第16話 リア王~コーデリア~
車を持っていた人物はリア王の三女コーデリアだった。
ああ、コーデリアという名前を聞いた時に思い出しておきたかった。
シェイクスピアの『リア王』だ。
一六〇六年に劇として公開された話。
四大悲劇として有名な話だ。
「私のことを知っているのね」
無表情がベースのコーデリアの顔にわずかな驚きが見えた。
「ええ。
あなたのことは本で読んだことがあるわ」
以下、リア王のあらすじ。
紀元前のイギリスが舞台。
ブリテンの王リアは年老いたので王位を退くことを決意する。
そこで三人の娘に領地を分け与えることにした。
姉二人はリア王を褒めたたえより多くの領地や遺産を相続しようとした。
しかし三女のコーデリアは大げさな物言いをせず、二人の姉を批判し、無情な真実を語ったためにリア王の反感を買ってしまう。
コーデリアは国を追放されるが、その場に居合わせたフランス王に気に入られ、嫁ぐことになる。
そしてブリテンは二人の姉によって統治されることとなった。
この二人の姉は耄碌したリア王のことを嫌っていた。
リア王は二人の姉の策略によりブリテンを追放されてしまう。
リア王は命からがらブリテンを逃げ出した。
そこでフランス王妃となったコーデリアと和解し、フランスとブリテンで戦争をすることになってしまう。
戦争の結果、コーデリアはブリテン軍に捕らえられ処刑。
リア王も悲しみに狂い憤死。
世界的に有名な悲劇である。
以上、あらすじ終わり。
「私の前世での行いが有名になっているのね」
シェイクスピアの代表作だ。
後世にも大々的に語り継がれている。
「ええ、誰もがあなたに同情し共感し、その悲劇に心を痛めたわ」
そういえばさっきコーデリアは「人は産まれると、この阿呆の大いなる舞台に出たと知って悲しくて泣く」と言っていた。
これはリア王の劇中の言葉だ。
非常に有名な台詞。
ああ、聞いた瞬間に思い出したかった。
「サイリが説明した通り私の前世は禄でもない死に様で幕を閉じたわ。
だから、生まれ変わったこの世界でも幸せを期待するのはやめようと思うの。
流されるまま自然に生きて自然に死ぬのを待ちたいのよ」
最初にコーデリアを見たときは、こんな暗い顔をして人生に絶望している人とは仲良くなれないと思っていたけれど、前世のバックボーンを知ってしまうと話が変わってくる。
「よし、分かった!」
わたしはひらめいて手を叩いた。
「なんでしょう?」
コーデリアは不審がっていた。
「コーデリアもわたし達と一緒に旅をしましょう」
「え?」「え?」
コーデリアとついでにエリスも疑問符を浮かべる。
「本来なら沈んだ性格の人間と関わろうとはしないのだけれど、ここで出会ったのも何かの運命よ。
その暗い人生観をひっくり返してあげるわ」
「運命?」
「ええ。
つれない運命のしかめっ面をにらみ返すのよ。
幸福に生きるとはどういうことか、わたしなら教えてあげられるわ」
リア王のセリフを引用してみた。
「あなたにそんなことができるの?」
「もちろんよ」
「あなたは何者なの?」
「分からないわ。
前世の記憶が無いもの」
「ええ!?」
コーデリアは驚いた声をあげる。
「ただ、わたしの脳には使える知識が詰まっているの。
コーデリア、あなたを幸せにするくらいは簡単よ」
自分のことは分からないけれど。
読んできた本の蓄えはある。
「簡単なの?」
「ええ。一緒に旅をしましょう。
そうすれば分かるわ」
わたしは自信満々でコーデリアを誘う。
内心、不安ではある。
コーデリアを幸せにする算段なんて付いていない。
成功する見込みなんてない。
でも。
わたしは余裕の表情を崩さない。
「私はあなたのことを何も知らないわ。
今日あったばかりのあなたの言葉なんて信じないわよ」
それはそう。
「なら、賭けをしましょう」
「賭け?」
「ええ。
コーデリアが勝ったら、わたしたちは大人しく車だけもらって帰るわ。
ただし、わたしが勝ったらコーデリア。
あなたにもついてきてもらうわ」
どちらが勝っても負けても、だれかが大損するような話ではない。
「それは良いけど、どういう賭けなの?」
「さっきコーデリアはクイズを出したわね」
「クイズ?」
「ええ。
『なぜ人は、産まれて空気を嗅いだ途端に人は喚き泣くのか』
っていうやつ」
「そうだったわね」
わたしの答えは「産まれてきたことを周りの人間にアピールするため」。
コーデリアの用意した答えは「人は産まれるとこの阿呆の大いなる舞台に出たと知って悲しくて」。
「だったらわたしからもクイズを出すわ。
さっきはわたしが間違えたから、0対0ということにしましょ。
わたしのクイズにコーデリアが答えられたら0対1でコーデリアの勝ち。
コーデリアが間違えたら、0対0で延長戦ね」
コーデリアはしばらく考えていた。
しかし、お互いクイズを出し合うというだけだ。
そんなに難しい話ではない。
「…………分かったわ」
よし。
了承してくれた。
「じゃあ、わたしから問題を出すわね」
「どうぞ」
『ある男が一人も殺していないのに、十二人分も死体ができた。
いったいなぜか?』
わたしはコーデリアに出題した。
「それは不思議なことね」
コーデリアは第一感を口にした。
「制限時間は一時間で良いかしら?」
わたしは確認をする。
「良いわよ。
でもヒントはもらえるのかしら?」
確かにノーヒントはつらいか。
「質問してくれたらイエスorノーで答えてあげるわ。
ただし十回ね」
「分かったわ」
難度はこのくらいが妥当でしょう。
わたしの知識として、この手のクイズはよくあると思う。
ただコーデリアにクイズ経験があるとは思えない。
「さぁ、質問をどうぞ」
「そうね。じゃあ、一回目の質問よ。
十二人分も死体はみんな同じ殺され方をした?」
「イエス」
「二回目の質問よ。
死んだ原因は剣とかで切られたから?」
「ノー」
「三回目の質問。
死んだ原因は殴られたから?」
「ノー」
そうね。
そこが聞きたくなる気持ちは分かる。
まずは死因を特定したいよね。
でも、死因を一つ一つ確認していったら、十の質問なんてすぐ切らしちゃうよ。
「四回目の質問。
男は十二人も人を殺そうとした?」
「ノー」
質問を切り替えたわね。
賢い。
けど、そこから絞るのは大変そう。
「そもそも十二人が死んだのは、男は関係があるの?」
「イエス」
ちゃんと関係はある。
直接殺していないだけで、男は十二人の殺害に関与している。
そうでないと問題にならない。
「男と十二人以外に人は出てくる?」
「イエス」
「その人が十二人を殺したの?」
「ノー」
「十二人を殺したのは誰?」
「イエスorノーで答えられないヒントはあげられないな」
コーデリアは難しい顔をしている。
真剣に考えているようだ。
今の質問で七回目。
残りの質問は三回。
「八回目の質問よ。
人間以外の動物が出てくる?」
「イエス」
おっ。
鋭い質問が出てきた。
その質問がもう少し早かったら正解までたどり着けたかもしれない。
でも、あと二回の質問では苦しい。
「その動物によって十二人は死んだ?」
「イエス」
「男は動物を操って十二人を殺した?」
「ノー」
「えっと…………」
「ヒントは終わりよ。
さぁ、答えは導き出せたかしら?」
十回の質問は終わり。
コーデリアは苦い顔をしていた。
ここまで出たヒントでは正解に届きそうもない。
「答えは…………」
「答えは?」
「男は狼の尻尾を踏んだ。
狼は痛くて暴れ出した。
その結果、近くに居た十二人が死んだ」
おっ!
結構筋の通った答えを出してきた。
もっとしっちゃかめっちゃかになるかと思ったのに。
さすが王族の娘。
論理的にしっかり考えているようだ。
「残念。違うわ」
しかし不正解ではある
「そうよね。
あともう十回質問できたら答えられたかもしれないわ」
賢いな。
そこまで見通しが立っているのか。
この問題は難しすぎるから、答えられないとは思ったけれど。
十回のヒントでよくここまで近づけたと思う。
わたしより頭良いかも?
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