第15話 洗礼4


『まだやる気か?』

「当たり前だ! 魔法が使えないのはわかったけど、それならなんか知恵を貸してくれ! ぼくが死ねば身体を共有しているあんたも死ぬことになるはずだろ!」

『それは願ったりなんじゃが……』


 歯切れ悪くエムリスが呟く。

 聞き間違えたかと思いタケルが困惑したとき《オーグル》の放つ気配が変わった。

 奇妙な落ち着きを見せ、顔はなにかを思案するように神妙だった。

 動物的な感覚のみで行動していたように見えた《オーグル》は動きをとめて周囲を見回していた。

 やがて一本の背の高い木を掴むと、それを引き抜いた。ショベルカーでも持ってこなければ掘り起こすこともできないような木を素手で引き抜き、両手に携えると、それを半分に折る。

 冗談のような光景をただ見ていることしかできなかったタケルは、その後の《オーグル》の行動を見て「やべえ……」と呟いた。


「グルゥオオオォォォォォォォ!」


 《オーグル》は片手で半分にへし折った木を森の中に向かって投げた。

 それはタケルの潜位置からは全然見当違いのほうへ飛んでいってはいるのだが、同じことを投げる方向を変えて繰り返した。

 両手が空くと、再び木を抜き、半分に折り、森に向かって投げる。投げる方向はだんだんタケルの潜位置に近くなってきていた。


「……ざっけんな、冗談じゃねえぞ……!」


 急いで移動しようとすると、張り出した木の根に躓いて、勢いあまって生い茂る小立を揺らしてしまった。

 そのざわめきを《オーグル》は敏感に聞き取っていた。

 投げつけられた丸太が細い木を巻き込んでタケルの頭上を通過していく。


「うわああっ!」


 思わず腕で顔を被って悲鳴を上げた。

 直撃は避けられたものの、細かな擦り傷は全身に負うことになったし、悲鳴のせいで発見もされた。

 ズンッと《オーグル》が一歩踏み込んでくる。本格的に標的を少女からタケルに変えたらしい。


「に、逃げなきゃ……!」


 タケルの意思に反して足腰には力が入らなかった。立っているのに、足には感覚がない。

 迫る途中で《オーグル》は近くの細い木を軽々と引き抜いて半分に折った。槍のように細い木を構えて、割れた先端をタケルに向けた。


「う……」


 投げられる。と思った瞬間、その予想は現実のものになった。

 恐怖で腰が抜け、膝が折れた。

 その場にしゃがみこんだ瞬間、額を擦るくらいの距離を勢い良く丸太が擦過していった。

 風圧と恐ろしい風を切る音をタケルの耳に叩きつけていく。運良く木を避けることはできたが、恐怖を植え付けるには十分な一撃だった。

 こんな幸運はもう続かないだろうと思うと、立ち上がる気力さえ萎えた。


『死ぬのは嫌か?』


 頭の中の声が他人事のように問いかけてくる。タケルはイライラしながら答えた。


「あ、当たり前だ! ぼくはまだ転生してきたばかりなんだぞ……!」


 異世界にきてからコハルにも会えていない。彼女を守ると約束したのに、再開する間もなく死ぬ。その事実のほうが命を落とすことよりも心残りだった。


『お主が死ぬときにこの身体を妾にくれると誓え』

「はあ!? な、なんで……!?」

『それで今だけは助けてやろう』

「や、やるやる! なんでも好きなものくれてやる! だから今、助けてくれ!」


 タケルの叫びは《オーグル》に対する命乞いのようになった。

 当然、言語を解さない《オーグル》には通じるはずはなく、もう一本の槍のような木がへたりこむタケルの顔面に向かって投げつけられた。

 鋭い先端の折れた木の幹が、一直線にタケルの目前に迫る。

 瞬きする暇さえない速度でタケルの額に直撃し、貫くと思われた。

 迫る木の幹はタケルの鼻先数センチのところで発火し、瞬時に炭となって崩れ落ちた。灰と火の粉がタケルの頬を撫で、焦げ臭い匂いが鼻腔を刺激した。

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