第十一話 決戦②

 アタシたち狙撃部隊は、ラルべ川の東岸にある高台から、魔法部隊とともに攻撃を行っていた。狙うのは、敵兵の中でも指揮官級のもの。指示を出したり、一際目立つ格好をしていたりする者が標的だった。


 けれども吹きあげる強風によってなかなか狙いが定まらない。他の隊員もまったく戦果を上げられている様子はなく、この戦場でただただ弾薬を消費するにとどまっていた。

 

 南の戦場では、川を渡ったアルレーン軍が敵軍を押し始めていた。上流側に広がる湿地帯のすれすれを通り抜けた騎兵部隊が、敵右翼をさんざんにうち破っている。


 ここを抜かれれば背後を取られることになるリガリア軍も必死の抵抗を見せ、激しい攻撃にも関わらず何度も続く騎兵の突撃に耐え続けていた。兵たちが押し合う音が遠く離れたこちらにまで聞こえてきそうなほどだ。


 初めは無限の厚みを持つように見えた敵軍も、今は最後の一、二層を残すまでになっている。


 アルレーン騎兵がもう一度、突撃をかけた。敵右翼の最後の層を突き破ろうとしている。勇ましい掛け声とともに軍馬たちが速度を上げる。哀れにも相対することになった敵兵は、逃げられもせず、かといって押し返すこともできずに固まったまま蹂躙されていった。


 数百騎が轟音とともに切り崩していった敵軍の隙間に、今度は銃と槍を持った歩兵が侵入していく。一騎だけ騎乗している姿が見えるのが、センジュに違いない。騎兵でもないのに馬上で巧みに槍を操って、近寄ってくる敵兵を突き崩している。


 アルレーン銃部隊の動きは機敏だった。装填が終わったものから発砲し、射撃を終えればその後ろから次々と準備のできた銃兵が現れ、また射撃を行っていく。絶え間ない弾幕に相手は騎兵に崩された陣形の穴を埋めることができない。その隙に騎兵部隊はさらに敵の最深部へと迫っていく。


 敵軍の最右翼を騎兵部隊が突破するのはもう時間の問題、に見えた。突破しさえすれば、相手の後方を取ったアルレーン騎兵は歩兵と連携して敵軍を包囲にかかるだろう。エンミュール奪還戦でもみせた、騎兵を活用した方位戦術はもはやアルレーン軍の十八番だった。


 ◇


 アタシがこうして南の戦場に目を奪われている間に、同じく高台にいた兵士たちは移動の準備を始めていたようだった。皆慌てた様子で、こちらからは北の帝都軍がいる戦場の方へと向かっていく。


 北側の戦場では、リガリア軍が相対している帝都軍に攻撃をかけるべく川を渡ろうとしていた。帝都軍も魔法攻撃で迎撃しようとしているけれども、照準が合わないのか、予想外の出来事に慌てているのかその攻撃は散発的なものに終わっている。


 こちらの高台からも渡河する敵兵に向けて魔法を放っているけれども、向かい風が強く大した被害になっていない。もちろんこの強風では銃の狙いなんて定まったものじゃない。


 敵であるアタシが言うのもなんだけれど、帝都軍方面のリガリア兵はとても勇敢だった。浅くはないラルべ川を武器を持って渡っていくのには相当の覚悟がいる。あらかじめ渡河の準備を周到にしていたアルレーン軍とは違って、リガリア軍のそれは、悪く言えば勢いに任せた行き当たりばったりのものだった。


 が、その突進が止まらない。降り注ぐ火球の雨をものともせず、次から次へと川へ飛び込んで行く。そして渡りきった者から帝都軍へ攻撃を仕掛けていく。


 もちろん渡河した敵兵は銃など使えない。雨ですらダメになる兵器を水に濡らしてしまえばどうなるかなんて分かりきっている。それでも、銃などなくてもリガリア軍の突撃は凄まじかった。


 帝都軍の前線にいる槍兵があまりの迫力に数歩下がる。その数歩下がる間にリガリア兵は槍の穂先を払って充満する帝都軍の中に飛び込んでいった。


 帝都軍の隊列が崩れていく。先ほどまで美しく整列していた陣形が、見るも無惨に崩れてしまっていた。


 司令官様が怒鳴り散らしながら帝都軍の窮地を救うべく兵を差し向けているのが見えた。南の戦場の優勢は揺るがないと見て、川を渡らずに残っているアルレーンの全兵力を帝都軍の救助に充てるつもりらしかった。兵だけでなく自らも馬に乗って近衛兵とともに駆けて行く。


「チッ。まったく、世話の焼ける貴族様だ。散々煽っておいてあの体たらくとはな」

「ですが若。あそこが抜かれれば、負けです。我々だけ残っても意味がありませんぜ」

「それは百も承知だ。これから帝都軍に向かっている敵軍の側面を突く。川のこちら側にいる兵を集めて付いて来い、ギド」

「承知です。かき集めてきます」


 アタシたち狙撃兵もそれに遅れじと急いで後をつける。どこか狙撃に向いた場所はないかと探しながら、混乱する戦場を駆け足で移動していた。狙撃兵の護衛をしているオヤジたちも息を切らせながら戦場を走る。


 ◇


 もう、帝都軍の前線からは三百歩も離れていない。弓の飛び交う音が聞こえてきそうなほどにまで接近していた。都合よく、草足の長い場所があった。この茂みなら、しゃがめば完全にアタシの小さな体を隠してくれる。


 他の狙撃兵もめいめいに隠れ場所を見つけ、狙撃の機会をうかがっていた。これだけの距離なら、一人ぐらいは当てる者がいるかもしれない。


 茂みの間から戦場が見える。リガリア軍の渡河はまだ続いていた。剣を片手に、もはや泳ぐような格好で川を渡って行く兵がいる。槍を持った兵士は柄の先で川底を突きながら、跳ねるように移動している。器用な渡河に目を奪われながら、アタシは標的を探していた。


 川に飛び込んで行く兵士たちを一際大きな声で鼓舞している男の姿が目に入る。細身の剣を振りかざして、激励しながら自らも飛び込もうとするところだった。戦場には似つかわしくない、派手な赤色の兜を被っている。


 その男の激励で、リガリア兵たちは勢いを得ているように見えた。センジュもまさにこんな具合で味方の士気を上げていたっけ。ただ、あの異人はいつでも先陣を切っていたけれども。


 と、そんなことを思い出している時ではなかった。あの男は、間違いなく指揮官だ。それもなかなか優秀な。であればアタシのやることは決まっていた。


 装填の終わっている銃を構え、戦場を走っている間も火が消えないようにくるくると回していた火縄を挟み込む。あとは狙いを定めて、引き金を引くだけ。ただ、それだけのこと。


 けれども、この吹き荒れる風だけが厄介だった。せめて吹く方向だけでも一定であればなんとかなるのだけれど、困ったことに戦場をずっと風が巻いている。向かい風かと思っていたら、いつの間にやら強い追い風がアタシの背中を叩きつけるように吹き荒れている。


 標的の指揮官らしき男は、まだ川中にいた。上陸して突撃に加わってしまえば、もう狙撃の機会はない。帝都軍はもう魔法攻撃をする余裕がないのか、川への火球はずいぶんと数を減らしてしまっていた。


 一瞬、風が止んだ。舞っていた木の葉が勢いを失ってひらひらと落ちてゆく。


 唇が乾いているのがわかった。すう、と息を整え、狙いを定める。重たい銃身を体で支え、そして右手の引き金を引いた。


 立ち上る硝煙のずっと向こうで、赤兜の男が流されていくのが見えた。どうやら当たった、らしい。この強風の中、しかも戦場で当てられたのは奇跡に近いだろう。


 異変を察知した敵兵が、川を流れていく指揮官を必死に抱き起こそうとしている。何人もの敵兵がそのもとに駆け寄り、いや泳ぎ寄り、岸辺へその体を運んでいった。


 ◇


 北側の帝都軍の戦場で、敵軍の勢いが弱まっている。左側の戦場から駆けつけたアルレーン軍が、川を渡って殺到する敵の側面を衝くかたちになった。遮二無二前進していた敵兵の足が止まる。


 援軍の到来で息を吹き返した帝都軍の歩兵も、リガリア軍を押し返し始める。また歩兵同士のぶつかり合う、鎧を擦るような音が戦場に響く。逃げ出しかけていた魔法兵たちも、火球を敵軍の頭上へとばら撒きだした。


 敵軍の前線の疲労が見てとれた。決死の渡河を敢行したにも関わらず、前からは歩兵部隊の圧力を受け、後方には魔法攻撃が飛来し、右側面からは少数ながらもアルレーン軍の攻撃を受けている。


 川を背にしているために退くに退けず、ただ圧力に耐えているように見えた。もう一つの戦場で味方が押し返してくれると信じているかのように。


 こう敵味方入り乱れては狙撃も何もあったものではない。構えていた銃を下ろし、アタシはこの戦の行く末を見守っていた。オヤジも安心したのか、ほっと息をついている。


「こりゃ、こっちの戦場も決着じゃのう」

「そう、なの? これからまた、伏兵が出てきたりしないよね」

「さすがの敵さんもそんな余裕はないじゃろうて。まあ、じき終わるわい」


 オヤジが冷静に言った通りだった。南側のセンジュたちが戦っている戦場では、背後をとった騎兵部隊が歩兵と連携して敵軍を包囲にかかっていた。空いた北側へ敵兵たちがわれ先にと逃げ出していく。


 ようやくもう一方の戦場での敗北に、北側で帝都軍と戦っているリガリア兵も気づいたようだった。川に飛び込んで行く者、唯一逃げ道として残された北側に逃れていく者、武器を投げ捨てて降伏の意思を示す者。戦意のある敵兵は、もう残っていなかった。


 アルレーンの魔法部隊がもう役目を終えたとばかりに引き上げていく。ガラガラと魔法の器具らしきものを引きずってもといた高台へと戻っていった。ここに留まっていてもやることもないので、アタシもオヤジもそれに従って歩いて行く。


 南側から、勝ち鬨の声が聞こえた。センジュも団員たちも向こうの戦場で奮戦していたはずだ。あの異人はきっとまた、部隊の先頭に立って雄叫びをあげているのだろう。


 渡河して攻撃を仕掛けていたアルレーン軍の兵たちがこちら側の岸へ帰還を始めていた。獅子奮迅の活躍を見せていた騎兵部隊の姿も見える。アタシはその中から、馬上黒髪を揺らして槍を振るっていたセンジュの姿を探していた。


 騎兵部隊が早くも川を渡り終えて戻ってきた。もう、川の向こう側に馬に乗っている兵の姿は見えない。


「あれ……?」

「どうかしたかの、アンジェ」

「センジュが、いないみたい」


 ゆっくりと歩いている騎兵の中にもセンジュの姿はなかった。もしかして、乱戦で馬を失ってしまったのだろうか。だとしたら、歩いてこちらに帰ってきているはずだ。


 その疑問に答えるかのように、戦場で主人を失って孤独に佇む馬が一頭、向こう岸で寂しげに鳴き声を上げている。栗毛に白模様、センジュの馬だ。


 アタシは頭に生まれてしまったとびきり不穏な疑念を掻き消すのに必死だった。あの異人がこんなところでやられてしまうはずがなかった。カタナも、槍も、銃だって使える戦闘民族なのだ。


 帰ってくる兵士に片っ端から、奇妙な異人の指揮官を見なかったかと尋ねていく。その答えは芳しくない。ふるふると首を振って、戦勝の喜びを分かち合う仲間のもとに戻っていく。


 いつも通りなら先頭立って凱旋してくるセンジュの姿だけが、見当たらなかった。

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