未来に向かって

 俺と結衣は陸と橘さん、それからそれ以外の人たちの助けも借りながら少しずつ前に進んでいた。

 結衣は少しずつだけど、俺がいなくても大丈夫な時間を増やせていっている。


 夏は二人で海の見えるカフェでのんびりと過ごした。


「えへへ……ここのケーキ、美味しいね」

「そうだな。何個でも食べれそうだ」


 秋は、なけなしの貯金をはたいて温泉旅行に行った。


「わぁ……! お部屋にちゃんとしたお風呂がついてる! ねぇ、後で一緒に入ろ……? ダメ……?」

「ダメ。一人ずつ」

「ぶぅー……仕方ないかぁ……」


 クリスマスは、今度こそ結衣の言うとおりに特別なことは何もせずに部屋でまったりと過ごした。


「イツキ……去年指輪貰った時、本当に嬉しかったんだ、私」

「ずっと着けててくれてて俺も嬉しいよ」

「うん……一生外さないから!」

「いやそれは困る」

「え……なんで……?」

「だってそれ着けたままじゃ結婚指輪できないじゃん。それは困るよ、俺が」

「……! い、イツキぃ……!」


 顔を真っ赤にした結衣を抱きしめてわしゃわしゃと撫でまわしたり。

 年末年始は陸と相上さんと一緒に四人で過ごした。


「明けましておめでとー!」

「年明けちゃったな」

「イツキ……今年もよろしくね?」

「結衣……こちらこそよろしくな」

「あー! ダメダメ! 四人でいるのに二人の世界を作らないで!」

「沙織、俺達も二人の世界作れば解決じゃね?」

「陸は何言ってんの? バカなの?」


 もちろん、全部が全部順調にいったわけじゃない。

 結衣がフラッシュバックで飛び起きる日もあった。体調が悪くなると心も弱くなって、俺から離れたがらない日もあった。


 病院に通院するのだって自分から向かう日もあれば、嫌がって中々行こうとしない日もあった。

 週に二日も三日も離れる日を作ったら、全部が全部橘さんと一緒に過ごせるわけじゃない。そうなるとやっぱり結衣の心が不安定になって、戻ってきたときに俺に罵声を浴びせることもあった。


 でも、そういったことも二人で落ち着いて話し合って、俺は気にしてないって結衣に伝えて、結衣も自分の心をコントロールしようと努力して、少しずつ前に進んできた。

 俺も陸に言われてから反省して、しっかり自分の体調は管理している。どうしても寝るのは結衣に合わせることになる日が多いし、結衣がフラッシュバックで飛び起きた後は基本的に俺は結衣が寝付いてしばらくするまでは寝られない。


 結衣がすぐに寝てくれたらいいけど、やっぱり怖い夢を見た後は寝るのは怖いんだ。そういった時の結衣はなかなか寝付いてくれなくて、そうなると俺の睡眠時間なんかはほぼ無くなると言っても過言じゃない。

 だから、そういった日は陸とか橘さんとかにも協力してもらって結衣と離れる時間を作ってもらって、その間に俺は仮眠をしたりして睡眠時間を確保したり。


 そうやってなんとかかんとか過ごしていって、俺たちは大学四年生になっていた。

 大学四年生からは就活なんかで忙しくなったりするかもしれないけど、幸い俺は教育学部で就活とは無縁だったから時間の確保は簡単だった。


 ただ、流石に結衣の状態で就活は難しくて……卒業後の進路についてはどうするかっていうのがなかなか決まらなかった。


「結衣。大学卒業したらどうしたい?」

「本当は就職した方がいいんだろうけど……流石に今の状態でちゃんと会社で働けるって思うほど私も私のことわかってないわけじゃないよ……」

「そうか……」


 大学四年生っていうのはほとんど単位を取り終えてる人が多くて、基本的には卒論以外はやることが無い。要するに暇なのだ。

 本当はその暇な時間を就活なりなんなりに使うんだろうけど……。


 俺は二日ほど結衣が自分のアパートに帰っている間に、去年の実習以来帰っていなかった実家に一人で足を運んだ。

 結衣が就職しないとなると、卒業したら実家に帰ることになる。アパートはいつまでだって借りられないし、お金もない。


 でも……結衣は実家に帰りたがらない。あの街に帰りたがらない。結衣から実家に帰りたいとか、あの街に帰りたいとかっていう話は一度だって聞いたことが無い。帰りたくないって話なら何度も聞いたことあるけど。それに俺も帰らない方がいいと思っている。その考えは去年から変わってない。

 そうなると結衣は……どこにも行くところが無くなってしまう。


 だから俺は俺の親に頭を下げに来た。頭を下げて、結衣を受け入れて欲しいってお願いしに来たのだ。

 結衣のためなら俺の頭なんていくらだって下げるし、土下座だってしてもいい。大事なのは俺の見栄とかプライドなんかじゃなくて、結衣の心なんだから。


 他人を家に住まわせるなんて普通は嫌だろう。息子の恋人だからって他人なことに変わりはない。いくら幼い頃の結衣を知ってるといっても、もう何年も昔の話だ。

 それでも……俺は、これが結衣のためになると思ってるんだ。


 そんな決意をもって俺は俺の両親に頭を下げた。結衣の現状を少しだけ話して、結衣を実家に受け入れてもらえないかと頼み込んだ。

 俺の両親は少しだけ困惑した後


「結衣ちゃんと一生一緒にいる覚悟があるのね?」

「もちろん」

「それなら結衣ちゃんはもううちの娘も同然だわ。娘がうちに住むのに何の不都合があるのかしら。ねぇ、お父さん?」

「そうだな。うちは大丈夫だから、結衣さんに話をしてあげなさい」


 そう言って快諾してくれた。

 ああ……俺、この人たちの息子でよかった。


「ありがとう母さん、父さん」

「たまの息子のわがままくらい聞いてあげないとダメだろう」

「私、本当は娘も欲しかったのよね。なんなら卒業と言わずに早めに連れてきてくれてもいいのよ?」


 それから俺は自分のアパートに戻ると、帰ってきた結衣にこの話をした。


「結衣。卒業したら……いや、早ければ在学中からでも、俺の実家に住まないか?」

「え……? イツキの実家に……?」

「俺の実家で結衣がちゃんと社会に出られるようになるまで過ごしてほしいんだ」


 俺がそう言うと、結衣は一瞬嬉しそうな顔をした後、悲しそうな顔になって首を横に振った。


「そんな……イツキのおうちの人に負担なんてかけられないよ……」

「大丈夫だ。うちの親は了承してくれた。母さんなんかは早く連れてこいなんて言ってるよ」

「でも……」

「頼むよ結衣。俺のわがままを聞いてくれ……!」

「うん……ちゃんと考えてみるね」

「ありがとう、結衣!」

「お礼を言うのはこっちだよぉ……」


 最後には少し笑顔になりながら俺の話を聞いてくれた。

 勉強と、治療と、結衣との生活と。


 俺たち二人で未来を一緒に歩んでいくんだ、絶対に。











【第三章 イツキと結衣】 終了。

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