第8話 黄泉役所 7

「そうそう。二人とも、この中から新しい器を選んでちょうだい」


 差し出されたカタログには様々な体型、年齢、容姿の人間が写っていた。ここから選べ、といわれたことに尊流はぞっと鳥肌が立った。


「な、なんすかこれ?」

「え? 向こうで使う体だけど」

「ええ!? この姿のまま行けるんじゃないんですか!?」

「そんなわけないじゃん。だってこれって現世での姿でしょ」


 と、蒼木は無遠慮に細い指先を尊流の鼻先に突きつけてくる。


「その器なんて持っていけるわけないじゃん。転生できるのは魂だけよ」


 この説明は尊流にとってはかなりショッキングな内容だった。異世界転生とは、なんとなくアミューズメントパークのアトラクションくらいに考えていた。

 しかし肉体という器を捨てて魂だけを転生させ、現地で新たな器に入って生活しろ、というのはアトラクションの粋では到底ない。


「こんなのSFじゃないですか……あれ? ちょっと待ってください、じゃあなんでここでは生前の姿のままなんですか?」

「死者を識別しやすいように魂の記憶にあるその人の姿を投影しているだけよ。全員似たような火の玉の姿されてたら、こっちも誰が誰だかわからなくて面倒だし」

「言い方……あんたそれでも役人かよ」


 蒼木は器用に唇の片方を吊り上げてニヤリと笑う。


「残念だけどこれでも役人よ。ちなみにこれ、黄泉役所からのレンタルになるから、大事に扱ってよ?」

「ゲッ。マジすか……」

「経年劣化くらいならいいけど、欠損は寿命で払ってもらうから。大ケガするたびに寿命は削れていくと考えた方がいいわよ」

「レンタルってことは……これ中古ですか?」


 尊流はカタログの中の人間を指差した。蒼木がその部分に視線を落とす。


「ものによってはね。ちゃんと成長するから寿命を使いきった時点でもう次の人を受け入れる余裕がない個体は破棄して、新品を補充してるの。この辺のコスト関係があるから、リ・インカーネーション・システムを積極的にお薦めできないのよねえ」


 やんなっちゃう、と言った顔で頬に手を当てる。

 嫌になるのはこの説明を聞かされているこっちだと、尊流は言いたい。

 気を取り直して、尊流は指先でカタログをパラパラとめくる。


「これ、カラーのキャラと白黒のキャラとがあるのはなんですか?」

「あ、それぇ、白黒のは使用中だから選べないって意味」

「え! 結構使用中のキャラありますよ! てゆうか、こんなにたくさんの人が異世界転生してるんですね……」


 屈強で見た目のいい個体は軒並み白黒表記になっている。残っているのは体型か顔に難在りか中年、年寄り、どれも髪色は黒のキャラクターだけだった。


「黒髪って人気ないんですか?」

「今まで黒髪だった人がおおいからねえ。異世界での器くらい髪色変えたい人は多いんだよ」


 一通りカタログを見たあとにまた最初のページに戻る。一頁目の隅に小さく新生児と書かれていた。


「あれ? これ新生児も選べるんですか?」


 蒼木は「あーそれねー」と煮え切らない返事をした。


「選べるっちゃ選べるんだけど、今は担当がいなくてさー。数十年待ちとかになるけど?」

「待ってらんねーすわ」


 数十年この施設に足止めをされるというのだろうか。どちらにしても嫌すぎる。

 カタログの中には年若い少年の容姿もあるわけだから、それを選べば子供の姿も選べはする。あえて新生児に転生するメリットは少ない。

 少年の容姿は人気があるらしく、顔のいい個体はあまり残ってはいなかった。


「子供ってやっぱり人気なんですね」


 なにげなく口にした尊流の言葉に蒼木は即座に食いついた。


「そりゃあ若返りは誰だって憧れるでしょー。子供ってだけで許されることも多いし」

「逆に子供が大人で転生したいっていうパターンもあるんですか?」

「まったくないわけじゃないけど、滅多にないかな。そもそも子供が来ないのよね。リ・インカーネーション・システムの存在に気づかない場合が多いし」

「あ、それはそうか」


 パンフレットを読む人が少ないし、読んだとしても漢字が読めなかったり、リ・インカーネーションの意味がわからなかったりで、なかなか口に出したりはしないだろう。


「子供に転生するのは楽しいと思うけど、力じゃどうしても大人には勝てなくなるから、その辺は考えどころよね」

「なるほど……」


 尊流は顎を指先で押えて唸った。

 実用的なのはある程度年齢のいった若くて健康的な肉体なのだろう。

 一旦カタログを見るのをやめて、隣の心春に目を向ける。


「それで心春ちゃんはどれにするか決めた?」


 ペラペラとページをめくっていた心春は長いこと吟味した上で、開いたページの一部を指差した。


「これにする!」


 心春の細い指の先には、今の心春の容姿とあまり変わらない、長い黒髪の女の子が映っていた。年齢は13歳らしい。


「あら。いいの? 今とほとんど変わらないじゃない。もっと大人のお姉さんの身体とかもあるけど?」

「このカラダって成長するんでしょ? だったらあたし、女の子がどういうふうに成長するのかも体験してみたい!」


 無邪気に言ってはいるものの、心春は満足に成長を感じる間もなく亡くなってしまったのだ。その境遇を思うと、享年と同じ年頃の器を選ぶ心春がいじらしかった。

 心春が選んだ身体は、本人によりもすこし髪色が明るいブラウンで、瞳の色は活発的な赤茶色。色白で顔が小さく、身長が低いわりにはスタイルのいい女の子のだった。


「そっか。いいんじゃなーい? この器も心春ちゃんに似合うと思うし」


 蒼木の後押しもあって心春のキャラはすんなり決まった。


(こういうところで空気を読めるのはさすがだなぁ)


 と尊流は感心した。その瞬間、心を読まれたようなタイミングで蒼木に睨まれた。


「で、君は決まったのぉ?」

「え? あ、えっと……」


 パラパラとカタログを捲る。こうなると目移りしてどんどん決められなくなっていく。


「これなんてどう? 雪だるまみたいで可愛いと思う」


 心春が指差したのは空き地の土管に座って「なんかおもしれーことねーかー?」と聞いてきそうなガキ大将に似た少年だった。


「いや、今のぼくと違いすぎだし」

「わたしのお勧めはなんと言ってもイケオジ。アラフィフのバーテンダーとか最高にタイプよ」

「蒼木さんの好みは聞いてないです」


 ふたりの女子に挟まれて勧められるキャラをことごとく断っていった結果、無難な黒髪の青年が残った。


「なんかフツーね」


 と心春がつまらなそうに言い、蒼木が、


「今と変わんなくてつまんない」


 と辛辣な感想を述べた。


「今ぼくディスられてる?」


 年齢は二十歳。やせ形ではあるが筋肉質でスタイルも悪くない。黒髪に黒い瞳というのが地味なのと、似たような容姿の個体が他にも残っていることから、あまり人気のシリーズではなかったのだろう。逆にこのどこにでもいそうな素朴な感じがもとの尊流の雰囲気と近い気がして、本人は気に入っていた。


「ちなみに性別も変えられるけど?」


 尊流は目を見開いて驚いた。

「……ここにきてとんでもないことを言い出しますね……え? そ、それってぼくが女の子を選べたりするってことですか?」

「そ」


 尊流は再びカタログを見た。年齢操作どころか性別変化もできるなんて、思った以上に自由度の高い異世界転生が用意されている。

 尊流はゲームにおいて、主人公のキャラクターを男か女か選べる場合、女性キャラを選ぶ傾向があった。理由は長くゲームを続けていく上でよく目にするキャラが女性のほうがテンションが上がるからだ。見ていて楽しい。男性主人公を選んで自己投影するのも悪くはないが、操作するなら女性キャラのほうがモチベーションが維持しやすい。加えて女性キャラのほうが髪型や服装のバリエーションが豊富な場合が多い。


「今ならまだ性別変えられるけど、どうする?」


 蒼木の提案は悪魔の囁きに聞こえた。女性として人生をやり直すことに興味はある。


「え、ちょっ……と、待ってください……ええ……ううんんん……!」


 悩んだ末に、尊流は絞り出すように言葉を出した。


「いいえ……男性のままでいいです」

「本当にいいの? こんなチャンス二度とないと思うけど」


 死んで異世界転生なんて二度目があるかどうかはわからない。性別を変えるチャンスは一度きりと思われた。


「い、いいんです。男性のままでお願いします……!」


 この異世界転生はゲームでもなければ遊びでもない。尊流の最優先事項は「心春が異世界で安全に生活すること」である。もしも危険な状況に巻き込まれたときに、非力な女性よりは腕力のある男性のほうが心春を守れるだろうと思ったからだ。

 苦悩する尊流見て、満足そうににやにや笑った蒼木は、


「オーケー。じゃあ、器はこれで決定ね」


 と言って契約書に尊流の性別と容姿を書き込んだ。

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