第10話 舞姫~エリス~

わたしは真上に向けてピートガンの引き金を引いた。

威嚇のつもりで空高く撃ち上げた。


ぴっずぅううぅん!! 


という奇妙な音がした。

そこから激しい光と同時に何らかのエネルギーが上空に放たれた。

アニメで見たことのある戦闘ロボットが放つビームのようだった。

あまりに予想以上のものが放たれて、わたしは土道に尻もちをついた。

エリスも放心した顔をしている。


「何、今の?」


思わず倒置法で疑問を口にする。

わたしはピートガンを見つめる。

こんな激しいものは予想していなかった。

これはペットボトルのキャップを飛ばす程度のおもちゃの銃だったはず。

今、発射されたのは昨日エリスの家でもらったペットボトルのキャップ。

天然水のラベルがついたもの。

たかだかプラスチックのキャップが飛んでいくだけだと思っていた。

人に当たっても骨折すらしない代物だったはず。

それがこんな威力の兵器になっている。

高出力のエネルギーが飛び出した。

宙に向かって放ったから良かったものの、あんなものが人に命中したら死んでしまいそうだ。


「今の威力は、ピートガンの通常出力です」


わたしの疑問にギンノイトが答えてくれた。

ギンノイトは今の銃撃もきちんと認識していたようだ。

未来のバーチャルアシスタントは高性能だなぁ。

映像認識までついているのか。

いや、そんなことはどうでも良い。


「わたしの想像だとピートガンはこんな超強力兵器じゃないわよ?」


そもそもバネを利用したおもちゃの銃だったはず。

こんな威力になるはずがない。

どんな原理でこんな高出力になるのか。

前世でこんなものを作っていたら武器等製造法違反で検挙されかねない。

というか明らかに魔法的なものが飛んでいったぞ?

そんな疑問で頭がいっぱいのわたしに、ギンノイトは丁寧に答えてくれた。


「この世界では前世にちなんだ特技や経験が戦うための魔法として強化されます。

 例えばエリスは前世の特技であったダンスが、魔法としての力を持ったのです」


「わたしの場合、このピートガンがこの世界での強化対象ってことね」

「そういうことです」


最初にギンノイトに魔法が使えるかどうか聞いた時は「四季咲サイリは魔法を直接使えません」って言われた。

しかし、わたしは魔法が直接使えなくても、魔法の銃を使えるってことなのね。

間接的に魔法を使っているようなものだ。


気付いたらシャンタク鳥の鳴き声は消えていた。

ピートガンが命中したわけではないだろう。

あの閃光を見て逃げ出したのかもしれない。


「その銃、すごいですね」


放心していたエリスが我に帰ったようだ。


「ええ。わたしもびっくりよ」


びっくりではあったけれど。

この世界で生き残るために戦う力があるというのは安心要素だ。

このピートガンが頼もしく思える。

クトゥルフ神話の怪物たちが跳梁跋扈する世界だ。

戦える武器があって本当に良かった。


「これならサイリさんは一人で外を歩いても大丈夫そうですね」


そういえば、エリスはわたしのボディガードとしてついてきてもらったんだった。


「大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ。あたしよりよっぽど強力な武器なんですから」


先にこちらの世界を生きわたっているエリスの言葉は心強い。


「でも一人は寂しいから、病院はついてきてね」

「それはもちろんですよ。

 一人で外を歩けるとはいえ、せっかく友達になったんですから。

 たくさん一緒にいましょう」


友達か。

わたしはこんな美少女と友達になれたのか。

その事実だけで嬉しくなってしまう。


「ありがとね」

「どういたしまして」


シャンタク鳥を追い払った後、わたしはエリスと手を繋いで病院に向かうことにした。

どこからどう見ても仲良し。


「あとどのくらい歩くの?」

「あと三十分くらいです」


距離なら二キロくらいかな。

散歩としては丁度良い気がする。

往復だと思うとちょっと長いかな。


「けっこう遠いのね」

「その分おしゃべりできますから」


おおぅ! 

可愛いことを言うじゃないか。


「そうね。散歩を楽しみましょう」


美少女と良い天気の下、手を繋ぎながら散歩できるなんて幸せ以外の何ものでもない。


「そういえば、あの怪物って詳細が分かるんですね」

「ああ。シャンタク鳥ね」


クトゥルフ神話に出てくる怪鳥。


「もしかして他のやつも分かりますか?」

「そういえば、分かるかもしれないわね。

 エリスはシャンタク鳥以外のやつも見たことがあるんだっけ?」


わたしが見たことあるのはあのいびつな鳥だけだ。


「はい、いくつか見たことがありますね。

 馬みたいなやつとか豚みたいなやつとか」

「それも怪物なんだ?」

「そうです。あたしたちを襲ってきます」

「怖いわね」

「一番怖いのは、いろんな動物をくっつけた感じのやつですね。

 あたしも話にしか聞いたことはないですが、タコに似た六眼の頭部、顎髭のように触腕を無数に生やし、巨大な鉤爪のある手足、水かきを備えた二足歩行の姿、ぬらぬらした鱗かゴム状の瘤に覆われた緑色の身体、背にはドラゴンのようなコウモリに似た細い翼を持った姿をしているそうです」


昨日も聞いた怪物の特徴。

あのときはぴんとこなかったけれど、今なら分かる。

その特徴に心当たりがある。

わたしの左手はエリスの手を握っている。

空いた右手でスマホを取り出す。


「ねぇ、ギンノイト。クトゥルフ神について教えて」


ギンノイトはつらつらと説明してくれる。


「クトゥルフとはクトゥルフ神話などに登場する架空の神性、あるいは宇宙生物です。

 多くの小説に登場しますが、初出は一九二六年のラヴクラフトの小説『クトゥルフの呼び声』です。

海底に沈んだ都市ルルイエに封印されているとされ、クトゥルフ自身が物語上で活躍することはありません。

しかし目覚めかけたときに漏れる夢がテレパシーとして、また彼の信奉者が人間に危害を加えることはあります」

「なんか怖いやつなんですね」


エリスが感想を口にする。


「外見の特徴は?」


わたしが続けて質問する。


「タコやイカに似た六眼の頭部、顎髭のように触腕を無数に生やし、巨大な鉤爪のある手足、水かきを備えた二足歩行の姿、ぬらぬらした鱗かゴム状の瘤に覆われた数百メートルもある山のように大きな緑色の身体、背にはドラゴンのようなコウモリに似た細い翼を持った姿をしているとされています」


「あたしの聞いたことある特徴と同じですね!」


エリスが驚いていた。

完全一致。

今まで怪物としか認識していなかったが、名前と特徴はギンノイトが知っていた。


「どうやらクトゥルフ神にまで命を狙われているのね」

「でも、名前や特徴が知れて良かったです。

 今まで何も知らなかったので。

 ギンノイトに訊けば良かったんですね」

「今までその発想はなかったのね」

「ええ。

 この子には生活のことばかり訊いていましたから。

 意外と何を訊いても応えてくれるんですね」


AIに慣れていないとそんなものかも。

バーチャルアシスタントは賢い。

訊けば大抵のことは応えてくれる。

前世で機械に触れてこなかったら、便利な活用法を知らなくても無理はない。


「ギンノイトは物知りだからね。

 気になったことはどんどん訊いてみた方が良いと思うわ」

「そうですね」


恐怖は無知からくる。

正体の分からない幽霊も枯れ尾花だと分かると怖くない。

恐怖の対象も解像度があがると、不安が和らぐ。

エリスはほっとした顔を見せる。

クトゥルフという名前が分かっただけでも、安心できる要素にはなる。

しかし、わたしは頭を抱えそうになる。

相手はクトゥルフ神だったのか。

これは怖いぞ。

ゲームだったらラスボス級。

人間にどうこうできる相手じゃない。

クトゥルフの神々はたいてい人間にどうこうできる相手じゃないけれど、その中でも最上級の神だ。


「なんでこんな人里をほっつき歩いているのかしら?」


かつて地球を支配していた神だろうが。

大人しく海底都市ルルイエに沈んでいてほしい。

死せるクトゥルフ、ルルイエの館にて、夢見るままに待ちいたり。




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