第21話 入国4
入国待ちをしていた人の群れがにわかにざわめきはじめた。
人垣が割れると、甲冑を纏った団体がぞろぞろと歩いてくるのが見えた。
金属の装備をガチャガチャと鳴らして、おじさんから青年まで、幅広い年齢層の男性が二十人くらいまとまって歩いてくる。
その中の比較的若い兵士が数人、城門に併設してある小屋へ入り、中から身の丈ほどもある盾と槍を持って出てくると、年嵩の兵士へと渡していく。
盾と槍とを受け取った兵士は門から外へ出ていく。彼らの表情には多少の緊張が見られるものの、冗談を言い、笑顔を見せ会う余裕がある。
「魔獣か?」
「出たって噂、本当だったんだ……!」
タケル同様に立ち止まって兵士たちの様子を眺めていた野次馬たちの囁きが耳に届いた。
静かに緊張感と焦燥が町全体に伝播していく。
しかし、それだけだった。例えば地震発生による一瞬の緊張と張りつめた空気。揺れの大きさから地震の規模を推し量り、またいつもの感じか、とわかると警戒をとく。緊張感が徐々に溶けていく様子に似ている。
魔獣の発生を警戒しつつも、この世界の住民たちはその存在に慣れていた。
「あんな凶悪な動物が結構近くの盛りにいるのに、みんなあんまり気にしてないんだな」
『なぜだと思う?』
頭の中でエムリスに話しかけられて、タケルは「え?」と呻いた。
『驚異的な存在が近くに生息しているのに、なぜ危機感を持っておらぬのか。お主ならどう考える?』
「そりゃあ、対抗策がちゃんと考えられてるからでしょ。あの兵士たちの存在がまさにそれだな」
タケルが首を振り向けた先で、兵士たちはガチャガチャと甲冑を鳴らしながら各々槍と盾を持って、次々に門の外へ出ていく。
『お主の目から見て、あの兵士たちは頼りになりそうか?』
「え? まあ、強そうではあるけど。実際戦っているところを見てないからなんとも言えないけど」
『ついさっき、お主は魔獣の強さを間近で見たばかりじゃろう』
タケルの脳裏に《オーグル》の禍々しい立ち姿が思い起こされた。あの土色の肌を思い出すだけでも鳥肌が立つ。
「だ、だから?」
『《オーグル》の強さをよく知っとるじゃ。あの兵士たちが勝てる未来を想像を創造できるか?』
タケルは門を出ていく兵士たちの様子を眺める。人間離れした力をもつ《オーグル》に人間が太刀打ちできるとは思えない。
とはいえ、兵士たちのの実力はしらはいし、もしかしたら《魔獣》に対抗しうる能力を持ったひとも要るかもしれない。
「や、やってみなければ分からないだろ? 大丈夫だろ。いくら魔獣が強くても、こっちの攻撃が利かないわけじゃない。数で押しきれば勝てるはずだ」
『なるほどな』
言葉では納得していても、エムリスの声はタケルの答えを嘲笑っているように聞こえた。
「なんだよ。違うのか?」
『いいや。じゃが……』
含みのある声が先を続けようとしたとき、
「おーい!」
と呼ばれて、タケルは声のするほうに顔を向けた。
人混みを掻き分けるようにして、コータが帰ってきた。その後ろからコータが来ているのと似た衣類を来た年嵩の男性たちが現れ、門の前に群がる人々に向けてキビキビト指示を出した。
「今日はもう閉門することになった! 他にも魔獣を見たって報告があったらしいからな!」
コータは徐々に閉じられていく城門のほうを見ながら言った。タケルはその視線の先を追った。
門の外では入国審査待ちをしていて、まだ許可の降りていなかった商人や旅人が抗議の声をあげていた。
「外の人たちはどうなるんですか?」
タケルが問うと、コータは腰に手を当ててため息を吐いた。
「安全が確認されて門が開かれない限り入国はできない。外で働いてたこの国の住人は簡単な確認ですむから中には入れるんだ。今日はもう開門は無理だな。。外に開門待ちの人専用の宿舎があるからとりあえずそこに行ってもらうことになってる」
「そうなんですね」
入国審査は厳しいがケアは案外手厚いことが分かり、タケルは密かに安堵した。
コータはタケルをじろじろ見て、あれ? と声をあげた。
「さっきまでお前が背負ってた、女の子は?」
ドキッと、心臓が跳ねた。
「えうっ!? あ、ああ、えっとな……起きたから先に帰るって……」
嘘くせえ、と、タケルは自分で自分に突っ込みを入れた。
コータは「うん?」と言った様子でタケルを見ていたが、すぐに納得してうなづいた。。
「ふうん。まあ大丈夫ならいいや。とりあえず行こうぜ」
「え? どこに?」
歩き出そうとする足を止めて、コータは振り返る。
「黄泉領事館に決まってるじゃん。案内してやるよ!」
親指の先で道の先を指し示すコータ。
見知らぬ土地で偶然出会った頼もしい男性の姿にタケルの心は動いた。
『なるほど。お主は同性が好みだったか』
歯を食い縛って内心で強く「違う!」
と抗議した。
タケルが心動かされたのは、これまで男友達というものができたことがなかったからだ
タケルは勉強はできたが、友達はできなかった。露骨に他人を見下す母親の影響で、家族からタケルに関わることを禁止されている同級生も大勢いた。
勉強しか取り柄がなかったにもかかわらず、高校生活も後半に差し掛かると成績にも限界が見え始めた。
『おい。暗い想像をするな。妾の気分も悪くなる』
頭の中の声に叱られて、タケルは暗澹とした気分にはつた。
「わるい……」
「気にすんなって!」
エムリスに言ったつもりの「わるい」をコータに拾われた。
事情を察したエムリスの含み笑いが頭の中に聞こえて、なんだかこそばゆい。
「こっちだぜ! あ、お前、腹減ってる?」
「え? あ……」
空腹であるかということに意識を向けた瞬間、図ったようにお腹が鳴った。
そもそも、異世界転生の先輩だと思われるコータが空腹かどうか聞いてくるということは、この体はきちんと腹が減るようにできているということなのだろう。
一瞬見栄をはろうか考えて、すぐに思い直して「は、はい」と答えた。
「んじゃ、領事館に行く前になんか食っていこうぜ」
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