第九話 釣り野伏せ

 リガリア軍との戦闘を終えた勝利の夜。ニクラス傭兵団は、城内の酒場に集まっていた。


「皆の者、今日はよくやったぞい、乾杯じゃ!」

「ヤー!」


 小さくはない酒場だけれども、団員が所狭しと酒瓶を持って騒いでいる。今日はいつにも増して、酒が進んでいる。あまりの熱気にアタシは息のやり場にも困るほどだった。


 皆、大した犠牲もなしに勝利したことに大喜びだ。肩を組んで歌い出す者、裸になって踊り出す者までいる。


「しかし、親父殿。銃ってやつは凄まじいもんですね」

「じゃろ? ワシも実際の戦闘で見るのは初めてじゃが、あれがあれば戦争はグッと楽になるわい」

「今回の報酬を使って、銃をもっと増やしてもいいかもしれません」

「おお、まさかジャマルのお墨付きが出るとはのう。よし、も一度つてをあたってみるかい」


 せっかくのお酒の席なのに、こっちは早くも次の戦いに頭がいっているみたいだ。


「やったなあ、サツマ殿。ほら、乾杯」

「あれぐらい当然じゃ、マルコさぁ。種子島ば力は、あげなもんじゃなか」

「お嬢も今日は大活躍だったっすね」

「そ、そうかな」

「正確な判断と射撃だったって、親父殿も他の傭兵団のもんも褒めてたっすよ」

「へへ。練習の甲斐があったね、センジュ」

「……」

「俺も早く銃が撃てるようになりたいっすねえ」


 マルコも銃の魅力に取り憑かれてしまったらしい。明日からまたセンジュと一緒にこっそり訓練に行くんだろうか。


 宴は始まったばかりだ。ニクラス傭兵団の夜は、まだまだ続く。


 ◇ ◇ ◇


「うーし、揃ったなあ。出発するぞい」

「親父殿、もう一泊して行きましょうよお」

「そうそう、まだ飲み足りねえよお。娼館にも行けてねえしさあ」

「そうしたいのはやまやまなんじゃがのう……」

「いいえ、ダメです。我々は勝利したとはいえ、リガリア軍の侵攻は続いていますから」


 ジャマルが言うには、ここはまだ危険地帯らしい。他の地域でリガリア軍が戦闘行為を続けている限り、この町もまたいつ攻められるかわからないのだ。


 つまるところ、報酬は受け取ったし、早いとこずらかってしまおうというのが本音らしかった。


 まだまだ酒の匂いがする団員たちを連れて、傭兵団はのんびりと帰路につく。皆、稼いだ金の使い道でも考えているのだろうか。顔が緩みきっている。


「傭兵団いうんは、いつもこっでありもすか」

「うちはだいたいこんなもんじゃな。勝っても負けても、報酬があればよしと考えるもんもおる」

「じゃっども、気が抜けとるの」

「それぐらいは多めに見たってくれんかのう、サツマ殿。必死に戦ってくれたのは事実なんじゃし」

「む。仕方なか」


 アタシたちは荷馬車と一緒に行軍の最後尾を歩いている。報酬と戦利品がどっさり入ったこの荷車は、大事な大事な宝物なのだ。


 街道に沿って行軍を進めるうちに、山や森が目立つようになってきた。悪路で時折車輪が足を取られ、行軍の歩みが止まる。


 一生懸命に車輪を溝から持ち上げようとする団員たちを尻目に、アタシはなんとなく辺りを眺めていた。


 後方、やや遠くに人影が見える。結構な人数だ。どうもこちらに向かってくるように見える。


「ねえ、マルコ。あの向こうの人影、なんだろ」

「向こう? ……っ!」


 それを見たマルコが顔色を変える。そして急いで車輪を持ち上げているオヤジのもとへ駆けて行った。


「親父殿、敵っす! 千人ほど、後方から、こちらに迫ってきています!」

「なにぃ!? まずいの、逃げるにも、この荷物ではのう」

「山賊の類か、別のリガリア軍かですかね。とにかく急ぎ迎撃の準備をさせましょう」

「よし、ジャマル。団員を至急集めてくれい。荷馬車の方は、先行させる」

「ヤー、親父殿」


 隊列に緊張が伝わっていく。装備を外して呑気に口笛を吹いていた者も、慌てて荷台から武器を取り出し始めた。


「サツマ殿、なんとか銃部隊で追っ払えませんかのう」

「できんことはないが、弾ば、足らんの」

「昨日の戦闘で結構使ってしまいましたからね、仕方ないです」

「うーむ。矢の数も心もとないしのう」

「種子島ば使うなら、おいに策がありもす」

「ほう、策とな」

ば、やる」


 ◇


 センジュの作戦は、いたって単純なものだった。


 両脇に、兵を伏せておく。囮部隊が退却のふりをしながら敵を誘い出し、伏兵と合わせて挟撃を行うというものだ。


 都合よく、この先には街道を挟むように森があった。そこを抜ける瞬間が、センジュの作戦を実行できる絶好の機会だった。


「しかし、そう上手くいきますかいのう」

「こん囮ば、肝要ぞ。強すぎず、弱すぎず、敵ば誘わねばならん」


 確かに、戦闘で敵を圧倒してしまっては本末転倒だし、退却の振りのはずが本当に崩れてしまうことだってある。命のやり取りをする中で、こんな綱渡りのような曲芸ができるだなんて、思えなかった。


「囮には、おいが行きもす。盾と弓ん兵、あと荷車ば空にして貸してたもんせ」

「あいわかった。腕のたつ団員をつけますぞい」

「あと、種子島の隊ば、射線をこう、十字に組んでほしか」

「はあ、十字に」

「真横ん敵ば両側から撃つと、同士討ちになりもす。十字にせば、敵に倍、当たる」

「ああ、なるほどのう。ジャマル、サツマ殿の指示通りに配置してやってくれい」

「ヤー、親父殿」


 団員たちが機敏に配置についていく。アタシも銃を持って、森の裏の伏兵に加わることになった。


 街道の両脇の伏兵は、息を潜めて囮部隊が敵を誘い出すのを待っている。報酬と戦利品を積んだ荷馬車は、とっくに街道の先へと進んでいた。


「おいたちは、囮じゃ」

「ヤー、サツマ殿」

「じゃって、押し込んでてはいかん。三歩進んで、四歩引く」

「ヤー、サツマ殿」

「あん空の荷車、あれを守る振りばして、引く。誘えば、勝ちぞ」

「ヤー、サツマ殿」

「よし、よか面構えじゃ。決して、臆すな」


 森の向こうから敵兵の歓声が聞こえる。戦闘が、始まった。


「弓ば、気にするな! 突っ込まんと、盾で受けるだけでよかっ!」

「サツマ殿も、盾を」

「おいには不要じゃ、当たらんっ」

「そろそろ、引きませんか」

「まだ、粘れい! 早いと、敵が勘づきもす」


 センジュの部隊は、まだ出てこない。矢が飛んでくるのが見える。森の奥では、かなり激しい戦闘が続いているに違いなかった。


「荷車が、そろそろ森を抜けます」

「頃合いじゃな。皆のもん、引くぞ、少しずつじゃ」

「ヤー、サツマ殿」

「森ば出る百歩前になれば、駆けっぞ。必ず、喰いついてきもす」


 まず空の荷車が二台、森を抜けて来た。少し速度を落とし、そのまま街道を進んでいく。

 

 続いて囮部隊の姿が見えた。センジュも、いる。後ろを振り返りながら、街道を駆けていく。


 まったく、大した演技をしている。本当に負けて潰走しているようにしか見えなかった。


 そして--。


 来た。敵の部隊だ。前方を走る囮部隊しか視界に入っていない。伏兵がいるとも知らずに、獲物を目指して遮二無二攻撃を仕掛けている。


 その敵部隊を、オヤジは敵を引きつけられるだけ引きつけているようだった。燃え続ける火縄に、アタシの鼓動も早くなる。まず、敵の先鋒部隊がアタシたちのもとを通過していった。


「撃てぇい!」


 オヤジの大声とともに、ニクラス傭兵団の最大火力の十字射撃クロスファイヤーが、敵軍を襲った。これだけ密集していれば、適当に撃ってもどこかに当たる。集中砲火を受けて敵兵がばたばたと倒れていった。


 轟音とともに敵の中軍が、崩れた。続いて、弓兵が矢の雨を降らせる。たまらず相手も下がろうとしているけれども、渋滞した隘路に逃げ道なんてない。


 そこに歩兵部隊が突撃をかけていく。気づけば逃げていたはずの囮部隊も反転して、敵先鋒へと攻撃をかけていた。


「キィエエエエエエィィーーーッ!」


 背中を見せて逃走する敵兵を、センジュが次々と切り伏せていく。


 疾い。カタナを高々と掲げて、走りながら振り下ろしていく。振り下ろす度に、血飛沫が舞い、屍ができる。一つ、二つ、また一つ。敵軍の先鋒部隊の近辺は、地獄絵図と化していた。


 いつの間にか、倍はいたはずの敵軍は少数の味方に包囲されている。しかも、逃げ道がない。


 なんとか街道を引き返そうとしているけれども、後方の部隊はまだ前線の混乱に気がついていない。引き返してくる中軍とぶつかり、一層、混乱していく。


 槍や剣を投げ捨て、その身一つで次々に森の中に飛び込んでいく者までいる。もう、敵軍に戦意というものはなかった。


 ◇ ◇ ◇


「親父殿、報告です。こちらの損害はいたって軽微。大勝利です!」

「よーし、皆のもん、いったん集まれい。荷物をまとめるぞい」

「先行させていた荷馬車も、呼び戻しましょう」

「敵さんの落としていったもんはどうするんで、親父殿」

「値がつきそうなのは、まとめて荷馬車に放り込んでおけい」


 大勝利に湧く団員たちの横で、オヤジとジャマルが冷静に次の指示を出していく。驚くほどに、団員の被害は少なかった。


「いやあ、やったっすねえ。お嬢」

「マルコも、よくあれが敵兵ってわかったね。オヤジも褒めてたよ」

「まあ、目はいい方っすからね。お嬢が気がついて、よかったっす」


 大勝利にマルコが感嘆の言葉を漏らしている。そういえば、この勝利の立役者のセンジュはどこへ行ったんだろうか。敵兵をズバズバ切り倒しているところまでは見ていたんだけれども。


「ねえ、マルコ。センジュを見なかった?」

「そういえば、見てないっす。ちょっと探してきます」

「ちょっと待ってよ、アタシも行くってば」


 走り出したマルコを追いかけて囮部隊のところまで行くと、そこには血まみれのセンジュが立っていた。黒い瞳だけが鋭く光ったままだ。


「おい、サツマ殿、大丈夫か?」

「返り血じゃ。心配いらん」

「待って、肩に矢が刺さってるじゃない」

「鎧ば上からじゃ。大した傷ではなか」


 重傷でないことがわかって一安心はしたものの、センジュの息はひどく荒い。マルコに肩を借り、オヤジのもとへと歩いて行った。


 ◇


 幸いにもセンジュの矢傷は軽傷だった。軽く包帯を巻いて、肌を晒して歩いている。


「ね、センジュはどうしていつも危険なとこにいるの?」


 この異人はいつもそうだった。常に味方の最前列で、カタナを振るっている。


「薩摩ん兵児ヘコば、こういうもんぞ」

「でも、いつもセンジュが出張らなくてもいいじゃない」

「ここは、戦場ユッサバぞ。おいは、こっがために、生きとる」

「怪我、するよ」

武士サムレの誉じゃ」

「いつか死んじゃうかも、しれないよ」

「先に黄泉路ばゆく、そいだけのことぞ」

「……」


 さも当然とばかりに、悟ったような台詞を吐く。センジュの言うことは、わからない。

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