第37話黄泉領事館 2日目 6
四つん這いで素早く地を這う大型犬ほどの爬虫類。ガサガサと不穏な這いずる音がタケルを中心に左右に分かれ、そして素通りしていく。
「は?」
タケルはこちらに見向きもしない《プリザード》を見送りながらゾワッと鳥肌を立てた。
獰猛な爬虫類たちの目は、ずっと先のコハルとランジュを捉えている。
「くそっ……ぼくは眼中になしかよ……!」
一瞬反応が送れたことで先頭の《プリザード》とはかなりな距離が開いてしまっている。タケルが全速力で追いかけても先頭の《プリザード》は先にコハルとランジュに追いつくだろう。
(おい、エムリス! なんとかならないのか!)
『ムリじゃ。お主の身体能力までは強化できん』
(なら飛び道具とかないのかよ!)
『もとの妾なら使えるが、お主の体ではムリじゃよ』
「くそっ!」
声にして吐き捨てた瞬間に、最後尾の《プリザード》がピタッと動きを止めてタケルに振り向いた。
ギョロッと動いた滑りと光沢のある目がタケルを睨む。
その目に射すくめられて、タケルはその場で足を止めて体を硬直させた。
タケルの戸惑いを感じ取った《プリザード》が瞬時に反転し、大口を開けて威嚇したまま、タケルに向けて突進してくる。
「うわっ!?」
『狼狽えるでない!』
頭の中でエムリスの声が弾ける。同時に、身を庇うためにとっさに差し出した右腕の肘から拳にかけてが赤々と燃える炎に包まれた。
突然燃え上がる腕を見て、タケルと《プリザード》の双方が驚いて怯んだ。
「うわ! なにこれ、あっつ!?」
『熱いわけないじゃろ。炎に使う魔力以上の魔力でお主の腕を保護しておるわい。いいからさっさと殴って目の前の魔獣を倒さんか!』
言われるがままにタケルは目前に迫っていた《プリザード》の横っ面を炎の平手でひっぱたいた。パンチを繰り出そうとして、魔獣の固そうな表皮で逆に拳を痛めるかもしれないと咄嗟に判断した結果の平手打ちだった。
実際タケルの平手打ちはほとんどダメージには繋がっていないようだった。しかし《プリザード》の顔面に炎が触れた瞬間、その火は一気に魔獣の体に燃え移り、あっという間に全身を包んだ。
「うおっ!?」
《プリザード》の放つ炎からの熱波はタケルの顔を赤く照らし、産毛を焦がすほどの熱も感じさせた。
『妾の手元を離れた炎はお主にも熱量を感じさせるからの。気を付けることじゃ』
「先に言えよ!」
炎に包まれたまましばらくドタバタとのたうっていた《プリザード》は、やがて全身を縮こまらせて動かなくなった。
「や、やったのか……」
『一匹はの』
「はっ! そうだった!」
目の前の魔獣に集中するあまり、同じ魔獣があと4匹いることをタケルは忘れていた。
顔を上げて目を凝らすと、先頭の一匹がコハルに向けて大口を開けて飛びかかる瞬間だった。
「コハルちゃん!」
タケルが叫んだところで残りの《プリザード》の注意を引く効果さえ得られなかった。
少しでもコハルを庇おうとするように、ランジュがコハルを抱き締めて、迫り来る《プリザード》に背中を向ける。
鋸歯のついた鋭い顎がランジュの背中に食い込む刹那。
不意に何かが《プリザード》に当たり、ぐにゃりと姿勢を歪めた蜥蜴型の魔獣が地面に伏せる。
「な、なんだ……?」
遠目からでは《プリザード》が急によろめいたようにしか見えない。
目を凝らすと、固い鱗に細い針のような矢が一本刺さっていた。矢は《プリザード》の左の首筋に刺さっている。つまり矢の飛来した先は、向かって左手側の森の奥と言うことになる。
その後、音もなく飛来した矢が立て続けに
「どうなってるんだ?」
《毒じゃろ。が、魔獣に効果のある毒をつくるとは……》
エムリスが警戒する雰囲気が声音から伝わってきた。
残った三匹の《プリザード》が一斉にお互いを庇いあうコハルとランジュに襲いかかる。
先頭とその次にいた《プリザード》は軽くよろめき攻撃の勢いを削がれたが、最後尾の一匹は、他の《プリザード》に重なっていたために矢をかわしていた。
動きの鈍る二匹の隙間から蛇のようにするすると長い顔を突き出す。
その瞬間、上から降ってきた白い板によって首が切断さた。切り離された胴体が板の前でしばらく前進歩行を続けたのち、痙攣したように震えて停止した。
空から落ちてきた白い板の裏には小柄な少女が張り付いていた。
緑がかったグレーのおかっぱ頭と眠そうな目の少女は、どうでよさそうに《プリザード》の亡骸を一瞥する。
「な、なんだあれ……?」
遠くから呆然と成り行きを見ていたタケルは、ランジュの口許が小さく動くの見たが、その言葉までは読み取れなかった。
一本ずつ針が刺さった状態の《プリザード》二匹が、緩慢な動作で白い板を持つ少女に大口を開けて迫る。
少女は自分より大きな白い板を軽々と振って、近場にいた一匹の首をはね飛ばした。
背後から迫るもう一匹の《プリザード》は、口を開けた瞬間、飛来した二本の矢に体を射抜かれてよろめき、力なく口を閉じる。
少女は小さな体をめいっぱい回転させて板を振り、残った一匹の《プリザード》の頭を切り飛ばした。
少女の佇まいからして、魔獣と遭遇することにも、戦闘にもかなり慣れているように見える。
「なにものなんだ、あの子?」
『さあ?』
興味なさそうなエムリスの声を無視して、タケルはコハルとランジュに合流しようと近づいていく。
それに気がついたらしい白い板を持つ少女が、咄嗟に身を翻した。
「待ってください、ミケ!」
呼び止めたのはランジュだった。
呼ばれたのが意外だったらしく、ミケと呼ばれた少女はそのその場に立ち尽くした。
ランジュはコハルから離れると、森の奥に目を向けた。
「ソウジロウと、ガラガーもいるのでしょう? 出てきてください」
ザワザワと木々が鳴る音しか聞こえない。タケルがいくら目を凝らしても暗い森の様子が映るばかりで人の気配は感じられなかった。
しばらくすると、闇の中で一際黒い影が動き、影の一部が切り取られたかのように見えた。熊のように太く厚い体格をした黒い顔の髭面の男性と、長身痩躯の白い細面の男性が現れた。二人とも闇に溶け込む黒い衣類とマントをまとっている。
熊のような体型の男性は、険しい表情ではあるものの、ランジュを見る目は穏やかに見えた。長身痩躯の男のほうは、手にボウガンに似た武器を携えていた。
「ご無事でなによりです。ランジュ様」
熊のような髭面の男性が気まずそうに目を逸らしながら言った。低い嗄れた声をしていた。
「ミケが来てくれたので、ソウジロウもいると思っていました」
ランジュの目が隣の長身痩躯の男に向く。
「ガラガーも、相変わらずの腕前ですね」
「いえ。一発外しちまいましたし、まだまだですよ。親分なら、あそこできっちり三体に当てて、完璧にミケを援護できたはずですがね」
ガラガーの目が隣に立つソウジロウに向けられる。ソウジロウは鼻で笑って、
「そうとも限らんさ」
と呟いた。
「ランジュさん、あの、この方々は?」
ランジュが答える前に、険しい目が一斉にタケルに向けられた。
ソウジロウもガラガーも、タケルのことを警戒しているらしい。
「彼らは私のボディーガードです」
「ボディーガード……?」
「あら、タケルさんはボディーガードの意味をご存じありませんか? 私の身を守ってくださる人のことですよ」
「いえ、それはわかりますよ! ただ、ランジュさんはボディーガードがつくような人だったんだなと思いまして……」
はっ、とした顔をして、ランジュは気まずそうに目を伏せた。
「そうですね……こうった身柄の人は世間では当たり前ではありませんよね……私は……」
異世界転生制度を利用します。~破ってはいけない3つの厳守事項~ 浅月そら @sora_asa
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