第17話 リア王~コーデリア~

『ある男が一人も殺していないのに、十二人分も死体ができた。

 いったいなぜか?』


コーデリアはれ正解にたどり着くことが出来なかった。


「じゃあ、エリス。

 正解を説明して」

「え?

 あたしですか?」


エリスは急に指名されて驚いている。


「分かるでしょ?」

「え? 

 そっちの子も分かるの?」


コーデリアもエリスが分かることに驚いていた。


「ええ、まぁ。

 分かりますけど」

「解説をお願い」

「はい、分かりました」


ということで。

エリスはつらつらと話し出した。

グリム童話の『なぞ』という話。


昔々、あるところに、ひとりの王子がいました。

王子は忠義な家来と二人で世界を歩きまわっていました。

ある日のこと、王子は魔女の家に迷い込んでしまいました。

別に悪さはされずに、魔女の家に一晩泊まりました。

しかし帰るときに、コップを一杯渡されました。

「お別れの飲み物だよ」

そう言って渡されましたが、受け取った拍子にコップが割れてしまいました。

すると中に入っていた毒が馬に跳ね返りました。

ものすごい毒だったので馬はその場に倒れて死んでしまいました。

その後、死んだ馬をカラスがつつきにやってきました。

縁起が悪いからと思って、王子と家来はそのカラスを捕まえました。

次に泊った宿屋に預けて、晩のごちそうに料理するように言いました。

王子と家来は宿屋で休んでいました。

すると宿屋に十二人の人殺しがやってきました。

人殺し達は旅の客を殺して、持っているものを奪い取ろうというのです。

けれども、仕事にかかるまえに、人殺し達は、まず食卓につきました。

そしてみんなで、さっきのカラスの肉をきざみこんでいれてあるスープを飲みました。

このカラスの肉には、馬の肉の毒が伝わっていたため、みんなはその場ばにたおれて死んでしまいました。


以上、グリム童話の『なぞ』から抜粋。


「よく覚えていたわね」


わたしは丁寧に話してくれたエリスを褒めた。


「昨日読んだばっかりですからね」


そう。

この話は、昨日エリスに渡したグリム童話集に収録されている話だ。

今朝にはすっかり読み終えていたので、熱中して読んでいたのだろう。

しっかりあらすじを語ってくれた。


「つまり、正解は?」


コーデリアが正解を求める。


「男は自分に毒を盛られるところだった。

 その毒は馬が浴びて馬が死んでしまった。

 馬の肉をカラスが食べた。

 そのカラスの肉を食べた十二人が死んでしまった。

 これが正解よ」


随分と込み入った問題だけど。

これが正解である。


「なるほどね」


コーデリアは納得してくれたようだった。


「どうかしら?」

「さすがに十回のヒントでこの答えにたどり着くのは無理じゃないかしら?」


わたしもそう思う。

こんなに複雑なストーリーを正解するのは無理だと思う。


「でも、コーデリアが出題した問題も大概難しいと思うわ」


コーデリアが出した問題は『人はなんでこの世に泣きながら産まれてきたか』。

答えは『人は産まれると、この阿呆の大いなる舞台に出たと知って悲しくて泣く』。

難度は似たようなものだと思う。


「それもそうね」


コーデリアも難しい問題を出した自覚はあったようで、わたしの意見に納得してくれた。


「じゃあ、延長戦をしましょうか」


これで正解数は0対0。

スコアタイで延長戦に突入。


「いや、その必要はないわ」


わたしはコーデリアのクイズを解く気満々だった。

しかしコーデリアは遮った。


「え?」

「私の負けで良いわ。

 サイリ。

 私を旅に連れて行って。

 そして私を幸せにして」


唐突にコーデリアは負けを認めた。


「良いの?」

「ええ。

 あなたが賢いことはよく分かったわ。

 あなたなら、わたしを幸せにできそうな気もするわ」


おっ!

どうやらここまでの会話で信頼を少しだけだけど勝ち取ることが出来たみたい。

もう少しこのクイズを続けけないといけないかと思っていた。

しかし、一発でコーデリアを説得できたのは僥倖。


「任せて。

 絶対にコーデリアを幸せにして見せるわ」

「ええ。

 よろしくお願いするわ」


 コーデリアの表情がそれまでの暗いものから、一縷の望みをはらんだ目になった。「流されるまま自然に生きて自然に死ぬのを待ちたい」なんて言っていたけれど、心のどこかでは救われたい、幸せになりたいと思っていたのだろう。

わたしのちょっとした言葉で心を動かされていた。


「この世界に生まれ変わって、わたしに会えて良かったと思わせてあげないとね」


何の根拠もない大言壮語だったけれど、これで良い。

コーデリアには幸せに生きて欲しい、そう思わせる引力のようなものがあった。

それに、世界的に有名な悲劇の王女を、わたしが救ってあげられるなんて、とても名誉なことだし。


「私は、幸福になっても良いでしょう?」

「幸福になってはいけないなんて誰に言われたのよ? 

 父様?王様?運命様に大自然様? 

 誰にも言われてないでしょう。

 あなたが自分で自分に言い聞かせているだけ。

 だったら逆も言えるはず。

 幸福でありたい。

 前世は悲劇の幕切れだったけど、今度はハッピーエンドを掴みましょ」


わたしはリア王の台詞を引用しつつ、コーデリアと約束した。


「…………よろしくね」


ずっと暗い表情をしていたコーデリアがようやく良い顔で微笑んだ。

可愛い顔もできるじゃないか。

わたしは感心していた。



ややあって、わたしとエリスとコーデリアは三人で車に乗ってみることにした。

コーデリアの家の庭にあった自動車。

白いワゴン型の自家用車。

車種もメーカーも分からない。

そもそもわたしは車には詳しくないけれど、おそらくわたしのいた日本のものではなさそうだ。

この世界独自のメーカーなのだろう。


「よし、じゃあ二人は後部座席に乗ってね」

「はい」「うん」


わたしは二人にドアの開け方から説明する。

二人の生きていた時代にこんな高性能な自動車はない。

この世界に転生したときに、多少の知識は与えられたようだけど、実際に車に乗るのは初めてみたいだ。

エリスはわくわくで、コーデリアはそわそわおっかなびっくりで車に乗り込む。


「二人とも荷物は大丈夫?」

「これを持って行くわ」


コーデリアは大剣を抱えて乗車した。


「それも持って行くの?」

「ええ。

 外では怪物が出るかもしれないから」


そうね。

護身用に持っていてた方が良い。

エリスがダンスで追い払えるし、わたしもピートガンを持っているから戦力的には充分だとは思う。

けど何かあったときのために、全員自分の身は自分で守れる方が良い。

わたしは運転席に乗った。

わたしが前世で運転経験があったかどうか分からない。

しかしこの三人の中では一番運転できそうである。

そんなことを考えて運転席に乗ったけれど気が付いてしまった。


「あれ? そういえば免許持ってないや」

「免許ですか?」


わたしのぼやきにエリスが反応する。


「そう、車を運転するときは免許が必要だと思うんだけど」

「目的地を入力するだけじゃないんですか?」

「え?」


エリスが突拍子もないことを言う。

自動車の仕組みを知らないからすごいことを言っているのか。

いや、違う。

この世界の車ってもしかして。

わたしはスマホを取り出した。

ギンノイトに呼びかける。


「ねぇ、ギンノイト。

 この世界の車って運転するのに免許がいるの?」

「いいえ。

 運転するのに免許は必要ありません」

「運転ってどうやってするの?」

「難しい操作の必要はありません。

 カーナビに目的地を入力すると自動で走行します」

「全自動!?」


流石は二一○○年の科学技術。

自動車の運転が必要ないレベルになっているなんて。


「そうですよね」


エリスが相槌を打つ。


「エリスは知っていたの?」

「はい。

 友達に聞いたことがあります。

 ナビに目的地を入れるだけで向かってくれるのがこの世界の車だって」


エリスはこの世界に来てからいろんな人を会話している。

この世界のこともよく学んでいる。

対してコーデリアは車の持ち主であるにも関わらず知らなかったようだ。


「手動で運転する場合は別途、免許が必要です」


ギンノイトが補足してくれる。

なるほどね。

運転席にはちゃんとハンドルとペダルがついている。

手動でも運転できるけれど、基本は全自動なのね。

じゃあ、運転の心配はしなくていいや。


「流石に手動で運転する場合は免許がいるのね。

 信号や標識のルールは勉強しないといけないものね」


わたしはそう納得したのに、ギンノイトは衝撃の事実を告げる。


「すべての自動車が全自動のため、町には信号がありません」

「!?」


そうか。気が付かなかったな。

気が付くべきだった。

今まで歩いてきた歩道にも車道にも信号なんてなかった。

交差点も何も気にせず渡っていた。

そうなるのか。

全自動運転が一般化すると信号が無くなるのか。

技術発展の未来予想図が実現していて面白い。


「事故を起こしたら、誰の責任になるの? 

 運転席にいる人? 

 車を作ったメーカー?」


わたしは念のための確認をした。


「基本的に事故が起こることは想定されていません。

 ケースバイケースです」

「……すごい自信ね。それはそれで怖いけど」


まぁ、それだけ自動運転の技術に自信があるのだろう。

何らかの魔法で補助しているかもしれないし。

事故は起きないものと思って良さそうだ。


「よし、それじゃあ、試しにドライブに行ってみようか」


わたしは後部座席の二人に呼びかけた。


「これが本当に動くのですね」


エリスは目を輝かせていた。

車に乗るのが初めてでわくわくしているのだろう。

対してコーデリアは不安なようだった。さっきまでより表情が暗い。

わたしはナビを操作する。

近くに面白い場所はないかと探してみる。


「おっ、海があるわ」


ここから、そう遠くないところに海を見つけた。

海の家もある。

海に入るにはまだ早い時期かもしれないけれど、この世界の海を見てみたい気持ちがある。

「海ですか。

 良いですね」


わたしはナビを操作する。

分かりやすいUIデザインだ。

目的地を海に設定する。

ドライブの時間は二十分。手頃な距離だ。


「よし、出発!」

「おー!」「おー?」


エリスは元気な声を上げたけれども、コーデリアは訳も分からず声を合わせただけだった。

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