第33話 悪徳の栄え~ジュリエット~
エリスとコーデリアはミンスキーに苦戦を強いられていた。
「お前さんは剣で魔法を使えるみたいだが、わしはこの城内では好きな武器を思うがままに操れる。
これがわしにこの世界で与えられた魔法だ。
悪徳を極めたわしにふさわしい魔法だの。
他にもこういうのもある」
ミンスキーはテーブルの少女に近寄った。
少女の胸肉を抉って食べる。
「っく!! 貴様!!」
コーデリアは威勢の良い言葉を放ったけれど、すぐに攻撃する体力は無かった。
「むう、味が落ちているな。こんな味だったか?
おかしい。
もっと美味しかったと思ったのだが。
あれか、死んでから時間が絶ち過ぎたか。
もったいない。早く食べてしまうか。
お前らはこいつらの相手でもしてくれ」
ミンスキーが合図をすると、一斉に魔物が現れた。
その姿は見たこともない動物たちだった。
クマやライオンやヒョウやトラの類。
けれど、毒々しい色をしていたり妙な触手が生えていたりと、見たことある動物たちとはどこか違う。
魔物の数は二十。
その魔物たちがコーデリアに狙いを定める。
「コーデリアさん!!」
エリスはコーデリアをかばうように正面に立った。
そして退魔の踊りを舞う。
「エリス、大丈夫?」
「大丈夫です。
あたしの踊りで魔物たちの動きは鈍っています」
魔物たちはエリスとコーデリアの周囲を囲んで様子をうかがっている。
今にもこちらに飛び掛かって来そうな雰囲気だったが、エリスの踊りが効いているらしい。
一定距離から近づいてくることは無い。
「ふんっ! お前らが惨たらしく喰い荒らされる様を見たいのだがな」
「誰が食われるものよ!」
コーデリアは言い返すがどことなく力がない。
「早く悲鳴をあげて惨たらしく血を流してくれ。
そうでないとこの女の肉がまずくて仕方がない」
そう言ってミンスキーは少女の頬肉を噛みちぎった。
血飛沫が舞う。
目をそむけたくなるような光景だったが、コーデリアは目を離さなかったし、エリスも踊るのを止めなかった。
膠着状態が続く。
エリスは魔物たちを止めるために踊り続けている。
しかしこのままだと打開する手段がない。
「エリス、あとどのくらい踊れる?」
コーデリアは踊っているエリスに話しかける。
「任せてください。
前世では一時間のステージだって軽く踊り続けていたんです。
まだまだ大丈夫ですよ」
「そうか。しかし、わしは退屈になってきたな」
ミンスキーは右手をあげて合図をした。
するとまたテーブルが出てきた。
そこには新しい少女。
やはり裸の少女が目をつむって倒れている。
「貴様、まだ人を食べるのか!?」
「わしは毎日二十人の肉を食っておる。
お前が踊り疲れるまで、わしはここでのんびり肉を食して待つとしよう」
そう言ってミンスキーはむしゃりと少女の腕にかじりついた。
「このっ……」
コーデリアは今にもミンスキーを止めにかかりたかったが、身体がついてこない。
こんなぼろぼろの身体でミンスキーに突っ込もうものなら、周囲の魔物にやられてしまう。
「コーデリアさん、落ち着いて!」
エリスは踊りながら、コーデリアに話しかける。
「大丈夫、私は冷静よ」
コーデリアは歯がゆくて仕方ない気持ちを必死に抑えていた。
しかし何らかの策を講じないと、このままではやられてしまう。
「コーデリアさん、あたし達が初めて会ったときのことを覚えていますか?」
「こんなときにどうしたの?」
「コーデリアさんは言っていましたよね。人はなんでこの世に泣きながら産まれてきたかって」
もう一月以上前の話だ。
「ええ、そんな話をしたわね。
人は産まれるとこの阿呆の大いなる舞台に出たと知って悲しくて泣くの。
誰かの言いなりになって、言われた通り舞台で踊るのが生きるということよ」
なんだか懐かしい。
リア王の有名な台詞だ。
「今でも、そう思いますか?」
「いいえ。
あなた達と旅ができて幸せだったわ。
この世界が阿呆の大いなる舞台だなんて思えない」
「ですよね。
あたしはこうして、コーデリアさんのために踊ることができて幸せですから」
そんな話をしていると、ミンスキーが茶々を入れてくる。
「おいおい、死に際の会話にしては綺麗すぎやしないかい?
もっと怯えて泣き叫んでくれないと興覚めだぜ」
「いいえ。
あたし達は死にません。死ぬのは、あなたです」
エリスは踊りながらミンスキーに告げた。
ミンスキーはそんなエリスの言葉を鼻で笑った。
「はっ、何をたわけ、た、……ことを、…………を、……おお?」
ミンスキーの身体がぐらりと揺れた。視界が薄くなる。
「え?」
ミンスキーの急変にコーデリアが驚きの声を上げる。
エリスは踊りながらもほっとした顔を見せる。
「やっと、効いてきたみたいですね」
「な、なんだ、こ、これは……?」
ミンスキーはふらついている頭を抑えながら、踊っているエリスを睨みつける。
しかしその目は虚ろだった。
「さっきの女の子を食べたときに言っていたじゃないですか。
『味が落ちているな。こんな味だったか?』って。
あれは、あたしが女の子に毒を塗ったからです」
「な、なんだ、と、……」
ミンスキーは床に膝を突いた。
目に見えて弱っている。
周囲の魔物たちもどこかへ消えてしまった。
ミンスキーの魔力で維持できなくなったようだ。
「あなたがコーデリアさんと戦っている間に、女の子から離れたじゃないですか。
その隙に塗りました。
チョウセンアサガオの毒です。
口に含むと二十分程度で喉が乾き,体のふらつき、幻覚、妄想、悪寒など覚醒剤と似た症状が現れます」
あれはもう何日も前の話。
エリスとサイリでダンス動画を撮ろうと公園を散策していたら見つけたチョウセンアサガオ。
あのときは毒だと教えられて、近づかないようにしなきゃと思ったけれど、何かに使えるかと思って持ってきていた。
コーデリアは踊りを止めた。
ポケットに入れておいた毒瓶をミンスキーに見せる。
「コーデリアさん。とどめを!!」
「任せて!!」
ずどっん!! という音とともに風の刃がミンスキーを襲う。
ミンスキーの身体は細切れになった。
「勝ちましたね」
エリスはコーデリアに言った。
「ええ。二人で勝ち取った勝利よ。
ありがとう、エリス」
「こちらこそ。
ありがとうございます、コーデリアさん」
「しかし、死んでいる女の子に毒を塗るなんてよくできたわね。
かなり勇気がいるでしょ」
「コーデリアさん。
あたしたちが初めて出会ったとき、サイリさんが出したクイズを覚えていますか?」
「クイズ?」
「ええ。
『ある男が一人も殺していないのに、十二人分も死体ができた。
いったいなぜか?』
っていうやつです」
「ふふっ。
そんなクイズあったわね」
コーデリアは思い出して笑った。
グリム童話の『なぞ』の話。
男は自分に毒を盛られるところだった。
その毒は馬が浴びて馬が死んでしまった。
馬の肉をカラスが食べた。
そのカラスの肉を食べた十二人が死んでしまった。
それと似たようなことをエリスは仕掛けたのだ。
「あたしだって、やるときはやるんですよ」
エリスは力こぶを作って見せた。
「そうね。今日はかなり頼もしかったわ」
「でも、流石に女の子にはひどいことをしました。
祈っておきますね」
エリスとコーデリアは二つの女の子の死体に祈りを捧げた。
手を組んで目をつむる。
殺したのはミンスキーなのだけれど、死体を道具として利用してしまった。
どうか安らかに。
「あとは、サイリとコトの方ね」
「無事に、ジュリエットを倒せていると良いのですけど」
「追いかける?」
「ちょっと休憩したいです。
さっきは、まだまだ踊れるみたいなことを言っていましたけど、実は体力の限界ぎりぎりだったんです」
「私もよ。
最後に撃ったストームステルで体力の限界。
ちょっと休みましょう」
エリスとコーデリアの二人は手を繋いで、壁にもたれかかった。
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