第32話 悪徳の栄え~ジュリエット~

サイリとコトは広間を抜け、ジュリエットを追った。

エリスとコーデリアでミンスキーの足止めをする。


「うがあぁぁあああ!!!! わしの、獲物がぁあああああ!!!!」


ミンスキーは天井を見上げて叫び出した。

コーデリアとエリスはあまりのうるささに耳を塞いだ。


「ううっ!」


音とは空気の振動だということがよく分かる。

身体中が空気に振動させられる。

その咆哮は一分は続いた。


「よくも、やってくれたな! 小娘が!」


ミンスキーはコーデリアに怒りを覚えていた。

狙いをコーデリアに定める。


「あんたなんかの好きにはさせないわ」


コーデリアは剣を構えてミンスキーを睨みつける。


「前世からわしの好きにならなかったことはない。

 全地球上の王様がわしを止めようとしても、わしは一切変わるつもりはない。

 それが悪徳を極めた男、それがこのわし、ミンスキーだ!」

「覚悟しなさい、この悪党。

 そのでかい図体をみじん切りにしてあげるわ」


コーデリアは剣をミンスキーに向けて一分の隙も見せない構えをした。

そのコーデリアの背後ではエリスが踊っていた。

オーロラのような淡い光がエリスに合わせて揺れ動く。

退魔の踊り。

もし相手が人間でない魔物の類であれば、追い払ったり弱体化したりできるのであるが、ミンスキーに何らかの影響を与えている様子はない。


「駄目です、コーデリアさん! 

 あたしの踊りは効いていないようです!!」


ミンスキーは見た目が人間離れしているようだけれど、人間ではあるらしい。


「仕方ないわ。

 私のサポートに切り替えて」

「はい!」


再びエリスは踊りだした。

強化の踊り。

退魔の踊りとは別のもの。

これによってコーデリアの身体能力が向上する。


「良い気分よ、エリス。

 これなら負ける気がしないわ」


コーデリアはストームステルの剣を振る。

風の刃が五本、ミンスキーを襲う。

一本一本の火力もさっきより向上している。

しかしミンスキーにとっては大差なかったようだ。

軽くいなされる。


「まったく、魔法というのはやっかいだな。

 遠くからちまちま攻撃してきやがる。

 近づけやしねぇ」

「近づいてこないでよ、気持ち悪い!」


コーデリアは顔をしかめて、ミンスキーに言い放った。


「気持ち悪いだと!? 

 自然に愛されたこのわしを、気持ち悪いだと!?」


ミンスキーはコーデリアの言葉に怒り出した。


「あんたのどこが自然に愛されたって言うのよ?」


コーデリアは呆れて言い返した。


「ふむ。分からぬか。

 それでは、わしの自己紹介でもしようか」

「必要ないわ。聞きたくないもの」

コーデリアは拒否したが、ミンスキーはコーデリアの言葉を無視して語り始めた。

「わしの名はミンスキー。

 わしはロシアの小さな町で生まれた。

 父は莫大な財産をわしに残して死んだ。

 その上、自然がわしに与えた肉体的能力や嗜好もこの財産にふさわしい巨大なものだった。

わしの欲望の及ぶところは世界全体と比べても狭すぎる。

生まれつき道楽者で宗教嫌いで放埒者で、血を見るのが大好きで、残忍な性質のあるわしは、人間の悪徳を知るために世界を周り、二十年間悪徳を極めるべく精進したのである」

「聞きたくないって、言っているでしょ!」


コーデリアは次々と剣を振って風の刃で攻撃する。

ミンスキーは軽々といなしながら話を続ける。


「例えば弱者というものは自然がわれわれ強者の必要と快楽を満足させるために与えた家畜だとわ思わないかね。

 人間の弱者と飼育場の家畜の違いが分かるかな? 

 弱者と家畜の違いはその性格の違いだ。

 家畜というものは従順で大人しい。

 我々の寛容なあしらいを受けるに値する。

 しかし弱者は悪意を持ち、人をだまし、裏切り、不誠実を働く。

 こういった弱者の意識は永遠に完治しない。

 過酷と乱暴なあしらいしか受けるに値しないということだ」

「まったく! 意味が! 分からないわよ!!」


コーデリアはミンスキーの顔面めがけて斬り込んだ。

しかしそれもミンスキーの刀で弾かれる。


「ふん。王女とは言っても、教養のないものだな」

「人を虐げる趣味の何が教養だと言うのよ!?」

「気質的に邪悪な、本能的に残酷な、趣味的に獰猛な人間こそ大自然に近いということだ」

「自分に都合の良い身勝手な理屈でしかないじゃない!」

「身勝手などではない。

 これが自然の摂理だ」


そう言うとミンスキーはコーデリアから距離を取った。

左手を掲げて何らかの合図を送る。


「何?」

「少々、喋り疲れたのでな。小休止だ」


突如、ミンスキーの前に大きな丸テーブルが現れた。

テーブルには、人が横たわっていた。

裸の少女が目をつむって倒れている。


「え?」


ミンスキーはフォークを構える。

テーブルの少女の腹肉をフォークでえぐり取って口に含んだ。


「貴様!!」


コーデリアは今まで以上の速さでミンスキーに切りかかった。

しかしミンスキーは難なく躱した。

もしゃもしゃと少女の肉を咀嚼している。

少女に反応はない。

もとから死んでいたようだ。

横腹から血と内臓を流している。


「食事の邪魔をするとは、野蛮な国の王女だな」

「何故、人を食った!? 

 罪もない少女を、少女を!!」

「人肉の良さを知らぬのか。

 わしは毎日人肉を食しておる。

 試しに食してみよ。

 人肉は結構な栄養物で力と健康と若々しさが手に入ることが如実に分かるぞ」

「ふざけるな!!」

「一度でも味わってみれば、もう他の物はまずく感じてしまうぞ。

 どんな獣肉、どんな魚介を持ちだしてきても、この人肉に並ぶほどの肉は一つもない。

 絶対に飽きることを知らない。

 わしは毎日二十人の肉を食っておる」

「黙れ!!」


余りの非道さに、コーデリアは涙を流していた。

泣きながらミンスキーに斬りかかる。

しかしミンスキーは軽々と躱す。

この大きなホールの中、コーデリアとミンスキーが動き回る。

ミンスキーが少女のテーブルから離れた隙に、エリスはテーブルの上で死んでいる少女に駆け寄った。

少女は目をつむって死んでいた。

腹が破れているが、苦しんでいる顔ではない。

安らかな寝顔をしているのがせめてもの救いだった。


「そろそろ、こちらも攻撃しようかの」


今まで回避しかしていなかったミンスキーが立ち止まった。


「でえりゃぁあああ!!!!!」

「ふん!」


コーデリアが渾身の力を込めて剣を振る。

しかしミンスキーの刀に弾かれる。


「くっ!」


「そうだな、わしの寝室をお見せしよう」


ミンスキーは右手を上げて、紐を引く動作をした。


「んっ!?」


コーデリアの周囲に様々な武器が現れた。

ナイフ、火矢、鞭、ハサミ、ノコギリ、棍棒、ペンチ、熊手、麻縄、ピストル等々、それらが嵐のように一斉にコーデリアを襲う。


「喰らいな!」

「うっくっ!!」


コーデリアは直撃をさけて、武器の嵐から逃げ出した。

床に転がる。

しかし、攻撃のいくつかは命中していた。

左腕に火傷、右脚に切り傷ができた。

他にも切り傷がいくつも。


「コーデリアさん!?」


エリスは慌ててコーデリアに近寄る。


「痛いわね……」


エリスはコーデリアの容態をうかがう。

少々怪我をしてしまったけれど、致命傷ではないようだ。

戦えそうではある。

しかし身体に激痛が走っているようで、表情は険しい。


「ふむ、逃げられたか」


ミンスキーは不服そうに吐き捨てた。


「今の攻撃は何よ?」


コーデリアが訊く。


「わしの寝室にはな、十六の処刑道具が揃っておる。

 わしが合図を送ると十六人を同時に殺すことが出来る。

 それも十六人がそれぞれ別々の死に方をする。

 失血、窒息、炎上などなど。

 ああ、素晴らしい。

 これらが同時に行われるのだ。

 素晴らしいだろう!?」

「悪趣味なだけだっての……」


コーデリアは威勢よく言い返そうとしたが、身体のダメージもあって弱々しい。

今にも地面に倒れそうだった。

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