第8話 舞姫~エリス~

わたしとエリスは手を繋いで、わたしの家に向かって歩いた。

家まではすぐだった。

森に入って五分も歩いていない。

家の外観をじっと見る。

昨日はじっと見ていなかったけど、こんな家だったのか。

よくありそうな日本家屋。

二階建て。

窓は多いから部屋数も多そう。

わたし一人に与えられる家としてはかなりでかい。

持て余しそう。


「大きい家ですね」


エリスが率直な感想を述べる。


「そうね。一人で住むにはもったいないわ」


エリスの住んでいた家の倍はある。

わたしは転生したついでに随分と良い家をもらったものだ。

なんでこんな好待遇の転生先になったんだろうか?

前世の徳が高かったのかな?


がっちゃんと玄関のドアを開ける。

自分の家だと思うと、鍵をかけていないのは不用心だったと思う。

しかし昨日はそこまで気が回らなかった。

自分の家かどうかもよく分かっていなかったから仕方がない。


「お邪魔します」


エリスが小声で挨拶をした。

礼儀正しいな。

わたしの家のリビングに入った。

十二畳くらいのリビング。

四角いテーブルは四人掛け。

その上にぽつんと一つ、スマホが置いてあった。


「これがわたしのスマホということね」

「そうです。大事なやつです」


銀色の本体に黒い液晶。

スマホといえばこの形。

よく見るスマホだ。

わたしはホームボタンにタッチする。


「おお!」


ホーム画面が開いた。青色背景の画面が表示される。


「話しかけると、いろいろ教えてくれます」

「話しかけると?」

「ええ。ちゃんと言葉が伝わるんです」

「音声認識できるし、バーチャルアシスタントまでついているのね」


スマホとしてそれなりの機能は搭載されているってことか。

訊きたいことはいろいろあるけれど、まずは何から言おうか。


「Hey Siri !」


一番有名なバーチャルアシスタントの名前を呼んでみた。


「すみません。私の名前はSiriではありません」


電子音声が返事をする。

人工的な女性の声。

この子の名前はSiriではなかったらしい。

名前が違うのに自分が呼ばれたことは理解出来たようだ。

高性能。


「あなたの名前は?」

「私の名前はギンノイトです」


ギンノイト。

スマホから聞こえる電子音声はそう告げた。

銀の糸ってこと? 

どういう意味だ? 

ぱっと意味を理解することは出来なかったけれど、分からなかったら聞けばよい。

それがバーチャルアシスタントだ。


「ギンノイトってどういう意味?」

「芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』の話です。

 お釈迦様は地獄にいるカンダタに救いのため蜘蛛の糸をかけます。

 その極楽にいた蜘蛛は美しい銀色の糸をはくことに由来します」


なるほどね。

芥川か。

地獄から天国への案内の糸ってことか。

クモノイトじゃなくてギンノイトを名前にするのね。

洒落ているわ。


「どういうことですか?」


エリスにはぴんと来ていないようだ。

まぁ芥川はエリスより後世の作家だし、そもそも日本文学なんて知らないだろうしね。


「そういう小説があるのよ。日本では有名なの」


舞姫とどっちが有名だろうかな?

流石に蜘蛛の糸の方が有名かも。

小学校の道徳の授業でもよく使われている。

あとでエリスにも説明してあげよう。

蜘蛛の糸の話は分かりやすい。

あらすじを話すことくらいは簡単だ。


「ねぇ、ギンノイト。

 わたしの名前が分かるかしら?」

「あなたの名前は四季咲サイリです」


正解だ。

四季咲サイリ。

わたしの名前は四季咲サイリ。

記憶がいくらか無くなっているとはいえ、名前は思い出し間違っていなかった。

良かった良かった。


「ねぇ、ギンノイト。わたしの年齢は?」

「四季咲サイリの現在の年齢は十八歳です」


おぉ、知っていたのか。

というか、そんなことも知っているのか。

そしてわたしの年齢は見た目通りの十八歳で良かったのか。


「わたしは今、おかねをいくら持っている?」

「四季咲サイリの所持金は十万円です」


わたしはちゃんとおかねを持っているのね。

それならひとまずの生活はできそうだ。

そして単位は円で良いのね。

日本準拠で良かったわ。

ここでオーストラリアドルですなんて言われても物価の想像が付かない。


他の質問もしておこうか。


「わたしはこの世界でどんな魔法が使えるの?」


わくわくしながら聞いてみた。


「四季咲サイリは魔法を直接使うことはできません」

「え? 使えないの!?」


エリスのように何らかの力をもらっているものだと期待していたのに。


「四季咲サイリの武器はピートガンです」

「ああ、これ?」


わたしはスカートのポケットから銃を取り出す。

銀のリボルバー。

そういえば、これを作ったときにそんな名前にした。

そう、わたしが設計したピートガン。

うろ覚えだけど、わたしともう一人で協力して作った気がする。

どういう経緯で、何のために作ったかは思い出せないけれど、そうか。

わたしのこの世界での武器はこれだけか。

心許ないな。

あの怪物に通用するかな? 

聞いてみよっか。


「ねぇ、ギンノイト。昨日の怪物は何?」

「すみません。よく分かりません」


そりゃそうか。

ギンノイトはあの怪物を見てもいないし、声も聞いていないものね。


「このピートガンって強いの?」

「この世界で身を守るには充分な強さです」


ほう。

曖昧な質問だったけれど、ちゃんと答えてくれた。

そして頼もしい返答。

ちゃんと強いんだ。

それを聞いてちょっと安心した。


「とりあえず、ご飯にしましょうか」


わたしはエリスに提案した。


「もう良いんですか? 

 もっとたくさん聞いておいた方が良くないですか?」


訊きたいことは、ままあるんだけど。


「一度にいろいろ聞いても整理しきれないからね。必要になったらまた訊くわ」

「それもそうですね」


エリスは私の言葉にすぐに納得してくれた。


「お昼にしましょう。

 わたしもお金があるみたいだし」


この世界に現れる怪物も気になるけれど、目先の食料確保も大切だ。

わたしはエリスにネット注文の仕方を教わった。

教わったといっても、エリスの教えてくれたことはわたしの知識とほぼ変わらなかった。

スマホは直感的に操作できるようにUIデザインが洗練されている。

なんとなくで操作しても困ることはなかった。

人類の技術が進歩している。


わたしはお昼ご飯にうどんを頼んだ。

エリスはパスタを頼んだ。

わたしの家のリビングにもエリスの家と同じように、宅配用の赤いボックスがある。

スマホで注文したら、そこにレストランのように作りたてがそのまま運ばれてきた。


「これは便利ね」


ちゃんとした出前も頼める。

これなら外に出る必要もなくなりそうだ。

家に引きこもっていても衣食住に不安がない。



こうして腹を満たした一息ついたころ。エリスがわたしに訊いてきた

「これからどうします?」

「どうって?」


漠然とした質問だった。


「この世界で何をして過ごしますか?」

「ん~、そうね」


ひとまず生活の基盤は出来た。

それなりに不自由なく過ごすことはできそうだ。

怪物が来なければ。


「あたしは難しい目標なんてありません。

 ただ幸せに過ごしたいなと思っています。

 できれば素敵な人と出会って結婚したいと思ってはいます」

「可愛い目標ね」


まるで女子小学生が語るような可愛い夢だった。

しかしエリスは前世で大失敗しているのだ。

エリスが結婚したいというと重みが違う。

もう二度と恋愛であんな失敗はしたくないだろう。


「この世界でどんな人生が歩めるかってすごく大切だと思います。

 この世界で死んでも次の世界がある保障はありません。

 だから今のこの世界でできるだけ幸せを掴み取りたいのです」


エリスの前世を思うとそうだろうなぁって同情する気持ちでいっぱいだ。

さて、そんなエリスを前にして、わたしはどうすべきか。

何を目標にして生きるべきか。

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