第4話 舞姫~エリス~

エリスはこの世界の仕組みについて説明してくれる。


「前世のあたしはすぐに死んでしまいました。

 ただ、こちらの世界では好きな年齢からやり直せるとのことだったのです」

「好きな年齢?」

「ええ。自分でやり直せる年齢を自由に決めていいとのことでした。

 そこであたしは十七を選びました。

 それなのであたしの今の見た目は十七です。

 中身は二十半ばですけれど」

「ふむふむ」


生まれ変わりって0歳からやり直すわけじゃないのね。

成長仕切った段階から人生をやり直せるなんてありがたい話だ。

都合が良いというか。

でも、わたしの読んだことのある異世界転生小説もこんな感じだった。

実際に死んでみるとこのくらい気楽な方がありがたい。

というかそうか。

わたしは死んだのか。

一度死んでしまって転生して、ここにいたのか。

死んだ実感はないけれど悲しいな。

いや、転生できたことを喜ぶべきか。

死んで無になるより意識が繋がったのは有難いことだ。

わーいわーい!


「サイリさんの前世は、どんな人生だったか思い出せないのですよね?」


エリスは心配そうに訊いてくる。


「そうなのよ。

 気付いたらこの世界にいたの。

 誰かがこの世界について説明してくれることもなかったわ」


エリスと格差を感じる。

もしやわたしは前世で悪いことでもしたのか? 

何かしらの罰で、説明もないまま転生してしまったのか?


「それは大変ですね。困ることがいっぱいあるでしょう?」

「ええ、そうなの。分からないことだらけよ。

 でもエリスに会えて良かったわ。

 他にはまったく人がいないんだもの。

 コンビニやショップに行ってみたけど誰もいないし」

「そうですね。

 お店は基本的に無人ですからね。

 商品管理や清掃はロボットがしていますし」

「商品管理や清掃もロボットがしているの!?」


わたしは驚いた。

そうか。

それで誰もいなかったのか。

無人のコンビニで「すみません! すみませーーーーん!!!」と叫んでいたのか。

虚しいことをしていた。


「あたしの前世にいた時代よりずいぶんと発展した科学技術でびっくりしました。

 サイリさんはどのくらいの時代を生きていたんですか?」

「曖昧な記憶だけど西暦二〇三〇年を生きていたと思うわ」

「あたしより随分と未来からいらしたんですね。

 あたしは西暦一八七〇年頃を生きていました」

「生きた時代にかなりの差があるわね」


わたしとエリスは死んだのが同時期というわけではないらしい。

わたしの方が一六〇年くらい未来なのか。

一八七〇年というと日本なら江戸時代の末期。

ドイツならプロイセン憲法紛争をしている頃かな?


「他の方から聞いたことがあるのですが、この世界はおおよそ二一〇〇年くらいの科学技術なのだそうです」

「なるほど。

 わたしのいた時代よりちょっと未来なのね」


ということは前世で二一〇〇年くらいを生きて、それからこの世界に来た人もいるのかな?


「お会計もスマホを持って入り口を通るだけでできるのでびっくりしました」

「ちゃんと自動決済ができるのね」


わたしの時代でもたまに見る光景ではある。

でも、そうか。

一八七〇年代だと携帯電話なんてないのか。

有線電話がこれから普及していく時代だ。

スマホなんて多機能な通信端末を初めて見たら、未来技術過ぎてびっくりしただろうな。


「店に行かなくてもネットで注文したら商品を届けてくれますし」

「通販もちゃんとしてくれるのね」

「最近、物騒になってきて外を出歩くのが怖くなってきたんです。

 だから通販はすごく助かります」

「物騒? 

 そういえば謎の鳥がいたわね。

 あれ、よく出るの?」


エリスとのお喋りに夢中で忘れかけていた。

さっきまで、わたしは襲われていたのだ。

そこをエリスに助けてもらったのだ。


「あたしがこの世界に来て一年くらいになります。

 それがここ一ヶ月でこの町に妙な怪物が出るようになったんです」

「さっきみたいな?」


霜と硝石にまみれた翼。

たてがみの生えた馬のような頭。

およそこの世の生き物とは思えない鳥。


「そう、さっきのみたいな怪物です。

 おどろおどろしい怪物が人をさらっていくのです。

 さっきみたいな変な鳥だけじゃありません。

 いろいろいますよ」

「いろいろ?」

「ええ。

 例えば、いろんな動物をくっつけた感じのやつとか。

 タコに似た六眼の頭部、顎髭のように触腕を無数に生やし、巨大な鉤爪のある手足、水かきを備えた二足歩行の姿、ぬらぬらした鱗かゴム状の瘤に覆われた緑色の身体、背にはドラゴンのようなコウモリに似た細い翼を持った姿をしている怪物もいるそうです。

 わたしは直接見ていませんが、声は聞いたことがあります」

「随分といろいろくっついているわね……」


そんな怪物とは出会いたくないな。

しかし、なんか聞いたことがあるような特徴だな。

なんだっけ? 

キメラじゃなくて、鵺じゃなくて。

う~ん。

思い出せないな。


「せっかくこっちの世界で出来た友達も連れ去られてしまいました」


直接実害があったのか。

怖さが身近に感じられる。


「こっちの世界はとても平和な世界かと思ったけれど、そうでもないみたいね」

「そうなんです。

 それまでは本当に幸せな世界に生まれ変わって、良かったと思っていたんです。

 幸せだと思っていたんです。

 それがこの一ヶ月で様変わりしてしまいました。

 日々怯えて引きこもる暮らしです」


ここ一ヶ月か。

かなり最近の期間ね。


「それは、困ったことになっているわね」

「ええ、そうなんです。

 だからこの町の人はあまり外を出歩かなくなってしまいました。

 みんな家に引きこもって生活しています。

 幸い通販があれば必要な物は届けてくれますし、引きこもっていても生活に困ることはないです」


なるほどね。

技術発展が追いついているから、そこまでの不便はないのか。


「でも、それって配達の人は危なくないのかしら?

 荷物を運ぶ途中で襲われない?」

「あっ、配達は全部ロボットがしてくれます」

「わたしの時代より、かなり技術が発展してる!?」

「地下に配達ロボット専用の道があって、注文した商品を届けてくれるのです。

 商品はそこのボックスにきます」


エリスは部屋の隅にある赤い箱を指さした。

ポストくらいの大きめの箱だった。

この世界の家には必ず置いてあるのだろう。


「便利な時代、というか便利な世界なのね」

「ええ。

 生活に不便はないです。

 でもやっぱり他の人と会えないのは寂しいです」

「そうよね」


日々、危険を避け孤独に生きるのは辛いだろう。

せっかく生まれ変わって安穏な第二の人生を歩み始めたのに出鼻をくじかれている。


そんなことを話しながら、わたしもエリスもハンバーグを食べ終えていた。


「それじゃあ、片付けますね」


エリスは立ち上がって、食卓の片付けをしようとした」


「あっ、ペットボトルのキャップをもらって良い?」


わたしは空のペットボトルを指さした。

わたしとエリスで飲み干した天然水のペットボトル。


「え? 

 ペットボトルのキャップですか?

 良いですけど、何に使うんですか?」

「集めているのよ」


エリスは不思議そうな顔をしていたけれど、わたしに渡してくれた。

わたしはキャップをスカートのポケットにしまった。


「今晩はどうします? 

 夜道は危ないですしここで泊っていきますか?」


窓越しに外を見る。

気付けば日も暮れていた。


「ぜひ!」


わーい! 

美少女とお泊りだ! 

わたしは諸々の不安を忘れて目の前の幸福を迎えようと意気込んだ。

エリスの青い瞳をじっと見る。

今夜は語り明かすぞ! 

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