第14話 リア王~コーデリア~
「意外と強情なのね」
撮影が終わった後、わたしはエリスに言った。
エリスは一応二十回目でOKテイクにしたけれど、まだ細部に引っ掛かりが残っているようだった。
満足した顔ではない。
「ダンスは完璧に仕上げたいんです」
エリスなりに譲れないものがあるらしい。
わたしからすれば違いが分からないようなことでも、エリスの中では美学に反することもあるようだ。
夜、家に帰って動画の編集をした。
そんなに複雑な編集はしない。
二分ほどのダンス動画。
動画の最初に曲名を入れたり、動画の最後に「もっと見たい方は投げ銭をよろしくお願いします」とテロップを入れておいた。
簡素といえば簡素。
でも最初に投稿する動画としてはこれで充分だ。
何よりダンス自体のクオリティが高い。
これなら人を集められるに違いない。
そう確信をもって動画をアップロードした。
「よし」
わたしは一仕事終えて、この日は気持ち良く寝た。
それから毎日、動画撮影をした。
エリスに一曲踊ってもらって撮影する。
一日に何本も撮影することは出来なかった。
エリスがこだわり出すから一日一本が限度だった。
エリスとしては前日の出来が納得いかないこともあって、やり直したいと言い出すこともあった。
しかし、わたしも譲らずに一日一本で完成させた。
また撮影の場所探しに町中を散歩した。
公園、ショップ、家の庭。踊るのに良い背景を色々と探した。
ただ歩ける範囲では物足りなかった。
もっともっとバリエーションが欲しいところ。
動画を伸ばしていくにはいろいろな工夫が必要だ。
そして十日で十本のダンス動画を投稿した。
そんな動画の再生回数は全く増えていなかった。
そりゃそうだ。
まず動画サイトを見ている人がいないのだから。
エリスの友達にも動画サイトのことを教えて、エリスのダンスを見てもらうように呼びかけた。
といっても友達なんて十数人である。
再生数は百にもいかない。
もちろんこんな再生数では金を稼げるはずもない。
「本当にこれでお金がもらえるようになるんですか?」
エリスが不安になってわたしに聞く。
「すぐには無理かも……」
流石に動画投稿で金を稼ぐのは簡単ではない。
先人達の真似をすれば何とかなる気がしていたけど、そう甘くはないらしい。
「どうしましょう?」
「動画投稿作戦は一旦中断して、別の作戦をしてみよっか」
「別の作戦があるんですか?」
エリスに言われて、わたしは大きく頷いた。
「ええ。しっかりあてがあるわよ。エリスと動画を撮るために、町を歩いているときに良いものを見つけたのよ」
「何かありましたっけ?」
エリスには心当たりはないようだが、わたしにはうまくいく算段があった。
「良いのがあったのよ。明日早速行ってみましょう」
「はい」
エリスはぴんと来ていないにも関わらず、綺麗な声で返事をした。わたしを全面的に信頼してくれている良い子だ。
「エリスは良い子だね」
「そうですか?
サイリさんの方がすごいと思いますよ?」
「そう?」
「ええ。
これだけ頑張って動画を作ったのに全然お金が稼げないなんて。
あたしだったらもっと落ち込んでますよ。
でも、サイリさんはすぐ新しいものに切り替えられるんですね」
確かに気持ちの切り替えが早いのはわたしの長所かもしれない。
「やっぱりたくさん本を読んできたからかな?」
記憶喪失とは不思議なものだ。
わたしに関する記憶はないけれど、いろんな本の知識はどんどん思い出せる。
「サイリさんが前向きなことと関係あるんですか?」
「本を読むとね、いろんな生き方が分かるのよ。
こうすればうまくいくとか、こうすれば失敗するとかいろいろね。
それを逐一試してからじゃないと落ち込んでいる暇はないわね」
人生のサンプルをいっぱいくれるのが読書だ。
そのサンプルをもとにしてわたしたちは幸せに生きる方法を見つけていくんだ。
「すごいですね」
「エリスも何か読む?
わたしの本棚タイジノユメで良い本が出てくるかも」
「そうですね。
恋愛小説あります?」
う~ん。
わたしは脳内で恋愛小説を探す。
エリスに読ませる本が良いから、ハッピーエンドな話が良いなぁ。
「エリスって前世では本は読まなかったの?」
「はい。
そもそも字が読めるようになったのが、十九の頃でしたし」
当時のドイツの識字率なら珍しくもない。
そもそもエリスは貧乏で学校も満足に行けていなかったし。
「じゃあ、グリム童話かな」
「グリム童話ですか?
聞いたことはあるような?」
グリムの名前はうろ覚えのようだ。
グリム童話の最初の発行日は一八一二年。
前世のエリスが生きた時代にはすでに存在はしている。
「シンデレラは知っている?」
「はい! 聞いたことがあります」
本を読んだことがなくても、話をきいたことはあるみたい。
「グリム童話には、シンデレラも収録されているわ。
まずはこれを読んでみよっか」
わたしは本棚タイジノユメを見る。
エリスとの話題に出したので、グリム童話集が本棚に置かれていた。
エリスの本を渡す。
エリスはうきうきで本を読み始めた。
二度目の人生で初めて集中して読書をするのだ。
新鮮で仕方がないのだろう。
可愛いなぁ。
そしてわたしはというと。
動画配信作戦は中断して、他の金策を練っていた。
大丈夫。
あと二、三個は策が残っている。
この日は早く寝て、明日に備えた。
次の日、わたしとエリスは町の隅にある大きな屋敷に来ていた。
「大きな家ですね。
こんな大きな家があったなんて知りませんでした」
わたしの家も大概大きいと思ったけれど、この家はもっと大きい。
わたしの家の二倍の敷地面積はありそうだ。
「家というよりお城みたいね」
「昨日読んだシンデレラの挿絵にあったお城みたいです」
「そういえば、昨日はずっと読書していたわね」
「はい!
楽しかったです」
それは良かった。
今度、わたしとエリスで同じ本を読んで語り合うのも良いかもしれない。
わたしとエリスは門の前に立っていた。
扉は固く閉ざされている。
表札はないからどういう名前の人が住んでいるかは分からない。
「ここに住んでいるのはどんな人なんでしょうか?」
「どうなんでしょうね」
「サイリさんも知らないんですか?」
「ええ。全く知らないわ」
わたしはさも当然であるかのように応えた。
「てっきりどんな人がいるか分かったからここに来たのだと思っていたんですが」
「どんな人かは知らないわ。
重要なのは、庭にある物の方よ」
「庭にあるものですか?」
「この前、町を歩き回っているときに見つけたのよ。
ほら、あれ」
わたしは庭の隅の方を指差す。
そこには自動車があった。
白いワゴン型の自家用車。
「車がありますね!」
「そうなの」
「もしかして、ここの人から借りるんですか?」
「ご明察」
自分達で車を買えなければ、持っている人に借りれば良い。
もちろん無料というわけにもいかないだろう。
それなりの対価はいるとは思う。
それでも、まともに新車を購入するよりよっぽど安い値で交渉できるはず。
「貸してもらえますかね?」
「そこは交渉の腕次第よ。
頑張りましょう。
それじゃあ行ってみますか」
わたしは見ず知らずの家のインターホンを押す。
なかなか緊張する。
すぐにインターホン越しに声がした。
「はい、どなたですか?」
きれいな女の人の声だった。低くて優しい静かな声。心の奥まですぅっと抜けていくようなしなやかさだった。
「初めまして、わたしは四季咲サイリと言います」
わたしは頭を落ち着かせて、ゆっくり喋る。
「……はい、?」
インターホンの向こうからは、警戒するような声がした。
心当たりのない名前だろうから不審がってもしょうがない。
わたしだって突然覚えのない名前の人がやってきたら嫌だもの。
「こちらにいるのはエリスと言います。この家の車をお借りしたくて訪問しました」
「車?」
「はい、わたしたちは旅をしたいのですが、そのために車が必要なのです。
ぜひ貸していただけないでしょうか?
詳しい話がしたいので、お家にいれてもらえないでしょうか?」
わたしが説明し終えると沈黙が流れる。
考えているのかな?
嫌な緊張が走る沈黙だ。
十倍にも百倍にも感じられる数秒ののち、返事が来た。
「どうぞ、入ってください」
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