第36話 サイリの本棚~サイリ~

わたしは風の強い中、図書館に行った。

休憩室でコーヒーを飲んでいた。

今日は何を読もうかな。

そんなことを考えているときだった。


「お待たせ」


待ち合わせていたカグヤがやってきた。

月乃海カグヤ。

一つ一つ指で摘まみあげたような目鼻。

こちらの心の奥まで見ているかのようなつぶらな瞳。

指で触っても滑ってしまいそうな白い肌。

漆のように深い黒髪は風に煽られてぐちゃぐちゃだった。

最高に可愛いわたしの彼女である。


「お疲れ。

 髪がすごいことになっているわね」

「風が強すぎるのよ」


カグヤはそう言ってハンカチで髪を撫で整えた。


「風のせいで時間がかかったの?」


図書館でデートするのはわたし達の恒例行事である。

いつものカグヤならもっと早く来ているはずだった。

わたしが先に到着している方が珍しい。


「いや、大学に寄っていたの」

「大学?」

「サイリの姉さんに呼ばれてさ」

「うちのアイリに?」


カグヤは自販機で紅茶を買う。


「サイリはピートガンって覚えている?」

「ピートガン?」


わたしはその名前を聞いてもすぐには思い出せなかった。


「私とサイリで中学の時に自由研究で作ったやつ」

「ああ、あのペットボトルのキャップを飛ばすやつ?」


言われて思い出せた。


「そうそう。

 私が『銃の歴史』って本を読んで作ってみたくなったやつよ」

「懐かしいわね」


四年くらい前の話だ。

当時、中学生だったわたし達。

カグヤが何の気なしに銃の歴史に関する本を読んでいた。

それに銃の設計思想や仕組みなどが書かれていたので、二人で作ってみようってことになった。

当時、FPSを二人でやっていたので銃に関してそこそこ興味があった。

二人してあーだこーだ言いながら言いながら改良しまくって、最終的にすごいものが完成した。

バネでキャップを飛ばすだけなのに、ガラス一枚くらいなら余裕で割れるくらいの威力になってしまった。

危なっかしくて学校に提出するのはやめた。

二人の良い思い出である。


「サイリの姉さんに、あのピートガンを持ってきてほしいって言われてさ」

「アイリがピートガンを?」


ピートガンを作るとき、アイリに素材調達を手伝ってもらった。

だからアイリがピートガンの存在を知っているのは分かる。

でも何に使うかが分からない。


「ピートガンを届けに大学に寄っていたのよ」

「何に使うか聞いた?」

「研究に使う、とは言っていたわよ。

 どういう研究に使うかまでは教えてくれなかったわ」


相変わらず、ふわふわした姉だ。

傍から相手すると何を考えているか理解できない。

あれで優秀な研究者なのが信じられないが、実績はやまほどあるらしい。


「まぁ、いいわ。

 本でも読みましょ」

「そうね」

「カグヤは何を読むのか決めているの?」

「最近、車についてよく調べていてね。

 自動運転に関する本でも読もうかな」

「最新技術かぁ」

「サイリは何を読むの?」

「谷崎潤一郎を読みたい気分なの」

「春琴抄?」

「春琴抄も良いけど、今日は違うのも読みたいわ。

 本棚見て探してみる」


わたしとカグヤの図書館デートはこんな感じ。

お互いに読みたい本を読む。

読み終わったら感想を語る。

お互いに読む本の傾向が違うから、お互いに全く違う感想を語る。

わたしは物語や評論。

カグヤは実用書や技術書。

ざっくり分けると、わたしが文系でカグヤが理系。


「じゃあ、本棚から探そうか」

「うん」


わたし達はこんな感じで仲良く付き合っている。




そんなことがありながらの翌日。

わたしはアイリに言われた通り、大学の研究室に来ていた。

二十人くらいは入れる広い部屋。

パソコンやいろいろな機械が所狭しと置いてある。

そんな機械のわきにベッドが置いてあった。

ふかふかのベッド。

わたしはアイリに言われるがままにそのベッドに腰かける。


「これ、覚えているかしら?」


アイリがわたしに銃を渡す。

銃といってもおもちゃの銃。

ペットボトルのキャップを飛ばすもの。


「ピートガンね。

 わたしとカグヤが中学生のとき、夏休みの自由研究で作ったやつ。

 カグヤに聞いたわよ。

 昨日、大学に届けに行ったって」

「あっ、カグヤちゃんに聞いていたのね」

「アイリがちゃんと説明しないから、不審に思っていたわよ」

「じゃあ、今からサイリに説明するから、カグヤちゃんにも説明しておいて」

「手間を増やすな!」


この姉は妹をなんだと思っているんだ?

自分の研究に使うんだったら自分で説明責任を果たしてほしい。


「じゃーん!!」


そう言ってアイリは奇妙な物体を持ちだしてきた。

ゴーグルつきのヘルメット。

色とりどりの配線もついている。


「なによ、それ?」

「VRゲームだと思って。仮想世界に意識を飛ばせるの」

「意識を飛ばせる?」

「ゲームみたいに映像が見えたり、音が聞こえたりするだけじゃないの。

 完全に意識を仮想世界に飛ばして、そこの世界で生活しているような感覚になるの」

「すごいじゃない!」


フルダイブってやつだ。

もうそんなものができる時代になっていたんだ。


「ゲーム内に、このピートガンを再現してあるの。

 ここでピートガンを操作すると、ゲーム内でもピートガンを操作できるわ。

 サイリには、その仮想空間で思う存分、銃をばんばん撃ってもらいたいのよ」

「なるほど。そういう実験データが欲しいのね」


それなら撃っている人のためにわたしが呼ばれた理由も分かる。

アイリは自分で撃つより撃っている人を観測していたいのだろう。


「魔法で威力調整もできるわよ」

「あっ、魔法とかあるファンタジーの世界なんだ?」


てっきり銃を撃ちまくるだけのFPSを想像していた。

魔法が使えるなんてますます楽しみだ。


「面白そうでしょ」

「そうね」

「実験に協力してくれる?」

「良いわよ。

というかこっちからやらせてほしいって頼みたいくらいだわ」


わくわくしてきた。

こんな最新技術の結晶みたいなゲームで遊べるなんて。

昔からFPSは好きなのだ。

カグヤとよく遊んでいた。


わたしはアイリに手伝ってもらいながらヘルメットをかぶる。

視界はまっくら。

今からここに異世界が表示されるのか。

興奮してきたな。


「それじゃあ、ベッドに寝転がってね」

「は~い!」


わたしはアイリに言われたままに動く。

手にはピートガン。こ

れを思う存分撃てる時が来た。


「細かい操作方法や設定は、向こうの世界に行けば分かるわ。

 スマホに指示してね。

 メニューを開いてって言えば出してくれるわメニュー画面が出てくるわよ」

「ゲームとしてしっかり作りこまれているのね。

 アイリってこういうゲーム開発の研究をしていたのね」

「いいえ。

 フルダイブのゲーム自体は友達の会社が制作したものよ。

 わたしが作ったのはキャラの方なの」

「キャラの方?」


まぁ、ゲームだし、プレイヤー以外のキャラクターがいるのだろう。


「わたしの研究はAIよ。

 このゲームで使ったものは、AIに物語を読み込ませて、その物語の中のキャラクターを再現するものなの」

「物語中のキャラを再現?」


予想以上に派手なことをしていたんだな。


「物語って、そのキャラの人生の一部を描いているわけじゃない? 

 その一部読み取って、AIがその人格を再現するの。

 そのキャラの記憶を引き継いだ生まれ変わりをAIが作るのよ」


生まれ変わりねぇ。

AIでそんなことが出来るのか。


「異世界転生みたいな感じ?」

「そうよ。

 いろんな物語のキャラが一つの世界に転生してきた感じよ」


アイリってそんな壮大なAIの研究をしていたのか。

一気に尊敬レベルが跳ね上がった。

AIで物語のキャラを転生させる。

そんな世界にわたしが今からいけるのか。

うきうきしてきたな。


「向こうの世界にはどんなキャラがいるの?」

「うちの本棚にある物語を片っ端から全部詰め込んだのよ」

「全部?」

「ええ、全部よ。誰でもいると思うわ」


うちの本棚には数千冊の本がある。

その中の物語のキャラが全員って相当な数だ。


「舞姫のエリスとか?」

「ああ、入れたわよ」

「リア王のコーデリアとか?」

「会えると思うわよ」

「春琴抄の鵙屋コトとか?」

「サイリは春琴抄が好きだね。

しょっちゅうその話をするじゃない」

「春琴抄は谷崎潤一郎の最高傑作でしょ!?」


反対意見があるなら対抗馬を挙げてくれ。

徹底的に討論しようじゃないか。


「まぁ、いいわ。

ともかく向こうの世界にいる人物がちゃんとその人らしい会話をしているかどうかを確認してほしいの。

人間らしい会話が出来ているかとか、そのキャラの性格に合わないことを言っていないかどうか、とかとか」

「あぁ、なるほどね」


そういう確認も兼ねているならわたしが適任だ。

うちにある本のキャラならわたしが読んだことある本も多い。

わたしの知っているキャラとイメージを照らし合わせて、AIの出来が確認できるわけだ。

だからわたしに実験を手伝って欲しかったのね。

わたしはアイリの説明を受けて、今から異世界に旅だとうとしている。

ベッドに横になり、意識を外界から自分の内部に集中させる。


「それじゃあ行くわね。心の準備は良い?」

「良いわよ」

「あっ、そうだ。言い忘れていたんだけど」

「んっ?」

「このフルダイブで向こうの世界に行くときって、結構脳に負荷がかかるのよね」

「え?」


このタイミングでさらっと怖いことを言い出した。


「でも、そこまで……大きな負荷じゃ……ないから安心して…………」


アイリの声が遠のくのを感じる。

自分の意識が薄れていく。

眠りにつく前の夢うつつの感覚。


「だ、大丈夫なんでしょうね?」


気を失いそうな頭で必死に口を動かす。


「大丈夫よ……どんなに酷くても……一時的に、記憶を失うくらいの……負荷だから」


それが大丈夫というのだろうか?


「……それって、……や、ば、……」


そこでわたしの現世の意識が途切れ、こちらの世界に来たわけである。

回想おしまいおしまい。




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