第34話 悪徳の栄え~ジュリエット~
「サイリ、速い、速すぎるぞ!!」
「ご、ごめん!」
わたしはコトの手を引いて城内を走る。
しかしコトは走るのが苦手だ。
仕方ない。
身体は九歳だし、目が見えない。
わたしの気持ちは焦っているから自然と足が速くなるが、コトを連れて慌てる訳にはいかない。
わたしはコトに合わせた速さで先を急ぐ。
「ジュリエットとやらが、どこに行ったか分かるのか?」
「いや、分からないわ。とりあえず上の階に向かっているけど」
「まぁ、大将は城の天守閣にいるものじゃと、昔から決まっておるからの」
廊下を進んでいくと、突き当りに大きな扉があった。
扉を壊す勢いで体当たりをして開ける。
そこは広間だった。
玄関のホールほどではないが広い部屋。
ダンスパーティぐらいならできそうな部屋だった。
そんな部屋の中央にジュリエットが立っていた。
「……ジュリエット………」
まるで宿命のライバルみたいな雰囲気の邂逅を演出してみた。
しかしそんな熱い思い入れがあるわけではない。
むしろ恐怖を与えてくる嫌悪しかない。
「あら、ミンスキーったら取り逃がしているじゃない。
役立たずね」
ジュリエットは自分のスマホを見ていた。
ホールの様子が分かるのだろう。
「観念しなさい、ジュリエット。
ナイアーラトテップもさっきのミンスキーもいないあんたに何ができるのかしら?」
わたしはジュリエットに指を突き付けた。
「あら? 観念って何かしら?」
「あんたには死んでもらうわ」
わたしはきっぱりと宣言した。
「あら? どうして?」
ジュリエットはとぼけて言う。
「あんたみたいな危険なやつを生かしておいたら、わたしの身が危ないからよ」
「あらあら。存外、単純な理由なのね。
てっきり正義や美徳を問いただしてくるかと思ったのに」
「コーデリアなら、正義の名のもとに悪を断罪するとか言いそうね。
でも、あんたにそんな説法が通じないことは分かっているのよ」
わたしは『悪徳の栄え』を読んだから知っている。
この女が悪徳を誇りにして、正義や美徳を軽んじていることは分かっている。
「なら話は早いわね。
罪悪の総量がその重さにおいて美徳の総量にまさるということは疑いようのない事実よ。
罪悪が勝利し美徳が辱められるのが自然の法則。
さぁ、戦いましょう。
あたしは悪徳の栄えジュリエット。
あんた達を辱めて大自然の快楽を享受してあげるわ」
「コトちゃん、演奏を始めて!」
「残月!」
コトは三味線を弾き始めた。
コトの周りに魔法の鳥が舞う。
二十、三十、四十、五十。
以前見たときより数が多い。
それだけコトも本気だ。
鳥たちが一斉にジュリエットを目掛けて突っ込んでいく。
「ロレット!!」
ジュリエットが呪文を唱える。
ジュリエットの周囲に障壁が現れた。
障壁といってもぺたんとした壁ではない。
その障壁は少女の形をしていた。
裸の少女の肉体を、自らを守るための壁として使っていた。
超悪趣味。
コトの鳥たちは少女の壁にかき消されてしまった。
「防がれたか?」
「ええ。魔法の壁を張って防がれたわ」
目の見えないコトのために説明する。
どんな壁かは説明しない方が良いだろう。
鳥たちについばまれた少女の身体が血を流しながら崩れていく。
恐らく本物の少女の身体ではない。
魔法で少女を模したものだろう。
とはいえ、人の形をしたものが惨たらしい様をしているものは気分が良くない。
「なかなか美しい散り様ね」
ジュリエットは崩れた少女の壁の破片を踏みつけながら言った。
気分が悪くなっているわたしとは対照的に、ジュリエットは気分爽快といった感じだった。
「本当に悪趣味ね」
わたしは吐き捨てるように言った。
「悪徳を楽しめないなんて哀れな感性ね」
アクロバティックな哀れまれ方をしてしまった。
「あくまであんたは悪徳の方が上位の感性だと主張するのね」
「当然よ。
美徳なんかより悪徳の方が遥かに気持ち良いのだから。
それに悪徳の方が優秀だということは、転生したこの世界も証明していることだわ」
「この世界が?」
ジュリエットの言葉なんて聞き流そうと思っていたけれど、気にかかる言葉が耳に入って動きを止めてしまった。
続きが聞きたくなってしまう。
コトに小声で攻撃の手をゆるめるように指示する。
「あなたは気付かなかったのかしら?
この世界がくれた贈り物に」
「贈り物?」
「この世界では前世に無かった魔法の力が与えられたわよね?」
「そうね」
わたしはこのピートガンという魔法の銃が使える。
エリスは魔法の踊りが使える。
コーデリアは魔法の剣が使える。
コトは魔法の三味線が演奏できる。
「あたしは前世で悪徳を極めた人生を送ったのよ。
その悪徳がこの世界では魔法という分かりやすい力となって与えられたの。
だからあたしの魔法は誰よりも強いのよ」
「あんた、そんなに強いの?」
腹立たしい自信だな。
「ええ、強いわ。
この世界であたしに勝てる人間はいないわ。
だからこそ、ナイアーラトテップもミンスキーもあたしに従っているのよ」
そういえばナイアーラトテップもジュリエットに従っていた。
クトゥルフ神話でも上位の神なのにジュリエットなんていう一人の女に従っているのは不思議だと思っていたけれど。
やはりジュリエットがそれほどまでに強いということか。
「あんたは、どんな魔法が使えるって言うのよ?」
さっき少女の形をした肉の壁を出してはいたけれど。
「あたしは前世で行った悪徳を魔法で再現できるの。
例えばこんな風にね。
デュランの鞭!!」
唐突にジュリエットの手から鞭が伸びる。
十メートルの先から攻撃してきた。
そのターゲットはわたしではなくコトだった。
「危ない!!」
コトは強い。
ジュリエットを倒せるくらいに強い。
ギンノイトもそう言っていた。
だからこれはわたしの失策だ。
ジュリエットの話が聞きたくなってコトの手を止めてしまった。
コトは攻撃面は強いけれど、目が見えないから相手の攻撃を察知できない。
せめて防御用の魔法鳥は出してもらっておくべきだった。
完全にわたしのミスだ。
わたしはコトの正面に立ってかばう。
こんなに急だと受け身もとれない。
ぱっっちん!!!!
と激しい音がした。
わたしの頭に鞭が命中した音だ。
わたしの脳に強い衝撃が走る。
「サイリ!?」
激しい音に対してコトが反応する。
いやぁ。やらかしちゃったな。
この四季咲サイリともあろうわたしがこんなしくじりをするなんて。
わたしは脳にダメージを感じながら床に倒れる。
でもすぐに分かった。
致命傷ではない。
多少意識が朦朧とするけれど、死んではいない。
「あらあら。
頭に直撃したらさすがに痛いでしょ?」
意識の遠くでジュリエットが喋っている。
あぁ、痛い、痛いよ。
人生でこんな痛い思いをするのは初めてだ。
そう十八年のわたしの人生で初めてだ。
人間ってこんなに痛い思いをしても死なないのね。
勉強になったわ。
ありがとう。
嬉しくないけどありがとう。
ジュリエット、お礼にこの世界からその存在を消してあげるわ。
わたしは立ち上がってピートガンを構える。
「サイリ、凄い音がしたが、大丈夫か?」
コトが心配して声をかけてくれる。
「大丈夫よ。
全て解決したわ」
そう。
全て解決した。
というか今から解決する。
「ねぇ、ギンノイト」
「どうしましたか?」
「痛覚を弱くすることってできる?
この状態だと痛すぎるのよ」
「分かりました。
痛覚を最小限にします」
わたしの頭から痛みが消えていく。
よし。
「ピートガンに必殺技みたいなものはある?」
わたしはギンノイトに訊く。
「イレイサーモードがあります。
この世界にある物体を強制的にデリートします」
「じゃあ、それで」
ぴっずぅううぅん!!
わたしはピートガンを発射する。
最大出力はいらない。
ボールペン程度の大きさの魔力。
その魔力でコーティングされたキャップがジュリエット目掛けて放たれる。
ジュリエットは少女の障壁で身を守る。
しかしわたしのピートガンの放った弾は障壁ごとジュリエットの左腕をぶち抜いた。
「えっ!?」
ジュリエットは驚きの声を上げた。
守れるつもりだったのだろう。
そんなジュリエットの左腕はもとから無かったかのように消し飛んでいた。
「次は心臓を撃ち抜いてあげるわ」
わたしは予告した。
「あなたは、一体、何者なの?」
ジュリエットは目を丸くしていた。
自分が負けそうなことが信じられないのだろう。
その場に座り込んでしまった。
「この世界に来てからね。
わたしは自分が何者か分からなくて困っていたのよ。
以前の記憶が無くてね。
なんとか手掛かりがないかなって色々と試してみたものよ」
それが頭を鞭で撃たれた衝撃で思い出すなんてね。
思いもよらなかったわ。
脳科学には詳しくないのだけれど、記憶喪失って頭を叩いて治るものなのかしら?
にわかに信じられないけれど、治ったのなら良いや。
わたしはジュリエットに近付く。
床に座り込んでしまったジュリエットの頭に銃口を当てる。
そして告げる。
「わたしはこの世界を作った神……」
「神!?」
「……の妹よ」
「……………………」
「……………………」
「……神の妹?」
締まりの悪い言い方になっちゃった。
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