第23話 黄泉領事館2 



「ここの客はほとんど寄宿舎の兵士だから、魔獣の出現くらいじゃ動じなくなってるんだよ」


 男の体臭と肉の匂いの混じる裏道を、群衆の隙間を縫うように進む。


「ケバブ好き?」


 不意にコータに問われて、タケルは反射的に「いえ」と否定した。


「えっと……た、食べたことないです」

「マジ? 美味いよ」


 コータが「んじゃ、こっちだな」と歩く向きを変えた。

 正直、食欲はなかった。緊張と男臭い匂いとで固形物を食好きにはなれない。ただ喉はものすごく乾いていた。


 人だかりができている店の前で、コータは足を止めた。

 屈強な男たちが肩をぶつけ合うカウンターでは白衣を着た美人の店員が溢れんばかりの肉をスライス肉を挟んだパンを手渡しで売っていた。

「いらっしゃいませー」「ありがとうございますー」

 愛想のいい笑顔で接客する様子は、生前によく飲食店で見た女性店員の姿と似ていた。

 コータは人垣を避け、無人のカウンターに無造作におしかれた紙で包作り置きの商品を二つ手に取った。それから店の奥に向かって「おっちゃん、作り置きのカバブ2個買ってくなー!」と声をかけた。

 返事はないが、カウンターテーブルの上に開いていた穴から銅貨を二枚落として、店を離れた。


「作り置きだと並ばなくてもすぐ食えるんだ」

「それはいいですね。あそこに並ぶ気にはならないですから」

「だよな」


 店のすみに木製のジョッキとコルクのついた樽が置かれていた。

 その前に移動したコータは、ジョッキの中に樽の中の水を注いでタケルに押し付けてきた。


「作り置きに割引はないけど、タダで飲めるんだぜ」

「そっちのほうがいいですね」


 水分にありつける、という思いがタケルに満面の笑みをもたらした。

 渡された木製のジョッキにすぐに口をつける。生ぬるい水が喉を通り抜けていく。冷たくはないがスッと口のなかが冷えた気がした。


「スースーする……」

「ミント系のなんかが入ってるっぽいな。たぶん氷の代わりだぜ。冷凍庫なんてないしな」

「そうか……」


 ファンタジー系の作品に触れていれば現代社会に比べて不便なことは当たり前として描かれている。こういうとき、魔法が使える主人公などは氷を生成したり電気を生成したりしてひと儲けしたりする。

 なんどということを考えながらタケルは二口目を口に含んだ。


「氷がなくても美味しいですね」

「そうなんだよ。たぶん普通に水がうまい!」


 のどが渇いていることを差し引いても、仄かに甘い水は喉ごしもよく、内側から体が潤うのを感じた。


『この店の主人は目がいいな』

「おわっ」


 いきなりエムリスに話しかけられて、タケルは驚いてジョッキを持つ手を震わせた。


「あん? どうした?」

「い、いえ、なにも?」


 コータに愛想笑いを返して、ジョッキに口をつける。


(いきなり話しかけるな。ビックリするだろうが)

『くっくっくっ。いいことを聞いた。これからも急に話しかけることにしよう』

(性格悪いな)

『褒め言葉じゃ』

(あっそう。で、なんのことだよ、目がいいって)

『この店の主人は美味い水の場所を知っておる。水がよいから作るものも美味くなる』

(あの人だかりは、店員の子が可愛いからだけじゃないってことか)

『当たり前じゃ。夜には過激な衣装で共に飲んでくれる店があるのに、どうして顔がいいだけで繁盛するわけなかろう』

(そういう店が人気なのって、どこの世界も変わらないんだな。てゆうか、それと目がいいっての、どう繋がるんだよ?)

『良いものには自然とマナが集まる』

(マナ?)

『魔法の源のようなものじゃ。お主の世界なら元素記号とかありそうなものじゃな。Mとか』

(ぼくの知識から元素記号なんてものをくみとりやがったな?)

『ふふっ。まあ、マナが集まるものは味も良いし、よく実る。生命力が強いとでもいうのかのう』

(それを見分けられる主人は目がいい、と?)

『そういうことじゃ』


「食わねえの?」


 コータがタケルの胸にカバブの包みを押し付けてきた。

 とっさにそれを手に取る。


「あ、ありがとうございます。いただきます」

「本当はできたてのほうが美味いんだけどなー」


 言い訳のようにいいながら、コータは紙にくるまれたカバブを取り出す。見た目はまんまケバブに似ていた。野菜と肉がパンのような素材に挟まれてソースがかけられていた。


「食ってみ」


 促されて、タケルは「いただきます」と言ってから一口齧ってみた。薄くスライスされた肉は、見た目はパサパサしていそうなのに、噛むと案外ジューシーで甘い肉汁が舌の上に広がった。ピリ辛のソースともちっとしたバンズもタケルの好みに合っていた。作り置きのせいか野菜はしなびていたが、そのしなっと感がタケルは嫌いじゃない。


「うま……!」


 と思わず漏れた。


「だろ? あの店の美味さの秘訣は二つ。ひとつは店員の女の子が可愛い!」


 それは味には関係ないだろ、と思いつつも、話の腰を折らないようにタケルは口に出さずに胸に秘めた。


「もうひとつは《ウーリア》っていう動物の肉を使ってるんだ。この辺で狩れる動物の中じゃ一番美味い肉だと思う!」

「《ウーリア》?」


 タケルの頭にモコモコした毛並みの羊のような毛生の動物を思い出した。ここに来る前にタケルは《ウーリア》の大群を見ている。美味い肉ということは、きっと売ればいい値段になったことだろう。

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