第11話 舞姫~エリス~

この世界では、クトゥルフに襲われる危険が常にあるということが判明した。

それはそれとして。


「わーい!  病院だ!」


病院に到着した。

わたしは喜び勇んで病院の自動ドアをくぐる。


「そんなに楽しみだったんですか?」

「えぇ。未来の医療技術がどうなっているのか、すごく気になっていたの」


わたしは上機嫌で病院に入って診察を受けることになった。

まず、受付に入って受信画面にスマホをかざす。

そうするとスマホにある個人データを読み取ってくれる。

この個人データが日頃の体調管理もきちんとしているらしい。

体温の変化や身体のホルモンバランスを記録、分析しているんだそうだ。

ところがわたしはこのスマホを使い始めたばかり。

データの蓄積も何もない。

身体異常が認められないとの診断結果が出力された。


「え? もう終わりなの?」

「早かったですね」


病院の診察画面といくつか会話をしてみる。

こちらが話しかけると、合成音声が会話をしてくれる。

無人ですべて賄っているハイテク病院。


「わたしの身体に異常はない?」

「異常は感知できません」

「もっと詳しい検査はしないの?

 血液検査とかCTスキャンとか?」

「検査しますか?」

「お願いします!」


というわけで、精密な検査を受けてみる。

順路に沿って院内を歩いていく。

検査服に着替えて、指示通りベッドに横たわる。

天井からレーザーのようなものが当てられる。

CTスキャンのようだ。

わたしの身体が解析されていく。

そしてあっという間に検査終了のアナウンス。

わたしは元の制服に着替え直す。

すぐに結果が告げられる。


「異常なし。健康体」

「ん~?」


外傷がないのが分かったのは大きいかもしれない。

でも、わたしには確実に前世の記憶がないのだ。

とても困っている。


「何か不明な点はありますか?」


病院の案内ロボットに尋ねられる。


「わたしに前世の記憶がないんだけど、脳に障害はない?」

「脳の検査の結果、異常は見られませんでした」

「記憶がないんだけど?」


わたしが記憶のことについて何か分からないかと期待した。


「過去のデータがないので正確な診察ができません」


合成音声が教えてくれた。


「逆に頭を思いっきり叩いたら記憶が戻るなんてことはない?」

「危険ですので、頭部に強い衝撃を与えるのはやめてください」


それはそうよね。

以上、診察終わり。


「ん~、駄目だったか」


わたしとエリスは病院のソファに並んで座っていた。


「すみません。無駄足でしたね」

「いいのよ。そう簡単にうまく行かないってことが分かったんだから」


前向きな結果が出なくても、駄目なルートが分かったことも進歩である。


「これからどうします?」


エリスに訊かれた。


「そうねぇ」


記憶を取り戻すのに、病院は駄目だった。

ならば他に頼れるものはあるだろうか。


「何かサイリさんの記憶の手掛かりがあると良いのですが」


記憶の手掛かりか。


「エリスは『失われた時を求めて』って小説を知ってるかしら?」


わたしの頭にはふと一冊の本がよぎった。


「いいえ。

 聞いたことないですね」

「あっ、そうか。

 エリスが生きていた時代とは重なっていないか」


『失われた時を求めて』はマルセル・プルーストによる長編小説。

フランスの歴史に残る大作で、1913年から1927年までかけ全7篇が刊行された。

わたしの記憶では「最も長い小説」としてギネス世界記録で認定されている。


「その小説がどうかしたんですか?」

「その小説はね、記憶に関する話題が多いのよ。

 主人公は冒頭で奥さんに紅茶をもらうの」

「ふむ」

「その紅茶にマドレーヌの欠片が入っていたわ。

 そのことから少年時代を思い出すの。

 そういえば昔、おばあさんがマドレーヌを紅茶に浸して食べていたなぁって」

「なるほど」


わたしは自分に感心した。

自分のことは思い出せないのに、『失われた時を求めて』の話はきちんと思い出せる。

記憶って不思議だなぁ。

思い出したいことから優先的に思い出せたら良いのに。

こういう遠回りなトピックほどぽんぽん思い出せる。


「何かわたしの前世の記憶に関連するものがあれば、思い出すとっかかりになると思うのよね」

「関連するものですか」

「関連する人でも良いわ」

「この世界のどこかに前世のサイリさんを知っている人がいると良いのですが」

「そうだね。

 手掛かりを探るには、その辺りからだと思うわ。

 前世のわたしを知っている人探してみようかしら」


手掛かりは少ないけれど、砂漠の砂の中からダイヤを探すよりはましだ。

なんとかならないことはないだろう。


「何かあてはありますか?」


エリスにそう訊かれたけれど、こんなわたしにあてがあるはずがない。


「全くあてはないわよ。

 この世界のことをもっと知らないといけないわね。

 いっそ旅にでも出ようかしら」


わたしがそういうと、エリスは目を輝かせて言った。


「サイリさんが人を探す旅に出るなら、あたしもご一緒させてほしいです」

「そうなの?」

「はい! 

 あたしは素敵な人と結婚するためにこの世界で生きているのです!!」


エリスの口調がヒートアップしてくる。


「そういえば、そんなことを言っていたわね」

「旅に出て、たくさんの人と出会って、素敵な人を見つけたいんです。

 サイリさんが記憶を探していろんな人と出会うなら、その傍らであたしも素敵な人を見つけたいんです」

「なるほどね」


合点がいった。

それなら一緒に旅に出て行動を共にするのもお互い損はない。

WinWinってことになる。


「ぜひご一緒させてください」

「うん。改めてよろしく」


わたしはエリスと握手をした。

こうしてわたしたちの旅が始まろうとしていた。

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