗面台の鏡に映った男の顔は酷いことになっていた。
この間陸から指摘された目の下の隈。寝不足で充血した瞳。若干血色の悪い肌。
洗い流せるはずなんてないのに、そんな顔色の悪い自分を洗い流そうと顔を丁寧に洗う。歯を磨いて、寝巻から着替えて。
そうこうしているうちに部屋のドアが開けられて、中に人が入ってくる気配を感じた。
ドタドタと慌てたような様子で部屋に入ってくる。入ってきたのは――当然結衣で、結衣は着替えたばかりの俺を見つけると脇目もふらずに飛び込んできた。
「なんで電話に出てくれないの!? 何度も何度も電話したんだよ!? 私寂しかったんだよ! 怖かったんだよ! 電話に出てくれたっていいじゃん! イツキは私のこと嫌いなんだ! 見捨てるんだ! 私なんていらないんだ!」
「結衣……」
錯乱したように俺に叫ぶ結衣に、俺は二の句が継げなくなる。そんな俺の顔を見た結衣の瞳に一気に理性の光が戻ってきて、今度は嗚咽を漏らし始めた。
「ごめ、ごめんイツキ……! こんなこと言いたいんじゃなくて……! イツキが私を見捨てるわけないってわかってるの……! わかってるのにぃ……! ごめんなさいイツキぃ……。酷いこと言ってごめんなさいぃ……」
……なんでなんだろうな。なんで結衣がこんなに苦しまなきゃいけないんだろうな。
まだ治療は始まったばっかりだっていうのは理解している。依存症が簡単に治らないことだってわかってるんだ。
それでも、やっぱり……後どれくらいこんな日が続くんだろうって。一瞬でも思ってしまって。そんなことを一瞬でも思ってしまった自分を心の中で「辛いのはお前じゃないだろうが!」と叱責して。
結衣を抱きしめながら、俺は思ったんだ。
なぁ神様。結衣が一体何したっていうんだよ……。教えてくれよ……なぁ……?
そんな状態だからだろうか。
自分のことより結衣のことを優先しすぎたのだろうか。
俺より結衣の方が辛いはずなんだ。それは確かなはずなんだ。だから俺がいくら頑張ったってそれは結衣の苦しみには届かなくて――
「樹……? おい樹!? 大丈夫か!?」
俺は大学で結衣とは別の講義を受けている最中に、意識を失ってしまったのだ。
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