第13話 リア王~コーデリア~
エリスと旅に出かける作戦会議。
「こうなると他の町に行くしかないわね」
「そうなると、お金が必要ですね」
「やっぱりそうだよね………」
他の町に行くには歩いていくには遠すぎる。
徒歩以外の交通手段が欲しい。
あいにくこの街には鉄道がない。
よしんばあったとしてもお金がない。
エリス曰く、他の町に行くためには車を購入するのが一番だという。
車が一番なのだが、当然自家用車は高価だ。
「安い自家用車ってどのくらいの値段?」
わたしはエリスに訊いてみる。
「ネットで見た感じだと安くても二百万円からですね」
二百万円か。
月十万円のベーシックインカムでは到底捻出できない額だ。
「なかなか高いわね」
この世界だともともと車の絶対数が少ないらしい。
車で移動したい人が少なくて町と町の交流も少ないのだとか。
中古車もあんまりなくて、安く買えることも期待できない。
「どこかで稼がないといけないですね」
「てっとり早く稼げる方法あるかな?」
金に困って見境がなくなった貧乏人みたいな発言をしてしまった。
「あたしの周りには頑張って稼ごうって人がいないので分からないのですね」
「そっかぁ」
この世界で大金を稼いだエピソードはないのか?
「ヰクトリア座みたいな劇場があれば、あたしが踊って稼げるんですけれど」
「ああ、その手があったわね。エリスは舞姫だものね」
エリスの踊りは素晴らしい。前世ではその踊りで生活費を稼いでいたくらいだし。
「ただ、この世界に劇場なんてないですし、劇場があったとしても観客があったとしても集まるかどうか分からないですし」
「そうねぇ」
確かに、この世界で集客力があるかどうか分からない。
でも方向性は良いと思う。
必要最低限の食料やインフラはロボットが整えてくれる。
こんな世界で金を稼ごうと思ったら、娯楽ということになりそう。
踊りみたいな鑑賞するものに需要はありそうだ。
「劇場がなくても踊りを見てもらう方法があれば良いですが」
「あ~、そうね。
動画配信とか?」
わたしは深く考えず、思い付きで口にした。
「動画配信ですか?」
エリスはぴんと来ていないようだった。
「あれ? 馴染みない?
インターネットがあるなら動画投稿サイトがありそうなものだけれど」
「動画投稿サイトですか? ちょっと分からないですね」
「調べてみよっか」
わたしはスマホを取り出した。
動画投稿サイトを調べてみる。
わたしの時代ではYouTubeが主流だった。
こっちの世界でも似たようなものが無いだろうか?
そう思って調べてみると、すぐに見つかった。
こっちの世界の動画投稿サイト。
わたしの知っているYouTubeと似たようなサイトだった。
しかし、このサイトを見て驚いた。
「これは、すごい状態ね」
「どうしたんですか?」
真剣な表情をしているわたしにエリスが訊いてきた。
「まともな動画が投稿されていないわ」
「まともな動画、ですか?」
「えぇ、サンプルムービーしかないわ」
「?」
エリスはよく分かっていない顔だった。
無理もない。
動画サイトなんて縁のない前世を送ってきたんだ。
インターネットどころかパソコンもなかった時代のエリスだ。
この世界では生まれ変わったときに、日本語を習得できるみたいだけど、この辺の用語が分かっていても、実際に触ったことがなかったらどのようなものか理解できないだろう。
こっちの世界に来てから通販は覚えたみたいだけど、日が浅いようだ。
まだまだ細かい機能は捉えられていないのだろう。
そんなエリスを横目にわたしは心が踊っていた。
これはチャンスだ。
この世界ではまだ動画配信文化が定着していない。
ここからなら、わたしがこの世界のパイオニアになれる。
わたしはサイトに書かれた使い方を読み込む。
「これならいけるかも」
「いけそうなんですか?」
「ええ。投げ戦機能もあるし」
「?」
エリスのネット知識では一から十まで説明するのは大変そうだった。
独特の機能だから仕方がない。
ただわたしはここからの展望が見えていた。
エリスに聞いたところでは、この世界には営利企業は無いらしい。
広告収入はなさそうだ。
しかし個人間での金の受け渡しはできるみたい。
サイトのこの投げ銭機能は充分に活用できそう。
「よし、エリス。踊ってもらえる?」
「え、良いですよ?」
唐突にお願いして訳の分からないままでも、とりあえずOKしてくれるエリスが優しい。
「ちょっと待ってね。BGMを探すから。
フリーBGMくらいネットに落ちているでしょ」
「?」
「あと景色の良い場所で踊らないとね。
エリスの衣装も選ばないと。
カメラは一旦このスマホについているやつで良いや。
本当はもっと高性能なやつが良いんだけど、それは手持ちの金に余裕が出来てからかな?」
わたしはかなりうきうきしていた。
けれど、エリスはついて来れないようだった。
そんな分かっていないエリスをうまく誘導して準備に取り掛かる。
午前中のうちにあれやこれやを済ませて、午後には撮影に取り掛かることが出来た。
わたしはエリスを衣装に着替えさせて、公園に連れてきた。
公園らしく遊具や花畑がある。
「きれいな花がありますね。なんていう花でしょう?」
エリスは花の一つに近づく。漏斗状の白い花。甘い匂いもしてくる。
「アサガオみたいな花ね」
「アサガオって昼間にも咲くのですか?」
「わたしも花には詳しくないわ。こいつに訊いてみましょう」
わたしはスマホを取り出した。ギンノイトに花の特徴を訊いてみる。
「これはチョウセンアサガオです。
別名マンダラゲ。
有毒なので気を付けてください」
「え? 毒なの?」
「ひっ!」
花を触ろうとしていたエリスが慌てて手をひっこめる。
「口に含むと二十分程度で喉が乾き,体のふらつき、幻覚、妄想、悪寒など覚醒剤と似た症状が現れます」
「怖いわね」
「あ、あっちに行きましょう!」
エリスとわたしは公園内でダンスが出来そうな場所を探した。
食べなければ問題ないとはいえ、毒のある花からなるべく距離をおきたい。
すぐに良さそうな場所を見つけた。
「ここなら出来そうかな?」
「そうですね。踊れそうです」
噴水の前。
ここでダンス動画を撮影することにする。
「ならここにしようと思うわ。
足場は大丈夫?
段差とか気にならない?」
「はい。問題なく踊れます」
エリスはそう言って、その場でジャンプして見せた。
体幹を崩さず両脚を大きく広げたジャンプ。
ここだけ切り取って見ても美しい。
ジャンプの高さ、姿勢、手足のモーション。
人としての極致のジャンプだと思う。
「じゃあ、撮影しようか」
「はい」
「このカメラで撮影するから、なるべくカメラ目線でお願いね」
「はい」
「それから画角から外れないようにして欲しいから左右には五歩以上、移動しないでね」
「はい」
「あと奥行はあんまり動くとピントが合わなくなっちゃうから、なるべくその位置で踊ってね」
「はい」
「それから……」
「注文が多すぎますよ」
わたしの熱量にエリスが狼狽えていた。
「ごめんごめん。
とりあえず一回撮ってみて、直して欲しいところがあったらそのとき言うわ」
「その方向でお願いします」
こうしてわたしは撮影を開始した。
音楽を流す。
予めエリスには曲を聴き込んでもらった。
曲に合わせたダンスを披露してくれる。
エリスの舞は美しい。
仕上げられた人間の最高点だと思う。
わたしがちょっとやそっと真似したところで到底及ばない身体の素早さ、しなやかさ、伸ばし方。
人間の身体にこんな動かし方ができるなんて信じられない。
エリスがロン・ドゥ・ジャンブ・ア・テールを決めて曲が終わった。
エリスが深々とお辞儀をする。
あっという間の二分だった。
「どうでした?」
エリスがわたしに確認をする。
踊り終わった後のエリスの表情は晴れやかだった。
やっぱりダンスが好きなんだろう。
気持ちよさそうだった。
「最高だったわ」
わたしは手を叩いて賛辞する。
「それは良かったです」
「見てみる?」
「すぐに見られるのですか?」
そうか。
エリスは撮影という概念もよく分かっていなかったのか。
前世は19世紀の人だものね。
「もちろん。見てみましょうか」
わたしは動画撮影の仕組みを説明してから、先ほどのエリスの踊りの映像を見せた。
これがスマホ一つでできるから便利なものだ。
「あら、これで見られるんですね」
エリスはスマホの画面を不思議そうに見ていた。
カメラで静止画を撮ったことはあったらしいが、動画は初めて見たとのこと。
「すごく良いダンスだわ」
「あたしってこんな風に見えていたんですね」
エリスはカメラに映った自分を初めてみたことになる。
初めてだと物珍しいのだろう。
わたしの時代ならみんなが見慣れていることだけど、エリスにとっては自分が鮮明に映し出されているのも初体験だ。
「これをね。
ネットを通して大勢の人に見てもらうの」
「これを……」
「楽しみね。きっとみんな感動するわ」
「すみません、サイリさん」
「ん?」
エリスは浮かない顔をしていた。
さっきまで踊り終わって晴れやかな顔をしていたのに。
「もう一回踊らせてもらえませんか?」
「あれ? なんか駄目だった?」
「はい。
直したいところがいくつもあったので」
「そうなの?」
素人目に見たら完璧だと思ったのに。
「カメラを通してみたら印象が違うものですね。
もっとちゃんとやりたいです」
エリスなりのプロ意識があるのだろう。
こんなもので人には見せられないということかしら。
「まぁ、いいわよ。もう一回やろっか」
「ありがとうございます」
わたしとエリスはもう一回撮影に取り掛かる。
わたしには何が違うか分からないけれど、本人にはこだわりがあるらしい。
エリスは「もう一回踊らせてもらえませんか?」って言っていたけれど、一回では済まなかった。
踊っても踊ってもエリスは満足しなかった。
「これも駄目ですね」
「そうなの?」
「はい。
もう一回お願いします」
何回も何回も取り直して、エリスが及第点を出したのは二十回を超えていた。
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