第37話 サイリの本棚~サイリ~

わたしはゲーム内で記憶を失っていた。

しかし、ジュリエットの攻撃を受けた衝撃で記憶を取り戻すことが出来た。


「アイリのやつめ。

 元の世界に帰ったらこのピートガンを脳天にお見舞いしてやるわ」


わたしは右手のピートガンでジュリエットの頭に銃口を向けたまま、左手でスマホを取り出す。


「ねぇ、ギンノイト」


スマホに登録されたバーチャルアシスタント、ギンノイト。


「質問をどうぞ」

「わたしの名前は?」

「あなたの名前は四季咲サイリです」

「わたしの年齢は?」

「四季咲サイリの現在の年齢は十八歳です」

「わたしはどこに住んでいる?」

「東京都です」

「わたしの家族は?」

「姉が一人います。

 名前は四季咲アイリです」

「わたしはどうやってこの世界に来たの?」

「四季咲アイリの実験データを収拾するためのお手伝いとして、この世界にやってきました」

「答えられるんじゃないのよ!!」

「私で分かることは答えます」


わたしの憤慨をよそにギンノイトは淡々と答える。

そう、この質問だったらギンノイトは答えてくれるのだ。

以前は「わたしの前世は?」「前世はどこに住んでいた?」とか「前世はどうして死んだの?」とか「前世の友達はこの世界にいる?」とか訊いてみるものの「すみません。分かりません」と返答されてしまっていた。

そりゃそうだ。

わたしは生まれ変わった訳ではないもの。

わたしの前世なんてギンノイトには分からない。


わたしが最初にエリスに出会ったとき、エリスは説明してくれた。

「ここは元の世界で死んだ人が生まれ変わって来る世界ですよ」

確かにエリスはそういう設定だ。

コーデリアもコトもそうだ。

そういう認識であるキャラなのだとAIが出力している。


だけどわたしは違ったんだ。

わたしだけ転生してきたという設定じゃなくて、素のゲームプレイヤーとしてこの世界にいる。

「わたしの前世」なんてバーチャルアシスタントに分かる訳がない。

この世界の設定に無いんだもの。


「ねぇ、撃たないの?」


ジュリエットが言った。

わたしに銃を突き付けられながらもまっすぐにこっちを見ている。


「いや、撃つわよ。あんたみたいな化物を生んじゃった責任は取らないと」


本当はアイリに責任を取ってもらいたいところだが、妹として肩代わりさせてもらおう。

いや、でもアイリは物語のデータをAIに突っ込んだだけか。

アイリが『悪徳の栄え』を入力したせいで、AIがこのジュリエットの人格を出力した。

その結果、このゲームの世界で残虐非道の悪徳を振舞っていたわけなのだが。

この場合、誰が悪いことになるんだろう? 

アイリか? 

AIか? 

ジュリエットか? 

難しいな。

自動運転の事故責任みたいな問題だ。

まぁ、難しいことは法律家に任せよう。

わたしがこの世界からジュリエットを消すことには変わらない。


AIに出力された人格だろうと、エリスもコーデリアもコトも女の子なのだ。

可愛い女の子を幸せにしないのは四季咲サイリの生き方に反する。

よって可愛い女の子達を苦しめようとするジュリエットはここで消す。


「死ぬ前に一つ、質問して良いかしら?」


ジュリエットがわたしに言う。


「一つだけよ」


わたしは許可を出す。


「あたしはね、前世で悪徳を極めた女よ」

「そうね。知っているわ」


『悪徳の栄え』を読んだから知っている。

高二の冬休みだったわ。

わたしは春琴抄を読んでとても気に入った。

そしてわたしは耽美主義について調べることにした。

『悪徳の栄え』は耽美主義についての本をいろいろ漁っていたときに見つけた本だ。

一応最後まで読んだ。

作中で語られる哲学的な論争は興味深かったけど、残虐描写は気持ち悪くて仕方なかった。


ジュリエットはわたしに語る。


「この世には悪徳の快楽に匹敵するほどの快楽はないのよ。

 だからあたしは前世で悪徳を極めた。

 大自然にもそれが許されていると感じたわ」

「そんなことを許されていると感じられる人間はいないし、ただの勘違いよ」

「自然が人間を創ったのは、人間が地上のありとあらゆるものを楽しむためよ。

 これが自然の摂理であってあたしの鉄則なの。

 この摂理に反することは宇宙の万物を自滅に追い込む所業よ。

 だからあたしは宇宙で一番楽しい悪徳の栄えを堪能したの」

「そうだったわね」


狂っているような主張。

でもわたしは『悪徳の栄え』を読んだから理屈は分かる。

共感はできないけれど論理は分かる。

そしてこの主張のどこがおかしいかも分かる。


「あたしは、どこで何を間違えたのかしら!? 

 どうしてあなたに殺されるのかしら!? 

 あたしは自然の摂理に従ったまでなのに!! 

 自然に愛されるべきなのに!!

 前世ではうまく行っていたのに!! 

 どうして!? どうして!?」


ジュリエットは泣きながらわたしに吠える。

わたしは極めて冷静に返答する。


「悪徳の栄えを読んでいたときから気になっていたの。

 あなたって大自然を全ての拠り所にしているじゃない? 

 それが間違いよ」

「え!?」

「人間の快楽と大自然の摂理は別物よ。

 大自然の摂理に従えば幸福になれるとか、自然に逆らったら不幸になるなんてことはないわ。

 独立していると考えてしかるべきものよ」

「な、なんで!?」

「なんでって言われても、そういうものだから。

 世界がそういうふうにできているというだけの話。

 なんで太陽と月が別物なの? って言われても困るわ。

 むしろ月を太陽の分身だと主張するあなたの方に説明責任があるでしょ」

「じゃあ、あたしは幸せになるために、どうすべきだったっていうのよ!?」

「三回目の人生で考えたら?」


ぴっずぅん!!

おしゃべりに飽きたわたしはジュリエットの頭を狙撃した。

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