第15話 リア王~コーデリア~

エリスとやってきた豪華屋敷。

閉じられていた門がぐぐっと開いた。


「ありがとうございます」


わたしはお礼を言った。

エリスと一緒に庭の中に入る。

門から屋敷の建物まで一直線だが距離がある。

道中、庭の様子を気にしながら進む。


屋敷の玄関の前に女の人が立っていた。

まるで自分から光っているかのように明るい金髪。

エメラルドのような緑の瞳。

くっきりとした鼻。

おそらくヨーロッパ系の顔。

しかし一番特徴的なのは、全身から溢れる高貴さだろう。

エリスは庶民的な可愛い西洋人だけど、こちらはどこかの国の王女様かと思うような気品を身にまとっている。

服装はドレスのような華やかなワンピースを着ていた。

部屋着なのかな?


「初めまして。私の名前はコーデリアと言います」


年はわたしやエリスと同じ十八くらい。

コーデリアは丁寧にお辞儀をして手を差し出した。

わたしはそれに合わせて握手をする。

白魚のような綺麗で細い手。

絵画のお手本になりそうな整った指。

ほんわりとした温かさ。

握手一つでコーデリアの情報がいっぱい伝わる。

名前はコーデリアか。

イギリスっぽい名前だな。


「初めまして。わたしはサイリです。

 こちらはエリス」

「どうも」


コーデリアはエリスとも握手した。


「こちらへどうぞ。お茶を出すわ」


わたしとエリスはコーデリアにつれられて屋敷の中に入った。


屋敷の外から見てもお城みたいだと思ったけれど、中から見てもお城のようだと感じられる。

派手な赤色の絨毯。

照明は豪華なシャンデリア。

所々に壺や甲冑の置物。


「素敵なお家ですね」


わたしはコーデリアに案内されながら話しかけた。


「一人で住んでいるから持て余しているのよ」


コーデリアは歩みを止めずに持て余しているのです。


「こんなに大きな家に一人なんですね。

 寂しくないですか?」

「いえ、寂しいわ。

 こうして誰かと話すのも久し振りだし。

 もっと小さい家に引っ越したい気もしているの」


どうもこの町の人は誰もが寂しさを抱えているようだった。

うかつに外にも出られず、他人と会話する機会が乏しい。

コーデリアに案内された部屋はダイニングのようだった。

大きな食事用テーブルがある。

二十人くらいが一斉に食事ができるようになっている。

こんな巨大なテーブルがある時点で一人用の家ではない。

インテリアも素敵だし、やっぱりお城といっても差支えない気がする。


「ここでダンス動画を撮影しても良いわね」


わたしはエリスに話しかける。

お城の舞踏会というコンセプトで踊ってもらいたい。


「良いですね。

 振付を考えておきます」


わたしとエリスは横に並んで席に着く。

コーデリアがお茶を出してくれた。

良い香りの紅茶。

これはアールグレイかな?

紅茶には詳しくないけれど、なんとなく高級感のある紅茶だった。


コーデリアはわたし達の向かい側に座る。

緑の瞳でわたし達を見つめてくる。

ああ、この人は美人だな。

そんな感想が真っ先に出てくる。


「さて、車を貸してほしいということだったけど」

「はい」


すぐに本題に入れそうだった。


「どうぞ、持って行っていいわよ」

「え?」


早速も早速だった。

あまりに話が早くてびっくりした。

今から、実際に貸してもらうには何を言おうか、どういう条件を出そうか、百の手札を用意しておいたのに。

こうもあっさりOKがもらえるなんて拍子抜けだった。


「私はあれを使わないの。

 使い方を知らなし、使う予定もないわ」


そうか。

運転の仕方を知らないこともあるのか。


「そうなんですね。

 車があるから、てっきり購入したものかと」


「あの車は私がこの世界に転生したときから、この家にあったのよ。

 いわば家の付属品ね。

 わたしが欲しいとねだってはいないわ」


なるほど。

この世界に来た時に家が与えられるけど、そのついでに車が与えられることもあるのか。

どういう基準で家のグレードが決まるんだろうか? 

やっぱり前世の行いかな?


「せっかく車があるからどこかに出かけたいと思わないのですか?」

「それが、ちっとも思わないのよ」


コーデリアはどこか物憂げな表情を見せる。

わたしは初めてその顔を見たときから気になっていた。

コーデリアは顔のパーツは整っているけれど、表情が暗い。

デフォルトでその表情だから、そういう人なのだと理解したが、できることならもっと明るい表情でいたほうが良いと思う。

朗らかな表情でいれば、道行く人を次々と一目惚れに墜とせる。

それくらいの美貌ではある。

もったいない。


「出かけることに興味がないのですね」

「ええ、全く興味が持てないわ。

 出かけることどころか他に興味のあることもないわ」

「興味のあることがない?」

「ええ。

 この世界に生まれ変わった人は大抵前向きよね。

 前世のときにできなかったあれがしたい、これがしたいといろいろな願いも持って 生きているわ。

 美味しい料理を作りたいという人やいろんな服を作ってみたいという人やそれこそ、この世界を旅して回りたいという人とも出会ったことがあるわ」

「そうね」


エリスは「素敵な人と結婚したい」という目標がある。

他にも何人か会話をしたことがあるが、それぞれにやりたいことを抱えてこの世界を生きているようだった。

そんな中でわたしの「記憶を取り戻したい」という目標はちょっと特殊かもしれないけれど。


「町にはこの世界で生きることに前向きな人がいっぱいる。

 ただ、私はそういった目標が無いの。生きること自体辛くて仕方がないわ」

「生きることが、辛いですか」


なんか重たい話になってきたな。


「人はなんでこの世に泣きながら産まれてきたか知っているかしら?」


コーデリアはわたしに質問してきた。

赤ちゃんは産まれてきたときは大概大声を出しているものだ。

まぁ、わたしは自分で産んだ記憶も、人のお産に立ち会った記憶もない。

伝聞の知識でしかないけれども。


「赤ちゃんが産まれたときに泣く理由ですか?」

「ええ。なぜ人は、産まれて空気を嗅いだ途端に人は喚き泣くのか、知っている?」

「赤ちゃんが泣くのは、産まれてきたことを周りの人間にアピールするためかしら?」


それっぽいことを言ってみた。


「それもあるかもしれないわね。

 ただ一番大きな理由は悲しみよ。

 人は産まれると、この阿呆の大いなる舞台に出たと知って悲しくて泣くの」


なるほどね。

それらしい言い回しではある。

しかしどこかで聞いたことがあるような言い回しだな。

どこで聞いたっけ? 

もしくは文章を読んだことがあるのかな?


「人生は何者かによって、舞台で演じさせられているようなものだということ?」

「そうよ。

 誰かの言いなりになって、言われた通り舞台で踊るのが生きるということなの」

「ふむふむ」


言いたいことは分かる。

人生に悲観した人がよく言っているようなことだ。

定番と言っても良い。


「私の前世はあまり良い人生ではなかったわ。

 生まれ変わったこの世界でも特に期待することはないの。

 ただあるがままに流されて、誰かの思惑通りに生きて、誰かの想定通りに死んでいくわ」


ずいぶんと寂しい人生観だった。

こんな会話を続けていたら自分まで暗くなりそう。

嫌だなぁ。

こんな会話はさっさと打ち切りたい。

でも今は、コーデリアが車を譲ってくれるという場面だ。

これからの付き合いも考えて多少は話を合わせた方が良いだろう。


「どんな前世だったのか、訊いても良いですか?」


あんまり興味はなかったけれど、話の流れで訊いてみた。

暗い話が始まるんだろうなぁ。


「ええ、良いわよ。

 前世ではトロイのブルータスがブリテンを建国して五百年後くらいの時代を生きていたわ」

「紀元前なの!?」


そんなに昔を生きた人だとは思わなかった。

ブリテンといえばイギリスのこと。

ブルータスがブリテンを建国したのは紀元前十二世紀頃だったと思う。

ということはコーデリアは紀元前七百年くらいの人ということか。

顔立ちからは想像が付かないな。

現代でも美女として通用するような美人だし。


「わたしは当時のブリテン王リアの三女として産まれたの」

「はぁ!?」


わたしは思わず大声を出した。


「サイリさん? 大丈夫ですか?」


エリスはわたしを心配して声をかける。

わたしは興奮した頭を自分で抑えつける。


「大声出してごめんなさい。

 でも知っているわよ。

 リア王の三女コーデリア!!」



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