第十話 戦のかたち
カウフキルヘンでの戦いを終えてから、ニクラス傭兵団はしばらくテロルランド地方中を回りながら依頼をこなしていた。
「まーた山賊討伐っすか、親父殿。なんかこう、景気のいい依頼はないんすかね」
「ぐちぐち言うな、マルコ。ほれ、とっとと支度をせい」
「山賊ったって、どうせ食えなくなった傭兵の集まりっすよ。俺たちと大して変わんねっす」
「馬鹿を言え。ニクラス傭兵団は町や村を襲ったりはせん」
「そうです。依頼を受けたからには、相手が何だろうと、しっかり働いてもらわねば」
「へいへい、ジャマルさんは手厳しいっすね」
「おうし、山賊どもをいっちょうもんでやるとするかのう」
「ヤー、親父殿」
依頼といっても大規模な戦闘はなく、山賊退治や町村の防衛の手伝いなど、傭兵団にすればちょっとした小遣い稼ぎ程度のものだ。けれども、お金は稼げるにこしたことはない。
「山賊どもが山の砦から出てきませんが、どうします、親父殿。銃でも撃って、脅かしてやりましょうか」
「うーむ、仕方ないのう。弾も少ないし、あまり無駄にはしたくないんじゃが」
銃の威力は大したもので、ちょっとした小競り合い程度なら、何度か発砲しただけでかたがついてしまう。
ただ、急拵えで町の鍛冶屋に作ってもらった銃弾は質が悪く、なかなか照準がつかないので困りものだった。ミスラロフの技術の高さを、改めて思い知らされている。あんまり褒めるとまた調子に乗るので、このぐらいにしておこう。
銃部隊は、最近ではアタシも撃ち手に加わって、ちょっとした名物になっていた。
オヤジとセンジュはそれに最後まで反対していたけれども、今や数少ない銃の使い手であるアタシを傭兵団が放っておくはずもない。団員たちに押し切られて仕方なく、だそうだ。
おかげで、オヤジはもう家に帰れとは言わなくなった。アタシは今日も銃を担いで、センジュの部隊に加わっている。
「構え--撃てぃ!」
銃声を聞いて、砦にいた山賊たちが驚いて飛び出してくる。そこに矢を射かけると、散り散りになって逃げ出してしまった。あまりにあっさりと依頼が片付いたので、団員たちも拍子抜けしている。
今夜も、騒がしい夜になりそうだった。
◇
「マルコさぁも、随分種子島ん扱いが、上手んなりもしたの」
「お、そうか? 弓とはまた違った難しさがあるよな」
「む。じゃっども、種子島ば、毛嫌いしちょるもんもいもすな」
「その気持ちはわからなくもないけどな。銃のすごさは知ってるけど、これまでの弓の腕前や功績が否定されている気がして、悔しいのさ」
「で、ごわすか」
センジュは難しい顔をして考えこんでいるようだった。確かに、古参の、それも弓の腕に自身がある者ほど銃を持ちたがらなかった。今回の遠征で銃の威力と使い勝手を目の当たりにしても、どうやらそれは変わらなかったらしい。
好んで銃を使いたがるのには、アタシやマルコのような若い団員が多かった。
「種子島ば広まるんも、そう遅くはなか」
「テロルランドは特にそうだろうな。何せ魔法兵が少ないからよ」
「そういえば、あるれーんにも、魔法部隊がおりもしたの」
「あそこも貴族様が多いからな。俺たち平民には、手の届かない世界なのさ」
テロルランドで魔法兵を目にすることはほとんどない。強いて言うなら、上級貴族たちが子飼いの魔法部隊を持っているぐらいだろうか。アタシも話に聞いただけで、実際に見たことはなかった。
「種子島ん恐ろしいとっはそこじゃ。素人をば、殺しの玄人にぞ変える」
「ちげえねえや。お嬢も使いこなしてるし、下手すりゃ子どもでも撃てちまうぜ」
「
「そうだなあ。正直、弓ほどの必死さはねえな」
「戦のかたちば、変わりもすな」
センジュが遠くを見て呟く。相変わらずの無表情の中に、少し寂しさをのぞかせているような、そんな気がした。
◇ ◇ ◇
そんなある夜のこと。今日は傭兵団は町村には泊まらず、適当な場所を見つけて野宿をしている。
団員たちがいつものように酒盛りをする中、オヤジは一人センジュを連れ出して何やら小声で話していた。
「のう、サツマ殿。少し、話せますかのう」
「む。ようごわす」
「ここではまずい。ちいと、外れへ」
聞き耳を立てようにも、遠すぎて聞こえない。あの大声のオヤジが声をひそめるなんて、なかなかあることじゃない。
「で、なんごわすか」
「こう改まって言うのもなんじゃが、アンジェのことよ」
「あん娘っ子が、どうしもした」
「いやさな。あの子とこうして時間を過ごすことなど、今までなくてのう」
「……」
「こう、四六時中一緒にいることが、心地よくなってしまって、のう。もう帰れとは言えんくなってしまっておる」
「そいは、察しておった」
「幸い、楽な戦いばかりじゃった。アンジェが、居心地よく感じるぐらいにはのう」
「……そうじゃったの」
「正直、こんな戦いばかり続くとは思えん。ワシもこれからどうなるか、わからん」
「……」
「そいでよ、サツマ殿。もしもの時は、あの子を連れて逃げてほしい」
「……。おいが、か」
「あの子はお前さんに、ずいぶんと懐いとる。それに、お前さんがいれば、たいがいの戦場は抜けられるじゃろ」
「嫌じゃ、と言ったら」
「お前さんは、言わんよ。義理堅い男だ。こうも行きずりの傭兵団で、命を張ってくれるぐらいには、の」
「そいは、光栄にごわ」
「ま、そんなことはそうそう起こらんがのう。辛気臭い話は終わりじゃ。ほれ、ワシらも宴に混ざるとするか」
二人が戻ってきた。オヤジは晴々とした顔をしている。センジュは、何か考え事をしているのか、俯きかげんに歩いていた。
「ね、センジュ。オヤジと何を話してたのさ」
「……。ただの、世間話じゃ」
「そんなわけないじゃん。二人で秘密の話、してたんでしょ。ほら、銃とかお金のこととか」
「死ねん
「なにそれ、変なの」
まったく呑気なもんじゃの、と言いながら、センジュは飲んではしゃいでいる団員たちに紛れていった。
◇ ◇ ◇
「親父殿。ちょっと、報告が」
「どうしたジャマル、改まって」
「いえ、小耳に挟んだんですが、どうやらリガリア軍がこの秋、大軍を編成してアルレーンへ攻め込んでくるという噂が流れてまして」
「……! ついに、来たか」
「ええ。傭兵団への依頼も、夏になって活発になってきています。もちろん我々にも、既に数件ほど」
「戦の匂いがするのう。で、どうする」
「正直アルレーンに良い印象はありませんが、受けんわけにはいかんでしょう」
「数件ある、と言っとったな」
「正直、銃を揃えた我々の傭兵団は、特殊です。ある程度、戦場で自由に振る舞えるところが良い」
「弾薬の補充ができれば、理想じゃな」
「はい。当分夏の間はこの町を拠点に動きましょう。また、報告にあがります」
宿屋の前で、ジャマルがオヤジに何か耳打ちしている。雰囲気からして、普通の話題でないのは明らかだった。話を聞いていたオヤジも、しかめっつらをして考え込んでいる。
オヤジがそんな苦悩を抱えているとも知らず、センジュとマルコは今日も射撃の訓練に勤しんでいる。
マルコはコツを掴んできたようで、よく的に当てるようになった。今度は撃ち手側に選ばれるかもしれない。アタシもうかうかしていられなかった。
訓練に混ざるべく、アタシは駆け足で二人のもとに向かって行った。
◇ ◇ ◇
久しぶりにオヤジが団員に集合をかけた。この頃ずっと町で遊び呆けていた団員たちも、異変を察したようできちんと時間通りに集合している。
オヤジはジャマルと何やら話しこんでいる。おそらく、次の依頼とやらが決まったのだろう。
「えー、次の依頼だがのう。西方へ、アルレーンへゆく」
「アルレーンか、あまりいい思い出がねえなあ」
前回従軍した団員だろうか、嫌そうな顔をして呟いている。オヤジは話してはくれなかったけど、相当の激戦だったそうだ。センジュともそこで出会ったのだと聞く。
「おそらくだが、リガリア軍の大部隊との戦いになる。どでかい戦さになるぞい」
「おお、そうこなくっちゃ」
「やっと傭兵団らしくなってきたなあ、親父殿」
血気盛んな団員たちは、興奮した様子でオヤジの話を聞いてはしゃいでいる。といっても、血の気の多いやつらしかいないのだけれども。
「で、今回の依頼主じゃが、エンミュールの新しい伯爵様じゃそうだ」
ピクリ、とセンジュの体が動いた。出会ってこの方、センジュのこんな顔は見たことがなかった。目と口を見開いて、幽霊にでも会ったような表情をしている。
「えんみゅーる、で、ごわすか……」
そうセンジュは震え声で何度も呟いていた。
アタシはまだこのとき、センジュのこの言葉の意味を知らなかった。
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