第24話 黄泉領事館 3

『ほほう。悪くない』


 頭の中でエムリスの唸り声が響いた。

 カバブを咀嚼する顎を止めて、タケルは頭の中の声に意識を傾ける。


(おい、もしかして味覚も共有できるのかよ?)

『当然じゃ。視覚や感覚が共有できるのだから味覚くらい共有できてもおかしくあるまい』

(ぼくがお前の意識から逃れる瞬間はないのかよ)『ふっふっふっ。残念ながらないな。妾は睡眠を必要とはせぬ。お主が寝ている間も妾は起きていられるわけじゃ。その間、お主の体がどうなるかは、まだ夜を迎えてはおらぬからわからんな。もしかしたら、お主の寝ている間は体を好きに動かすことができるやもしれぬ』

(冗談だろ……)

『さあ。それは夜を迎えてみてのお楽しみじゃ。が、それはそれとして、はやくその手に持っているものを口に含め。妾、腹減った!』

(え? あ、ああ……)


 一口食べて胃が刺激されたらしく、今までそこそこだった食欲が急にもりもり沸いてきた。ふた口目を齧る。冷めて萎びた野菜はザクザクと変わった食感をしていて、それはそれで美味い。


『ううん。美味じゃ! 料理とは発明じゃな! 火を加えるだけでも大発見なのに様々な材料を組み合わせて味を複雑にするとか、考えた奴は勲章ものじゃ!』

(……さてはお前、料理できないな?)

『する必要がないことはせぬ主義じゃ』

(自分で作れればいつでも味わえるだろ)

『ふん。なにを偉そうに。そういうお主は料理とやらができるのか?』

(ま、まあ……嗜む程度には?)

『本当か? ……ふむ、なるほど、お湯を注いで乾麺をふやかせることを料理というのか』

(おい、思考を読むな! ずるいぞ!)

『勝手に読めてしまうのじゃから仕方あるまい。妾ののような天才の罪なところじゃな』

(うぜえ……)

『次! はやく次を食え!』

(わかったよ!)


 ガツガツとカバブを貪り食う。週七日ファーストフードでも構わないと思っているタケルにとってはハンバーガーに味の似ているカバブは、手軽に食べられる形状も相まってかなり馴染みのある食べ物に思えた。食が満たされると自然と気持ちも満たされてくる。


「めっちゃがっつくじゃん。タケル、ハンバーガーとか好きだろ?」


 仲間を見つけた、と言いたげなコータの顔にタケルはちょっと照れながら視線を向けた。


「……嫌いな人います?」

「さあ? すくなくとも俺の周りにはいなかったな」


 コータも豪快にカバブを齧る。パンの左右から押し出された肉と野菜がこぼれ落ちそうなくらい詰まっていた。


「ううん! 相変わらずうめえ!」


 異世界の食事は質素で味気無いものと思い込んでいた。味の濃い、現代のファーストフードに近い食べ物があるとは思わなかった。


『おい、喉が渇いた』

(……はいはい)


 水の入ったジョッキに口をつけて喉に流し込む。水が美味いと一緒に食べる、食品も美味しくなったように感じられた。


『うん……うん、うん。いやぁ、こういった手の込んだ食い物は久しぶりじゃな』

(そうなのか)

『普段は血生臭いものか極端に味の付いたものしか食わんからな』

(どんな食生活してるんだよ……)

『さっきこの小僧が話しておったが、今のままでもこよ食い物は十分美味が、目の前の小僧は出来たての物はもっと美味いと言っておったな。それは聞き捨てならん! ぜひ食してみたいぞ!』

「ええ……」


 思わず肉声が漏れた。

 顔を回らせて店頭の人だかりを見る。


(あの列に並ぶのなんてやだよ。だいたい、ぼくはこの世界の通貨を持ってない。目の前のこの人に奢ってもらえなかったらそもそも食べることもできなかったんだから、贅沢を言うなよ)

『それとこれとは別の話じゃろ。妾は美味いものを美味く食えぬのは我慢がならぬ。できたてとやらが食いたい』

(わがまま言うなよ。それにこれだって、できたてみたいなものだよ。ちょっと冷めてるだけで。暖かければもっとできたてに近い味になると思うけど)

『暖かいか冷たいかの違いなんじゃな? そんなことなら……ほれ』

「……ん?」


 タケルが手に持っていたカバブの肉がチリチリと焦げはじめた。パンの表面にも焦げた箇所がじわじわと広がり、わずかに湯気も立ちはじめた。


「あれ? なんかタケルのカバブ、湯気出てないか?」

「え? あー……はい、なんか……あったかいかも? です」

「マジ? おっかしーなー。持ったときは暖かいとか思わなかったんだけど」

「あ、あははーありますよね、そーゆーこと」


 知らんけど、と言葉の外に付け足す。冷めた料理が手のなかで暖かくなることなど、実際はあり得ない。タケル自身初めて体験する感覚だ。


「そっか。まあラッキーじゃん。料理はあったかいほうがだいたい美味いからな!」


 納得するコータにタケルは愛想笑いを返す。


(おい、なにしたんだよ?)

『さっき《オーグル》と戦ったときに使った魔法の応用じゃ。出力を調整して暖めてみた』

(そんなことできるのかよ……)

『加減がわからぬから炭にせぬよう細心の注意が必要じゃ。正直オーグルと対峙したときより気を遣った』

(どこに力入れてんだ…)

『おい、なにをぐずぐずしておる。冷める前に早く食え』

(わ、わかったよ……)


 湯気の立ち上るカバブにかぶりつく。


「あっぢぃ!」

『あああ!? いい、痛いぞ……! なんじゃこれは! 舌がヒリヒリする!』

(暖めた加減しろ! 舌火傷したじゃねえか!)

『この程度の熱で火傷じゃと? まったく、なんと脆弱な身体じゃ!』

(普通だよ!)


 コータから隠すようにしてカバブを吹き冷まして、火傷に気をつけながら慎重に一口齧る。


「はふ、はふ……ウンマ!」

『な、な……なんじゃこれは! ぜんぜん違うではないか!』

 エムリスの歓喜の声をはじめて聞いた気がした。興奮すると幼さが増すなあ、とタケルはどうでもいいことに気がついた。

 コータが「だははははっ!」と笑う。


「だろー? なんかしらねえけど、暖かいカバブが食えたんだからそりゃあ美味えに決まってるぜ!」


 自身の手柄のように胸を張る。その様子からも、コータがいかにこの食べ物が好きかということがわかる。

 パンからこぼれ落ちた肉の破片を摘まんで口に放り込みながら、コータは路地の奥を指差した。


「行こうぜ。この近くなんだよ」


 どこが? と一瞬疑問に思い、すぐにそれが黄泉領事館のことだと見当がついた。


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