結衣と沙織
週に一日だけ。私はイツキと離れて自分のアパートに戻る。
イツキの部屋に自分の荷物を運びこんでいるせいで、物が少なくてがらんどうの自分の部屋。家具と多少の生活用品だけが置かれてる。
そんな部屋で、私は沙織と一緒の時間を過ごしていた。
「結衣~今日のご飯は~?」
「今日はシチューかなぁ」
「やった!」
自分の部屋に戻る前に買っておいた食材をキッチンに置いてから、いったん荷物を置きに部屋に入る。それから着替えて、改めてキッチンに戻った。
キッチンに戻ると夕飯の準備をする。お米を研いで炊飯器にセット。ジャガイモの皮、ニンジンの皮、玉ねぎの皮をむいてそれぞれ食べやすい大きさに切っていく。
お肉に火を軽く通して、玉ねぎを炒める。それからお鍋に水を入れて火をつける。
シチューの用意をしながら、他にもおかずを用意していく。
料理を作る時間は好きだった。自分の作った料理を食べて笑顔になってくれる人がいるのが好きだった。それがイツキだったから、私は料理を頑張ろうと思えた。
料理を作っている間は余計なことを考えなくて済むから好きだった。料理をおいしく作ることだけに集中すればよかったから。
できた料理を器によそって部屋で待つ沙織の元に運んでいく。
「はいお待たせ」
「相変わらず結衣は料理が上手だよねぇ。うちこんなにきれいに作れないわ……」
「そんなことないよ。沙織だってちゃんと料理作れるじゃん」
「そうかな? そうかも? えへへ……」
自分の分の料理も用意して、沙織と一緒に食べていく。
……うん。ちゃんと味がする。美味しいって感じられる。
そのことが私は嬉しかった。
当たり前のことなんだけど、その当たり前のことが当たり前じゃなかったから。
最初にイツキと一日離れた日は、部屋でうずくまってずっと泣いていた。頭では必要なことだってわかってるんだけど、心がイツキと離れたがらなくって、それで樹に縋りついて、それでもイツキが許してくれなくて……。
イツキも泣きそうになってて、イツキも辛いんだって、イツキに負担をかけてるんだって思うとそれでまた涙が溢れてきて。
なんとか自分の部屋に一人でいたけど、心が不安で不安でいっぱいで、そんな状態で眠れるわけもなくて、イツキに電話しても出てくれなくて。
もちろん何度も言うけど、頭ではわかってるんだ。必要なことだってわかってるんだよ。でもどうしても心が、体が言うことを聞いてくれなかったんだ。
それで次の日イツキに辛く当たったりもして、それがまた胸を締め付けちゃって……。悪循環だった。とてもじゃないけどどうにもならないと思ってしまった。
でも……イツキと離れる練習をする日。沙織が私の部屋に来てくれるようになった。
沙織はなんにも言わなかったけど、すぐにわかった。イツキに頼まれたんだって。イツキが私のために沙織に頼んだんだって。
イツキは……いつだって自分より私のことを考えてくれてる。そのことが本当に嬉しいんだ。
私は……イツキのために何がしてあげられるんだろう。今の私では何もしてあげられないかもしれない。でも、絶対絶対イツキには恩返しがしたいんだ。
私の人生を使ってイツキに何かをしてあげたいんだ。イツキは私の人生なんて使われても迷惑かもしれないけど……それでも、何かイツキのためになることをしてあげたい。
沙織にも感謝してる。
沙織が私のためにここまで自分の時間を使う必要なんてないのに。ここまで頑張ってくれる必要なんてないのに。
それでも沙織は文句も言わずに私の傍にいてくれてる。
本当に……感謝してもしきれない。
沙織がいなければ私は大学一年生の時、自ら命を絶っていたかもしれない。沙織がいなければ私は今、こうして穏やかな気持ちでイツキと離れる時間を作れていない。
「沙織……ありがとう」
「へ? 急に何?」
ご飯の後片付けをした後に、部屋でくつろいでいた沙織にお礼を言う。
いきなりの私の言葉に沙織はちょっと抜けた声で返答した。
「こうやって私の傍にいてくれて。沙織がいなかったら私……イツキから離れるなんて不安で不安でどうにかなっちゃってたかもしれないし……」
「まあ好きな人から離れるのは嫌だよねー。わかるわかる」
「……うん……。だから、沙織には本当に感謝してる。何かしてほしいことがあったら何でも言ってね。私にできることならなんだってするから……」
「君らカップルで似たようなこと言ってくるな……じゃあうちの話聞いてよね!」
そう言うと沙織は私を引っ張ってベッドに座らせる。それから私の横に座ると、スマホを操作しながらいろいろな写真を私に見せてきた。
「これはねー……陸と一緒に水族館行った時の写真。陸、サメ見て子供みたいにはしゃいでてさぁ。これが成人した男子大学生の姿か? って思っちゃったよね」
「それでこれがSNSで話題になってたカフェに行った時の写真。せっかくだからってカップル用のパフェ頼んだらバカでかくてさ。二人してお腹冷えてその後トイレ籠ってたのマジで笑えるよね」
「これは陸と一緒にスポーツゲームしてた時の写真。陸って高校まで運動部だったらしくて、めっちゃ運動できるんだよね。運動してる時の陸ってなんか真剣な顔してて『はー……カッコイイ……』って不覚にも思っちゃった」
次々と写真をスワイプしながら、沙織はイツキの友達の相上君との思い出を私に話してくれた。
イツキが沙織と相上君に私たちのサポートをお願いした縁から、なんと二人はお付き合いを始めたらしかった。
沙織もやっぱり大学一年のことがあって時々落ち込んだりしてたから、こうやって相上君と幸せそうに過ごしている写真を見せてくれるのは本当に嬉しかった。
ギャルって感じの沙織と、ちゃらちゃらした見た目の相上君は見た目からしてお似合いで、それで二人とも人のために行動できる人で……お付き合いもとっても順調らしかった。
「陸って見た目なんかチャラそうだけど、中身は全然そんなことなくてさー。もう、めっちゃ大切にしてくれるの。こまめに連絡くれるし、うちの話も遮らずにちゃんと全部聞いてくれるし」
ニコニコと相上君とのことを喋る沙織は本当に嬉しそうで。
「一年の時の話しても『別に沙織が悪いわけじゃないし、大事なのは今じゃん。俺は今の沙織が好きなんだから関係ないよ』って……泣いちゃったよね、うちも」
「相上君、いい人でよかったね」
「うん。流石結衣の彼氏君の友達だね。『めっちゃ良い奴がいる』って言われたときはどうしようかと思ったけど……確かにめっちゃ良い奴だった』
「本当によかったね、沙織……相上君に大事にしてもらえてよかったねぇ……」
幸せそうな沙織の話を聞いて、私はいつの間にか涙を流していた。
悲しいんじゃない。嬉しいんだ。沙織が幸せそうで、本当に嬉しいんだ。だからこれは本当に嬉しいときの涙で……。
「もー……よしよし。泣かないの」
「よかったね……本当によかったね……」
「結衣は泣き虫だなぁ……もー……」
そうして、私と沙織の二人だけの夜が過ぎていったのだ。
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