第四話 傭兵団の宴

「この木が、ようごわすの」


 そう言ってセンジュは、村外れにある大木に狩猟用のナイフで大きなバツ印を付けた。


 今日からは銃の実射を教えてもらうことになっている。センジュの背中の袋には、ミスラロフお手製の弾丸と、戦利品の火薬が大量に入っている。思う存分、ができる量だ。


 オヤジを脅し、ミスラロフを釣ってまでして、やっとのことでここまで漕ぎ着けたのだ。その努力を、センジュはもっと認めてくれてもいいと思う。


 的にするつもりであろう大木から百歩ほど離れた距離から、まずセンジュが銃の準備を始めた。手順通り、弾の装填と火縄の準備が終わる。


 すっと右目の横に銃を構えた後、轟音とともに印を付けた木の幹の一部が弾け飛んだ。


「あまり撃つとの、耳をば、やられもす」


 気をつけたもんせ、とアタシに軽く注意をする。それは撃つ前に言ってほしかったのだけど。


 それからアタシに銃を渡し、装填を命じる。練習の甲斐あってすぐに準備が整ったが、今回は火縄に火が点いている。それだけで、ただでさえ手に余る銃身が、一層重たく感じてしまっていた。


 センジュはそんなアタシの背後に回り、抱え込むような格好で銃を一緒に支えてくれた。白い吐息が、耳をくすぐる。


「腕でなく、肩で持つようにせい。引き金はそっと。体にば力を入れもす」


 引き金を、引く。鼓膜が破けるような音とともに、アタシの両腕が悲鳴をあげる。的の木には、大きなバツ印が依然としてそのままのかたちで残っていた。


「怪我ば、ないかの」


 予想外に優しげな口調に驚きつつも、アタシはこの銃の威力の高さに仰天していた。そしてそれを軽々と扱うセンジュにも。


「おんしはまだ非力かもしれんな。これ以上は、無理ムイじゃ」

「そんなこと、ない。まだやれるよ、ほら」

「じゃあの、もう一つで最後にしもす。そいでよか、な」


 再度、弾丸と火薬を入れ、火縄を挟んで銃を構える。銃の反動の強さはよく分かった。次は、当ててやる。


 アタシは銃を全身で支えるように抱え、構える。そして軽く息を吸った後、優しく引き金を引いた。


 ドォン、との音と同時に再び両腕が弾け飛びそうになる。けど、ここで踏ん張らないと、先に進めない。


「おお、命中じゃ」


 センジュが嬉しそうに声をあげる。アタシの放った弾丸は、大木の右側面をわずかに掠めていた。


「今日はこれで終いにしもす」


 いそいそと片付けを始めるセンジュを、アタシは止めようとはしなかった。両腕に、疲労感と満足感が残っている。今日はもう少しだけ、この硝煙の余韻に浸っていたかった。


 ◇


 帰宅したアタシたちを待っていたのは、傭兵団の団員たちだった。どうやらオヤジが召集をかけていたらしい。


「お嬢、お帰りで」

「うん、センジュと銃の訓練をしててね」


 銃の、と怪訝な顔をする団員たちを尻目に、アタシは得意げに銃の片付けを始めた。皆が興味津々に覗き込んでくる。それをセンジュは遠目に黙って見ていた。


「おうおう、よく来た、皆」

「親父殿、話ってのは」

「まあ一つは戦利品の分配だな。先程売りが終わっての」


 どうやら要件はこの間手に入れた武器やら防具やらの売却益の分配らしい。お金の話題と聞いて、団員たちは顔を輝かせている。


「それから面識のある奴らもいるとは思うが、サツマ殿の紹介をだな」

「おいを、でごわすか」


 自分が呼ばれたことに気がついたのか、センジュがオヤジのもとへと近づいて来る。こちらがサツマ殿じゃ、と言うオヤジの声に、センジュは黙って皆に向かって頭を下げていた。


 ◇


 それからの家は乱痴気騒ぎだった。


 テロルランドの男は、もしかすると男に限らないかもしれないけど、とにかく酒を飲む。飲んで酔っ払って、酔い覚ましにとまた飲む。


 こう寒いと酒で体を温めないとやっていられないのだろうか。分け前の前祝いと称して、樽に入った酒を次々と大きな銅杯へと注ぎ込んでいく。


 見るとセンジュもちゃっかり宴の席に参加していた。この異人も酒が好きなのだろうか。


「にしてもこの間の西方の戦は皆、ご苦労だった。しんどい戦いだったわい」

「あれは前金で受けちまった親父殿が悪いぜ」

「いや、すまんすまん。こうして分け前は弾んでおるから、勘弁してくれい」


 団員たちはセンジュの紹介もそっちのけで、好き放題に飲み散らかしながらオヤジに愚痴をこぼしている。


「おっと、忘れておった。こちらはサツマ殿。この間の戦いでも一緒だったからの、知っとる者も多いかと思うが」

喜入きいれ銑十郎せんじゅうろうでごわ。こっではサツマで通っておる」

「お、サツマ殿か。これはこれは久しぶりです」


 親しげに声をかけるのは、傭兵団の古参のジャマル。大柄な体格にも関わらず、器用で目端が効くので、細々とした厄介ごとを担当しているうちに団の副長格のような地位にいる。


「おんしは、たしかおいの手当ばしてくれたお人じゃな。あん時はあいがとごわした」

「堅苦しいことは言いっこなしです。お互い無事に帰れただけで十分としましょう」

「こん傭兵団つうのは、よか兵が多かのう」

「テロルランドの荒くれ者が集まってますからね。どいつもこいつも、一癖ある奴ばかりなんですよ」


 好んで傭兵をやろうというような奴らに、碌な者はいない。故郷で食い詰めたり、流れているうちに路銀に困ったりした連中が集まっているのが、このニクラス傭兵団だ。


 出自がはっきりしない者も多く、異国の血が入っている団員もいる。そういった流れ者たちの面倒を、オヤジはよく見てやっていた。


「ここん兵は、ンマば乗らんのでごわすか」

「あんな高級品、手を出せるのは貴族様の軍ぐらいですよ。我々はもっぱら、これですね」


 と言って腰の剣を軽く叩いてみせる。


「このあたりは山ばかりで、馬が使いものにならないんですよ。その代わりと言っちゃあなんですが、弓に自信のあるもんが多い」

「弓をば、やりもすか」

「ロングボウもありますが、最近の流行はこいつですね」

「おお、確かとか言っておったの」

「こいつで外からチクチクとやるのが、我らがニクラス傭兵団の十八番おはこでして」


 ほほう、と感心げに頷くセンジュに、また周りの団員が酒を注ぐ。


「サツマ殿は、弓はどうですか」

「あいにく、おいは弓ば苦手でごわしての」

「その代わり、サツマ殿は新兵器を使えるそうじゃぞ。見せてもらったが、大したもんだ」


 オヤジが得意げにバンバンとセンジュの背中を叩いている。新兵器と聞いて興味を持ったのか、団員たちの視線が集まってきた。


「今度そのマスケット銃とかいう新兵器を、仕入れてこようと思っておっての」

「また稼いだ金をつぎ込むんですかい」

「これからの時代は銃よ。こいつがあれば報酬は倍になるわい」

「しかし、我々に使いこなせますかね」

「それはその、サツマ殿がなんとかしてくれるじゃろ」

「難しくはなか、がの、練習が要りイッもすな」

「ほう、いずれは団員全員に持たせたいもんよ」

「親父殿、そんなことしたら財布がいくらあっても足りませんぜ」


 上機嫌なオヤジと団員たちが賑やかにする中、我が家の夜は更けていった。しかしコイツら、いつになったら帰ってくれるんだろう。

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