第七話 初陣

「いいかマルコ、今回の件はお前の失態だからな」

「も、申し訳ないっす」

「ジャマル、今回はウチの娘が悪いんじゃし、そう怒らんでも」

「親父殿、こういう気の緩みが、戦場では命とりになるんですよ」

「まあまあ、そこをなんとか、この辺にしといてくれんかのう」


 後ろの方で、ジャマルが珍しく声を荒げて叱責している。荷物に紛れて隠れていたアタシを見つけ出せなかったことに、相当ご立腹のようだ。怒られている荷物版のマルコには、後で謝っておかないと……。


 その後もくどくどとジャマルの説教は続いていた。いつのまにかオヤジも一緒になって頭を下げている。よく見る光景ではあるけれど、これではまるでどっちが団長なのかわからなかった。


「ごめんね、マルコ。アタシのせいで」

「ホントっすよ、まったくもう。お嬢のせいでこっちはとんだ迷惑だ」

「ほんとにごめん。お詫びと言っちゃなんだけど、酒を一瓶くすねてあるからさ。ほら」

「まったく、しょうがないっすねえ。でも、もうこれっきりにしてくださいよ」


 やれやれ、といった表情で、あっさりとマルコは許してくれた。袖の下のお酒が効いたのか、昨晩のアタシの言い分に思うところがあったのか、それはわからない。


 マルコは傭兵団の中では年若だ。歴戦の戦士が集まるニクラス傭兵団の中でもとりわけ若い方だけれど、それでも数度、団員として戦いを生き残ってきている。


 年も近いので、アタシにとっては数少ない話しやすい団員だった。こう見えて弓に関しては見どころがあると、オヤジが話していたことを思い出す。


「そういえば、あの異人は何者なんすかね」

「センジュのこと? この前の秋、西方の戦いで仲良くなったみたい。オヤジと一緒に帰って来てからずっと、うちに居候してるよ」

「ふーん。随分変わった顔をしてるっすね」

「なんか遠国のサツマってとこの出なんだって。どの辺りにあるかは、本人も知らないってさ」

「サツマ、ねえ。ま、親父殿が連れて来たなら、さぞかし強いんでしょう」

「強い、んじゃないかな。銃の扱いもセンジュから教えてもらったんだ」

「へー、あの新兵器を。でもいったいどうして、異人なんかがリガリアの新兵器のことを知ってるんすかね?」

「そういえば、なんでだろ。センジュはあんまり自分のことを話してくれないんだよね」


 噂をすればなんとやらで、センジュが話しているアタシたちのもとにやってきた。そういえばマルコは対面式の時も、射撃訓練の時もいなかったっけ。確か初対面のはず、だ。


「あんたがサツマ殿? 俺はマルコ。よろしくな」

「……。よろしくお願い申す」


 もう妙ちくりんな本名で呼んでもらうのはもう諦めているらしく、センジュは黙って頭を下げている。


「あんた、銃が使えるらしいな。いつか教えてくれよ」

「ようごわす。マルコさぁは、団員かの」

「そりゃもちろん。クロスボウのマルコつって、ちょっとは知られてるんだぜ」

「おお、くろすぼうでごわすか。おいにも、そん弓を教えてたもんせ」

「よしきた、ちょっと待ってな。取って来っからよ」


 どうやら傭兵団にもセンジュの知り合いができたらしい。年も近そうだし、仲良くしてくれるといいんだけど。


「矢を装填した後、こうやって弓を引くんだ」

「これは、かなり力が要りイッもすの」

「コツがあるのさ。こうやって足をかけてだな--」

「ほう、放つ時はどうしもすか」

「それはこの引き金をだな。おっと、ここじゃまずい。矢を無駄にしちゃいけねえや」


 どうやらアタシの心配は、取り越し苦労だったらしい。武器オタクたちは、こうして親睦を深めていくのだった。


 ◇ ◇ ◇


 ゆっくりと歩みを進めること数日。傭兵団はようやく目的地のカウフキルヘンに到着した、らしい。こじんまりとはしているが、町は立派な城壁に囲まれている。子爵様の住むところともなれば、これぐらい大したことがないのだろうか。


 オヤジは団員たちを城門の前に待たせると、ジャマルを連れて中へと入っていった。どうやら二人で今回の依頼の詳細を聞きにいくらしい。同じように指揮官を待っているのか、城門の周囲には他の傭兵団らしき連中が、甲冑を着込んで所在なさげにたむろっている。


 センジュは何が面白いのか、ずっと城壁の周りをうろうろしている。特に珍しい景色でもないと思うけど、サツマとやらには城壁がなかったのだろうか。


「こいは、なんとも立派ジッパなもんじゃのう」

「そんなに城壁が珍しいの?」

「おいが国には、こげな町をば囲むような壁はのうごわした」

「それじゃどうやって住民を守るのさ」

「守る前に攻める、こいが肝要ぞ」

「うーん、それって答えになってなくない?」


 どうやらこの戦闘民族の思考回路は、攻撃一辺倒でできているらしい。サツマってのは、どんなおっかない国なんだろうか。


 センジュはしばらく城壁を見て回ると、今度は偵察と称して辺りの地形をマルコと見に行ってしまった。二人ともクロスボウと銃を抱えていたから、こっそり訓練でもしに行ったのかもしれない。せめてジャマルにバレないことを祈っておこう。


 ◇


 しばらく城門で銃の整備をしながら待機していると、オヤジとジャマルが帰ってきた。今回の報酬だろうか、その両手には重たそうな袋を抱えている。


「今回は野戦だとよ。野郎ども、気張っていくぞい」

「あれ、城内での防衛戦って話じゃなかったんで」

「子爵様は弓矢でも怖くなったんだろうよ、つべこべ言わずに支度をせい」

「ヤー、親父殿」


 どうやら今回は城外での戦闘になるようだった。戦と聞いて、アタシにも緊張が走る。唇が渇き、手に汗が滲んでいくのがわかる。目の前の草原は、未だ静かで人の気配すらない。これからここが戦場になるだなんて、想像にもできなかった。


 その後戻ってきたセンジュとマルコはオヤジに何か報告をすると、せっせと移動の準備に取り掛かっていった。どうやら勝手に武器を持ち出したことに対しては、お咎めなしだったらしい。


 二人に置いて行かれたアタシも銃の運搬の手伝いをしに、荷馬車へと戻ることにした。人手を余らせるほど、ニクラス傭兵団に余裕はないのだ。


 ◇


「今回我々ニクラス傭兵団は、中央左の歩兵部隊を受け持つことになった」

「ヤー、親父殿」

「銃を使えるものは後方、その前に弓隊。他は盾と槍を持って前列で準備しておけい」

「ヤー、親父殿」

「サツマ殿には銃部隊を預ける。好きに使ってくれていいぞい」

「うむ。承知でごわ」


 戦場に向かいながら、オヤジは団員たちに指示を飛ばしていく。アタシたちの村から従っている者もいれば、カウフキルヘンへの道中で募兵に応じた者もいる。それらをしっかりまとめ上げていくのがオヤジの仕事だった。家でのだらしない姿しか見たことがないアタシにとって、その働きぶりは新鮮で、ずいぶん頼り甲斐のあるように映った。


 センジュはどうやら銃部隊の隊長になったらしい。アタシもその付き添いとして、同行することになっている。


「ね、センジュ。アタシは何をしたらいいかな」

「まずは弾込めでごわ。撃っていると、銃身が熱くなりもす。そん時のための水桶もば、用意しておく」

「わかった、しっかりやるよ」

「……。おいは、女子オナゴユッサに出したくなか」

「う、うん」

「おんしは、決して前に出てきてはならん。これは、命令でごわ」


 センジュの目は、いつになく厳しい。口答えを許さない、無言で圧をかけるその表情に、アタシの密かな興奮はすっかり冷めてしまっていた。

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