第22話 黄泉領事館


 タケルを先導して歩き出すコータの足取りは軽かった。

 二車線の車道ほどの広さをもつ石畳の舗装された道が、中央に聳え立つ城に向かって延びていた。

 町の中程に聳え立つ白亜の城は、ドイツのバイエルン州にあるノイシュバンシュタイン城もかくやという大きさだった。

 驚くべきは《王都ソルエニーク》においては、中央の白亜の城が特別大きな建築物というわけではなく、その城の周辺に建つ建築物のひとつひとつが、かなり大きいということだった。

 基本的な町の造りは、黄泉役所の蒼木が言っていたとおり、中世のヨーロッパを思わせる石と木造が中心で、民家や商店はからはカントリー的な雰囲気を感じる。

 しかし大通りの左右に屹立する建物は、近代の高層ビルを彷彿とさせる存在感を放っていた。

 タケルは田舎から都会に上京してきた学生のよう首を回して頭上の上層階を眺めた。


「でかい町だろー?」


 前を向いたままのコータが話しかけてきた。

 問われるがままに、タケルは「はい」と返事をし、顔を仰向けたまま問い返した。


「あの、この高い建物はなんですか?」

「ああ、これか? えーっとぉ……まあ、兵士たちの寄宿舎だよ」


 コータは少し考えて、言葉を選ぶようにして言った。

 言いづらそうにしていることが気になりつつも、タケルはそのことには触れずに、別の気になっていることを聞いた。


「兵士って、さっき門から出ていった、銀の甲冑を着た人たちですよね?」

「あ、やっぱ見た? そう、そう、あれ。あの人たちが寝泊まりしてる場所なんだよ」

「その割りにはでかくないですか? さっきの兵士の人たちはせいぜい三十人くらいでしたよ?」


 ホテルや旅館の客室に詳しいわけではないタケルでもわかる。左右に聳える寄宿舎の客室は、規模から見て、少なく見積もっても百五十から三百はある。それが数棟立ち並んでいる。


「あれで全員なわけねーじゃん」


 コータは肩越しに振り向きながら呆れたといった顔をした。


「さっきのなんて兵士全体の1パーセントくらいだぜ。俺もちゃんと把握してるわけじゃないけど。聞いた話じゃ、正規兵の数が六百くらいで、見習いとか教官含めたら千。鍛冶屋とか研究員とかもろもろ含めたら二千は越えるぜ?」

「二千!」


 目を見開くタケルの前で、コータは人差し指を振って細い路地を指差した。こっちへ曲がるからついてこい、と合図をしているらしい。

 大通りから一本外れると、急に下町といった雰囲気が強くなった。建物の背が低くなり、左右の建物の間を繋ぐロープには洗濯物が翻っている。バルコニーには鉢植えやゴミの袋などが積まれており、石畳のあちこちでタバコを吸ったり飲食をしたりする人の姿が見受けられた。


「おお……」


 パッと見て明らかに治安関係の不穏さを感じさせる雰囲気にタケルは怯えた。


「非番の兵士はここで自由に過ごしてるんだ。あんまジロジロ見んなよ。因縁つけられたら面倒だ」

「他に道はないの?」

「近道なんだよ」


 小声でやり取りする様子が気に入らないのか、タケルたちを見る周囲の目が厳しくなった気がした。

 近道なんてしなくていいから治安のいい道をとおってくれないかならと、タケルは前を歩くコータの背中を見ながら思った。


 細い路地を縫うように歩くと、左右に商店の並ぶ開けた道に出た。商店街のアーケードのような雰囲気で、飲食店の他にも衣類や小物、雑貨、食材の店などが軒を連ねていた。

 ならんで歩けるほどの道に出たことで、コータが歩く速度を落としてタケルに並んできた。


「兵士は人気職なんだぜ」

「そうなんですか?」

「おう。給料はいいし福利厚生も手厚いし、うまくすれば王族や貴族とのコネもできる。訓練のキツさと、いざというときに死ぬかもしれないリスクを除けば、《ソルエニーク》でこんな割りのいい仕事はねえよ」


 簡単なことのように言っているが、なかなか無視できないリスクのような気もするが、魔獣との交戦頻度次第では確かに楽な仕事はない。

 タケルは周囲に目を走らせる。


「魔獣が出たって騒ぎになってたのに、ここはおちついてるんですね?」

「慣れっこなんだよ」

「そんなによく出るんですか? 魔獣って」

「そうだな。最近は特に多い気がする」

「どうして焦らないんですか?」

「町に入ってくることなんてないからな」


 自信満々にコータは言う。


「なんでそう言いきれるんですか?」

「俺がここにきてからの数年間一回もそんなこと起きないからな」


 それは根拠になってない、と思ったタケルはさらに食い下がって聞いた。


「なんで入ってこないんですか?」

「俺が知るわけないだろ?」


 少し面倒くさそうにコータは答えた。

 理由が分からないのに今ま起きていないことだから、これからまもない、と信じていることにタケルは驚いた。

 タケルの表情を見て、コータは「あー」と思案するように唸った。


「たぶん、ここの兵士が優秀なんだ。外で見かけた魔獣をきっちり狩ってくれてるんだよ。全滅させてるから場内に入ってこないんだよ」


 この話はおしまい、と言いたそうに、コータは歩くのを早めてしまった。

 タケルは「そうですか」と呟いて強引に納得させようとつとめた。


『それはないな』

「は?」


 頭の中に聞こえたエムリスの声に、思わず肉声で反応する。

 幸いコータにはタケルの呟きが聞こえていなかったらしい。前を歩くコータが振り返ることはなかった。


(なにがないって?)

『あの人間たちが魔獣をしりぞけることはない。《オーグル》の強さを間近で見たお主にならわかるじゃろ?』

(……まあ)

『この町に魔獣が攻めてこないことには別の要因がある』

(どんな?)

『それは知らん』

(……おい)


 タケルの声に対するエムリスの答えはなかった。一度考えることをやめて、まずは黄泉領事館で手続きをすませてしまうのが先だ、と決めた。


 コータに導かれて商店街がひしめき合う裏路地を進む。

 次第に狭い路地に様々な食べ物の匂いが充満していた。ショッピングモールのフードコートで嗅ぎ慣れたジャンクな食べ物の匂いだ。


「いい匂いがする……」

「お、気付いたか?」


 コータが嬉しそうに反応する。

 狭い路地を抜けると、やや開けた道の左右に半個室のような作りの飲食店がずらりと並んでいた。

 その内のひとつに、肉をパンで挟んだケバブのような食べ物からクレープに似たスイーツ、ビールのような飲み物を販売する店、果物や野菜をそのまま売る店まで様々な店が祭りの屋台のように並んでいた。

 飲食店が連なっているのだから比例して人の数も多くなる。比較的体格のいい男性が多いのは、近くに兵士の寄宿舎があるからだろう。八割は男性の客が手に食べ物と飲み物を携えて闊歩していた。

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