第31話 悪徳の栄え~ジュリエット~
わたし達はジュリエットの城に乗り込むことにした。
家での準備に二日。
車での道中に五日かかって、ジュリエットのいるデュラン城にたどり着いた。
「長かったわね」
道中を仔細に語ろうと思えば語れるのだけど、さして面白い話はない。み
んなで前世の思い出を語っていただけだ。
向かっている先がここでなければ、どれだけ平和な車旅だっただろうか。
「ここがあの女の城なのね」
コーデリアが城郭を見上げて言った。
それは、いかにも城っていう感じの城だった。
西洋風の大きなお城。
「よし、火を放て!」
コトがわたし達に号令をかける。
勇ましいなぁ。
「それは駄目よ」
「何故じゃ?
火を放てば大将は逃げ出てくるじゃろ?」
それはそう。
城の中に侵入して様々なトラップをかいくぐり、玉座の間に行って正々堂々と魔王と戦うぜ! なんてまだるっこしい。
火を放つとか、大砲ぶちかますとか外から戦いを挑みたい。
わたしもRPGとか見ていてそう思うけれども。
「このデュラン城はね、おそらくジュリエット以外の人もたくさんいるの」
「そうなのか?」
「ジュリエットは毎日毎晩、人を辱めては殺して遊ぶのが趣味だからね。
世界各地から犠牲になる老若男女を集めているはずよ。
城の中では何人も幽閉したり奴隷にしたりしていると思うわ。
城に火を放つと、そういう人達もまとめて殺しちゃうわよ」
『悪徳の栄え』の作中だと、常に四、五人の使用人は連れていた。
一晩で二百人を血祭りにしたこともある。
この女が生きるためには、常時、生贄が必要なのだ。
「おや、サイリはそんなの構わず、やってしまえと言う方であろう?」
「え?」
「願望のために非道な手段をとることを躊躇う女ではなかろう?」
「コトちゃんのわたしに対するイメージってそんな感じなの?」
「事実じゃろ?」
「まぁ……」
そういうことも無きにしも非ず。
「コーデリアは嫌がりそうじゃがの」
「当り前よ!
なんで罪もない人達を犠牲にできるのよ!」
「まぁ、コーデリアなら、そう言うわよね。
エリスはあんまり気にしないでしょうけど」
「いや、あたしも誰彼かまわず殺してしまうのは、ちょっと……」
ここまで四人で過ごすこと数日。
最長はわたしとエリスの三十日。
最短でもコトと十日。
お互いに誰がどういった思想を持って、何を目指して生きているか、いろいろと分かってきたころである。
「まぁ、そういうわけなので。
城にこそっと侵入して、さくっとジュリエットをやってしまいましょ」
「こそっと侵入なんてできるのか?」
コトがわたしに訊いてくる。
「それなんだけど、囮作戦で行こうと思う」
「囮作戦?」
「二手に分かれましょう。
正面から派手にどんぱちする役と、その隙を見て城の奥まで侵入していく役の二手よ」
「なるほどのう」
わたしは三人に作戦の概要を説明した。
城に侵入して敵を陽動する役をエリスとコーデリア。
こっそり侵入してジュリエットを倒しに行くのをコトとわたしに決めた。
戦力バランスからしてこれが妥当だろう。
「じゃあ、私とエリスは正面から派手に暴れれば良いのね」
「うん。
わたしはコトちゃんを連れて、城の中に忍び込むわ。
長時間暴れるのも大変だろうから十五分で良いわ。
時間になったら城から逃げてちょうだい」
「分かったわ」
というような打ち合わせをして、わたし達は四人でジュリエットのいるデュラン城に乗り込んだ。
しかし、この打ち合わせは大した意味がなかった。
城の門扉を開けると、大きなホールだった。
わたし達四人がそのホールに入ると、正面からジュリエットがやってきた。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん達」
冷ややかで肌に刺さるような口調。
それだけでなく全身から冷気を感じさせるような佇まい。
年は二十後半。
青い瞳に金色の髪。
エリスと似たような色だけど雰囲気は全く違う。
フランス人で、やたらと派手な顔。
そして何より大胆な露出の黒ビキニ。
以前、浜辺で出会った時とは違う柄だけど、やっぱりそんなもの水着と言えるのだろうかと疑問に思える布面積の小ささだった。
「どうも」
わたしは適当に挨拶をした。
「ナイアーラトテップにお嬢ちゃん達を連れてくるようにお願いしたのに、なかなか連れてこないんですもの。
おまけにナイアーラトテップが自分で行くって言ったきり帰ってこないし。
まったく主人を待ちくたびれさせるなんて使用人の風上にも置けないわ。
帰ってきたらどんなお仕置きをしてやろうか、考えていたところだったの。
それがナイアーラトテップが帰って来る前に、あなた達がやってくるなんてね」
ジュリエットは舌なめずりをした。
獲物を前にして、欲望が身体の奥から湧き出ている。
「とりあえず、交渉したいんだけど……」
「うぐおぉおおおおお!!!!!」
わたしが喋ろうとした途端、城のホールに咆哮が響いた。
そして奥から、巨大な男が現れた。
わたし達は何事かと身構えていた。
「あら、ミンスキー。どうしたの?」
ジュリエットは大男に話しかける。ミ
ンスキーと呼ばれた大男は、身体のバランスが不自然でまるで半人半馬のような姿勢だった。
身の丈が二メートルは超えている。
褐色の恐ろしい顔。
ぴんと立った口髭はまるで地獄の悪魔がやってきたのかと思えた。
「お前さんが捕まえてくるような城の中の獲物には飽きたところだった。
もはや精気を刈り取られていたぶっても従順に死にゆくのではつまらない。
久し振りに狩りがしたいと思っておったところだ。
その侵入者、わしに狩らせろ」
骨の奥に嫌悪感を染みつかせる声。
人間離れした顔。
わたしはそいつが何者なのか、すぐに分かった。
「こいつは、まずいわね」
わたしの呟きにコーデリアが反応する。
「知っているの?」
『悪徳の栄え』の登場人物だ。ジュリエットがヨーロッパを旅して周っているときに出会った食人鬼。人間ではあるけれども、人間とは思えない風貌の怪物だ。
「捕まったら肉を食われるわ」
「ひぃ!」
エリスが小さく悲鳴をあげた。
「じゃあ、あたしは上から見ているわね」
そう言ってジュリエットはホールを出て行った。
どこか別の部屋からこのホールを覗いているのかもしれない。
残されたのはミンスキーとわたし達四人。
「さてと」
ミンスキーは右手に刀を構えた。
刃の曲線が特徴的な中国刀。
大きなその刀をふっといその腕で軽々と振り回す。
「てりゃぁ!!」
コーデリアがストームステルの剣を振るう。
風の刃が三本、ミンスキーを襲う。
ミンスキーは刀を軽く振って風の刃を掻き消した。
「ふん、かよわいな。小娘が」
コーデリアはミンスキーの正面に立って睨みつけている。
コーデリアは女の子にしては大柄な方だけれど、こうしてミンスキーと比べると余りにも小さい。
「私はブリテンの王、リア王の三女にしてフランス王妃、コーデリア。
あなたのような下劣な人間に負けはしないわ」
「ほう、イギリスの王女でフランスの王妃か。
これはこれは、久し振りにお偉い様が獲物だ」
ミンスキーはそんな舌なめずりをしていた。
早くわたし達を食べたくて仕方ないらしい。
コーデリアはそんなミンスキーの言葉を無視して言った。
「サイリ、コト。
先に行って。ジュリエットを追いかけて!」
意外な言葉だった。
「コーデリア? 大丈夫なの?」
目の前のミンスキーは相当な強敵な気がする。
見た目からしても前世の行いからしても。
「もとから、私とエリスが陽動の予定でしょ?
任せなさい。私を誰だと思っているの?」
悲劇の王女が頼もしいことを言ってくれる。
「任せたわ、コーデリア!」
わたしはコトの手を引いて走り出した。
「逃がさん!!」
ミンスキーがわたしを目掛けて突進してくる。
コーデリアはストームステルの剣から電撃を放ってミンスキーを止めた。
「うぬっ?」
ミンスキーはその場にたじろぐ。
「行って!!」
コーデリアが叫ぶ。
「ありがと!!」
わたしとコトは何とかしてホールを抜けることができた。
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