第八話 冷たい引き金
結局センジュの部隊に配属されたのは、合わせて三十名ほどだった。銃が三十そこらしかないので、仕方がないといえば仕方がない。
隊員には射撃訓練に参加していた顔もちらほらいるが、銃を見るのも初めて、といった新参者まで含まれている。彼らが初見で複雑な銃の操作をこなせるとは、とても思えなかった。
「撃ち手は、こん十人じゃ。残りは、弾込めにば、回す」
センジュが隊員から射撃を行う者を指名していく。撃ち手に選ばれたのは、団員の中でも訓練に参加して好成績を収めていたものばかりだった。
「弾込めの指導は、おんしにお願いしもす」
「アタシが? わかった、期待しといて」
「マルコさぁは、弾と火薬の管理ば、頼みもす」
「任せとけ。今度はヘマはしないぜ」
アタシはなんと弾込めの指導役に任命されてしまった。敵兵が来て戦闘が始まるまでの時間で、なんとか素人たちを使い物にしなければならない。
二十人ほどの団員を前に、アタシはかつてセンジュがやっていたように銃の弾込めをやってみせるのだった。
腕っぷしに自信のある男どもに、細々とした手順を覚えてもらうのは、本当に骨が折れる。
「弾はどの辺まで、押し込めばいいんで」
「筒の奥までかな。でもあんまり力任せにしないようにね」
「おっと、火薬をこぼしちまった」
「それは絶対にダメ! 火が点いたら、本当に危険なんだから」
前にもこんなことがあったなあ、と思いながらもアタシは懸命な説明をおこなっていた。後ろではマルコも銃の検分から火薬の点検まで、忙しく働いている。
隊員が皆慌ただしく動いている中、センジュはというと、オヤジとのんびり話をしていた。
「ニクラスさぁ、種子島ん部隊ば、前に出せんでごわすか」
「前列にですかい? それは、ちいと不安じゃのう」
「敵が種子島ば持っとらんこっが、前提じゃが」
「ああ、それならば、なんとか」
「
「敵さんの戦意を挫くわけですか、やってやりましょうかい」
どうやらセンジュは、自分の部隊で先陣を切るつもりのようだった。
◇
「敵兵、見えました。数は、千にも満たないと思われます」
「ふーむ。敵さんは銃を持っとるかの?」
「所持していません。剣と弓の、歩兵部隊です」
「よし、サツマ殿。銃部隊を前に出そうかい。思う存分、お見舞いしてやれい」
「む。心得もした」
味方部隊の最前列で、センジュの部隊が銃を手に横列を作った。たった十人程度で何ができる、と他の傭兵団の兵士たちは小馬鹿にしたようにこちらを見ている。
センジュは腰のカタナを抜いて高々と掲げ、指揮棒のように構えていた。その横で銃を持った団員たちが、火縄を火が消えないようにくるくると回している。
「敵、五百歩の距離に入ります」
「まだぞ。もっそい引きつけてからで、ごわ」
「四百歩、進撃してきます。すごい勢いです」
「火縄ば、挟めい。構えっ」
「三百歩、じき、弓の届く距離です」
「頃合いじゃ。撃てぃ!」
号令とともにセンジュがカタナを前方へと向けた瞬間、轟音が数度、味方の鼓膜を襲った。前もって耳を塞いでいなければ、数秒の間、鼓膜は使い物にならなかっただろう。銃の性質を知らない兵士たちは、耳を抑えてこちらに悪態をついていた。
「第二射、構えい」
センジュの号令とともに、火薬と弾丸が装填された銃が次々と撃ち手に手渡される。えらい、ちゃんと訓練通りにできてるじゃないか。
「目標、変わらず。撃てぃ!」
数度の発射で、味方部隊の眼前には硝煙が立ち昇っている。その煙たさで咳き込んでいる兵もいた。硝煙が、興奮とともにアタシの鼻腔をくすぐっている。
「第三射、撃てぃ!」
煙の遥か向こう側で、敵兵が倒れていくのが遠目に見えた。リガリア軍も、敵に銃を使われるのは、おそらく初めての経験だっただろう。ひどく動揺している。
「こいで、敵ん気ば挫いたはずじゃ」
そう呟くセンジュの目は、相変わらずどこか重たげだった。
◇
それからしばらく、敵軍は銃の威力を恐れてか進軍を止めていたけれども、焦れて来たのか再度突撃をかけてきた。ただし、初めの勢いはどこへやら、どこか及び腰だ。センジュの思惑通り、敵兵には銃の恐怖が深く植え付けられたに違いない。
あの音と威力は、兵士をただの臆病者に変えてしまう。ニクラス傭兵団は、そのことを痛いほどにわかっていた。
それでもこちらに銃は三十丁しかない。弾薬の数にも限りがあるし、何度も連発できるわけではない。そういった事情を知ってか知らずか、敵兵は遮二無二進んでくるようになった。
矢が雨のように降り注いでくる。盾を構え損ねた不幸な兵士が地面に伏せる。斉射が終わって後方に移動したアタシたちセンジュの部隊は、そんな光景を弓矢の届かない後方から眺めていた。
ふと、敵からの弓矢の数が減った気がした。それをセンジュも悟ったのか、注意深く周囲を見回している。何かを仕掛けてくる、そんな雰囲気が漂っていた。
味方軍左翼のさらに左にある森の茂みが、少し動いた気がする。動物だろうか。いや、動物なら戦闘の匂いを嗅ぎつけて、とっくに逃げ出しているに違いなかった。
であれば、敵兵。かも、しれない。
不幸にも、部隊の面々はその異常に気が付いていなかった。大声でセンジュを呼ぶも、この戦場の喧騒でどうしても声が届かない。
「マルコ、ごめんねっ。借りるよ!」
アタシは弾込めをしていたマルコから装弾済みの銃と火縄を奪い取ると、照準を茂みの方に向けた。
数秒後、敵兵の姿が見えた。伏兵だ。こちらに向かってくる。アタシは躊躇いなく、右手の指を引き金にかけ--。
◇
「ちょっとお嬢、何をしてるんすか?」
「マルコ、もう一丁、ちょうだい。すぐに!」
有無を言わさず次の銃を奪って構えると、再度茂みの敵兵に向かって引き金を引いた。数拍後、パタリと敵兵が倒れるのが見えた。当たった。
ようやくこちらに気づいたセンジュが、銃部隊に指示を出している。歩兵部隊も気がついたようで、無防備な側面をつくはずだった敵の伏兵は、完全にこちらに補足されてしまっていた。
「目標、敵歩兵部隊、森ん側じゃ。構えい」
銃声とともに飛び出してきた敵兵が次々と倒れていく。それを見て作戦の失敗を悟ったのか、敵本隊は大きく後退を始めた。
一度退けば軍はなかなか立て直せない。そのままカサにかかって攻める味方の軍勢に押されて、敵軍はまもなく総崩れとなった。
「よう、見えたのう」
戦場が落ち着いて一息ついた頃、センジュがアタシに声をかけてくる。
「じゃっども、種子島ば撃ったのは、感心せん」
「声をかけたんだけど、届かなくて」
「ここは戦場じゃ。蹴飛ばすなりして、おいを呼べばよか。それに--」
おんしには撃たせとうなかった、とセンジュは寂しそうに、悲しそうに呟いていた。
「あれ……?」
手の震えが、止まらない。足に、力が入らない。敵の兵士を、人間を撃って殺したという事実が、今更ながら重くアタシにのしかかっているようだった。
「初陣ば、こんなもんでごわ」
「センジュ……?」
「おいも、そうじゃった。体の震えが止まらんくてのう」
「そう、だったんだ」
「じき、慣れる。おんしも
厳しい言葉とは裏腹に、センジュの口調はとても優しい。そのまま腰の抜けたアタシをおぶって、傭兵団の営舎まで運んでくれた。
その背中が甲冑越しにでも暖かく感じられて、アタシは恥ずかしさも忘れてしばらくそのまま、センジュのされるがままにおぶられていた。
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